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第二章 悪女復活!?
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それから一週間も経たず、再び城に呼び出されることに。会ってくれたのはアウロス王子で、同行した侍女のハンナは大喜び! アウロス派の彼女は顔を真っ赤にし、感激のため震えている。
「本日はお呼びいただき、誠にありがとうございます」
「ミレディア嬢、ようこそ。そちらの可愛らしい女性は初めまして、かな?」
「わ、わわ私にまで、もも、もったいないお言葉を……」
アウロス王子の機嫌は良さそう。魅力的な笑顔をハンナに向けて、彼女を失神寸前にまで追い込んでいた。侍女にまで挨拶するところは好感が持てるけれど、仕事の話に色気は要らない。
ちなみに今日の私は地味に戻り、ラウンドネックのおとなしい緑色のドレスを着ている。相変わらず前髪を下ろしているので、ここに来るまで素顔を誰にも見られていない。髪は一部を編み込み、後をふんわりさせている。後姿だけなら間違いなく、どこにでもいるような貴族令嬢だ。
席につきすぐに商談に入るかと思いきや、王子が外を歩こうと口にする。
「庭の薔薇が綺麗に咲いたし、コスモスも見事だよ?」
本音を言えば、花より団子。
前世で村人だったせいか、美しい花々よりも食べられる農作物を見ている方が楽しい。あとはお茶の木、とか?
でもまあ、ここで機嫌を損ねても何もいいことはないだろう。私は頷くと、アウロス王子の案内で城の庭園を散歩することにした。あ、前髪は下ろしたままだし、後ろにハンナも控えている。
アウロス王子と並んで歩き、綺麗に整えられた樹木と色とりどりの花々を目にする。盛りの薔薇はかぐわしい香りを放っているし、コスモスも美しい。大きな噴水には光が当たり、虹のようなものまで窺える。吹く風は爽やかで、気持ちのいい午後。見目麗しい王子といるだけで、普通の令嬢ならうっとりするのかもしれない。
「どうかな。薔薇の花は嫌い?」
「いえ、嫌いではありません」
「じゃあ、好き?」
好きと言われてビクッとしてしまうのは、いわゆる条件反射だ。王子は薔薇の話をしているのであって、もちろん私のことではない。それでも、もしその「好き」が私への好意に変われば……と、勝手にやきもきしてしまうのだ。
今度こそ老後までしっかり過ごそうと思う。ずっと一人でいるのなら、せめてそのくらいは叶えたい。
「『好き』と言われるのが嫌いです。気に入った、と聞かれる方が」
「好きというのが嫌い? どうして?」
しまった。王子の好奇心を、却って刺激したみたい。誤解を招くことなく説明するには、どうすればいいかしら。
「それは、そのう……」
「あっちに東屋がある。話なら、そこでしようか」
「……はい」
示された方を向くと、確かに東屋があった。
ドーム型の屋根の下には白い柱。その柱に沿う形で円形のベンチがあり、クッションが置かれている。アウロス王子に隣に座るよう促されるが、さり気なく距離を置く。いえ、クッションを間に置いてバリケード代わりにしているから、全然さり気なくはないような。けれど、自意識過剰だと思われても身の安全が第一だ。深く関わってはいけない。
侍女のハンナは気を効かせたのか、東屋の外に待機している。無理だとわかっているけれど、できれば交代してほしい。
外に目を向ける私に、アウロス王子が話しかけてくる。
「随分慎み深いね。だからその年齢まで独り身なの?」
バカにしたような発言に、ついカチンときてしまう。よせばいいのに言い返した。
「差し出がましいようですが、若くもない女性に年齢の話をするのは、失礼に当たるかと」
「そうかな。二十歳はまだ若いと思うけど? それに……ごめん。正直に言うけど、君を女性としては見ていなかった」
なんと! 最近聞いた中で一番嬉しい言葉かもしれない。
「それは……光栄です」
「光栄?」
アウロス王子が整った顔に戸惑った表情を浮かべる。
「ええ。女性ではなく、人として見て下さっているのでしょう?」
「人?」
「ええ。容姿や性別ではなく、人柄を」
「そうか、そんな風に考えることもできるのか。やっぱり君は面白いな」
口元に手を当ててクスクス笑っているけれど、面白いことを言った覚えはないのに。ただ、これから取引しようとする相手に機嫌良く過ごしてもらうのは、商売の基本だ。怒らせるよりはよほどいい。
「それで? さっきの話に戻るけど、『好き』という言葉が好きじゃない、とは?」
嫌いだと言っているのに、連呼しないでほしい。その度にびっくりしてしまうから。
「好きと聞くと、驚いてしまいます。好意を寄せられると、困る事情がありまして……」
「そうなの? でも、わかるな。好かれるのは相手にもよるよね」
アウロス王子が納得しているけれど、彼の言う意味とは全く違う。私は誰であってもダメなのだ。
「ミレディア、君も追い回されて大変な思いをしたんだね。なるほど! だから屋敷に身を隠していたのか」
それも違う。君もということは、アウロス王子は追い回されて困っているということ? その割には、嬉しそうに令嬢達の相手をしていたような。
まあいいか、興味があるわけでもないし。本当のことを説明するわけにもいかないので、そういうことにしておこう。
「ええ。男性はもう懲り懲りです。早く領地の片隅に引っ込むことが、私の夢なので」
嘘ではないからスラスラ話せる。
そこに緑茶とたくあん、せんべいが加われば最高だ。早く縁側でのんびりしたい。
「クラウスと同じだね」
え? 彼も茶のみ仲間?
