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第一章 ラスボスは気難しい

龍神様のひとりごと 2

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 龍神である俺の不在がたたったのか、今度は西が天候不順。
 雨を望む人の声が、天上にいた俺のところに届いた。

『まったく。神々の会合になど、顔を出すものではないな。おかげでずいぶん時間を取られてしまった。娘は今頃、どうしているだろう?』
 
 いつの間にやら季節は移ろい、川には春の花が散る。

『ともに桜をでようとの約束が、果たせなかった。ねた顔も可愛いが、さて、どうしたものか』

 西の地では、桜はすでに散ったはず。
 それとも日照りで咲くことすら叶わず、枯れてしまったか。

 ――手折たおった枝でも持参すれば、喜んでくれるだろうか?

『……