私が目を丸くすると、アウロス王子が笑って首を横に振る。
「いや、引っ込む方ではないよ? 兄も女性は煩わしいと言っていた。僕は好みの相手ならいいけどね?」
なんだそっちか。
でも、王子の情報どっちも要らない。
大丈夫だとは思うけど、ついでに頼んでおきましょう。危険は早めに避けるべきよね?
「ですから、私に好意を示す言葉はおっしゃらないでいただきたいんです。傲慢で図々しい願いだと十分承知しておりますが、とっても怖くって」
「へえ? 好きだと言ってほしいって娘はよくいるけど、逆のことを言われたのは初めてだ。やはり君は面白い人だね」
いや別に。楽しませたかったわけじゃないけど?
笑顔のアウロス王子を見ていると、すぐ前の世の年下男性が脳裏に浮かぶ。弟のような彼も笑顔の似合う子で。あの後元気に過ごしたのかしら? フられた夜に私が亡くなったことで、心に傷を残していないといいけれど……
「わかったよ。他ならぬ君の願いだ」
気がつくと手を取られ、甲にキスをされていた。慌てて引っ込めようとしたけれど、そのままにしておく。変に意識しない方が良さそうだ。彼にとってこの仕草は、特別なことでもないようだから。
『勘違いされて女性に追い回されるのは、ご自分のせいでは?』
口から出そうな嫌味を、ぐっと堪えた。
それともさっきの話は、クラウス王子のことだろうか?
「本日はお呼びいただき、誠にありがとうございます」
「ミレディア嬢、ようこそ。そちらの可愛らしい女性は初めまして、かな?」
「わ、わわ私にまで、もも、もったいないお言葉を……」
アウロス王子の機嫌は良さそう。魅力的な笑顔をハンナに向けて、彼女を失神寸前にまで追い込んでいた。侍女にまで挨拶するところは好感が持てるけれど、仕事の話に色気は要らない。
ちなみに今日の私は地味に戻り、ラウンドネックのおとなしい緑色のドレスを着ている。相変わらず前髪を下ろしているので、ここに来るまで素顔を誰にも見られていない。髪は一部を編み込み、後をふんわりさせている。後姿だけなら間違いなく、どこにでもいるような貴族令嬢だ。
席につきすぐに商談に入るかと思いきや、王子が外を歩こうと口にする。
「庭の薔薇が綺麗に咲いたし、コスモスも見事だよ?」
本音を言えば、花より団子。
前世で村人だったせいか、美しい花々よりも食べられる農作物を見ている方が楽しい。あとはお茶の木、とか?
でもまあ、ここで機嫌を損ねても何もいいことはないだろう。私は頷くと、アウロス王子の案内で城の庭園を散歩することにした。あ、前髪は下ろしたままだし、後ろにハンナも控えている。
アウロス王子と並んで歩き、綺麗に整えられた樹木と色とりどりの花々を目にする。盛りの薔薇はかぐわしい香りを放っているし、コスモスも美しい。大きな噴水には光が当たり、虹のようなものまで窺える。吹く風は爽やかで、気持ちのいい午後。見目麗しい王子といるだけで、普通の令嬢ならうっとりするのかもしれない。
「どうかな。薔薇の花は嫌い?」
「いえ、嫌いではありません」
「じゃあ、好き?」
好きと言われてビクッとしてしまうのは、いわゆる条件反射だ。王子は薔薇の話をしているのであって、もちろん私のことではない。それでも、もしその「好き」が私への好意に変われば……と、勝手にやきもきしてしまうのだ。
今度こそ老後までしっかり過ごそうと思う。ずっと一人でいるのなら、せめてそのくらいは叶えたい。
「『好き』と言われるのが嫌いです。気に入った、と聞かれる方が」
「好きというのが嫌い? どうして?」
しまった。王子の好奇心を、却って刺激したみたい。誤解を招くことなく説明するには、どうすればいいかしら。
「それは、そのう……」
「あっちに東屋がある。話なら、そこでしようか」
「……はい」
示された方を向くと、確かに東屋があった。
ドーム型の屋根の下には白い柱。その柱に沿う形で円形のベンチがあり、クッションが置かれている。アウロス王子に隣に座るよう促されるが、さり気なく距離を置く。いえ、クッションを間に置いてバリケード代わりにしているから、全然さり気なくはないような。けれど、自意識過剰だと思われても身の安全が第一だ。深く関わってはいけない。
侍女のハンナは気を効かせたのか、東屋の外に待機している。無理だとわかっているけれど、できれば交代してほしい。
外に目を向ける私に、アウロス王子が話しかけてくる。
「随分慎み深いね。だからその年齢まで独り身なの?」
バカにしたような発言に、ついカチンときてしまう。よせばいいのに言い返した。
「差し出がましいようですが、若くもない女性に年齢の話をするのは、失礼に当たるかと」
「そうかな。二十歳はまだ若いと思うけど? それに……ごめん。正直に言うけど、君を女性としては見ていなかった」
なんと! 最近聞いた中で一番嬉しい言葉かもしれない。
「それは……光栄です」
「光栄?」
アウロス王子が整った顔に戸惑った表情を浮かべる。
「ええ。女性ではなく、人として見て下さっているのでしょう?」
「人?」
「ええ。容姿や性別ではなく、人柄を」
「そうか、そんな風に考えることもできるのか。やっぱり君は面白いな」
口元に手を当ててクスクス笑っているけれど、面白いことを言った覚えはないのに。ただ、これから取引しようとする相手に機嫌良く過ごしてもらうのは、商売の基本だ。怒らせるよりはよほどいい。
「それで? さっきの話に戻るけど、『好き』という言葉が好きじゃない、とは?」
嫌いだと言っているのに、連呼しないでほしい。その度にびっくりしてしまうから。
「好きと聞くと、驚いてしまいます。好意を寄せられると、困る事情がありまして……」
「そうなの? でも、わかるな。好かれるのは相手にもよるよね」
アウロス王子が納得しているけれど、彼の言う意味とは全く違う。私は誰であってもダメなのだ。
「ミレディア、君も追い回されて大変な思いをしたんだね。なるほど! だから屋敷に身を隠していたのか」
それも違う。君もということは、アウロス王子は追い回されて困っているということ? その割には、嬉しそうに令嬢達の相手をしていたような。
まあいいか、興味があるわけでもないし。本当のことを説明するわけにもいかないので、そういうことにしておこう。
「ええ。男性はもう懲り懲りです。早く領地の片隅に引っ込むことが、私の夢なので」
嘘ではないからスラスラ話せる。
そこに緑茶とたくあん、せんべいが加われば最高だ。早く縁側でのんびりしたい。
「クラウスと同じだね」
え? 彼も茶のみ仲間?
私が目を丸くすると、アウロス王子が笑って首を横に振る。
「いや、引っ込む方ではないよ? 兄も女性は煩わしいと言っていた。僕は好みの相手ならいいけどね?」
なんだそっちか。
でも、王子の情報どっちも要らない。
大丈夫だとは思うけど、ついでに頼んでおきましょう。危険は早めに避けるべきよね?
「ですから、私に好意を示す言葉はおっしゃらないでいただきたいんです。傲慢で図々しい願いだと十分承知しておりますが、とっても怖くって」
「へえ? 好きだと言ってほしいって娘はよくいるけど、逆のことを言われたのは初めてだ。やはり君は面白い人だね」
いや別に。楽しませたかったわけじゃないけど?
笑顔のアウロス王子を見ていると、すぐ前の世の年下男性が脳裏に浮かぶ。弟のような彼も笑顔の似合う子で。あの後元気に過ごしたのかしら? フられた夜に私が亡くなったことで、心に傷を残していないといいけれど……
「わかったよ。他ならぬ君の願いだ」
気がつくと手を取られ、甲にキスをされていた。慌てて引っ込めようとしたけれど、そのままにしておく。変に意識しない方が良さそうだ。彼にとってこの仕草は、特別なことでもないようだから。
『勘違いされて女性に追い回されるのは、ご自分のせいでは?』
口から出そうな嫌味を、ぐっと堪えた。
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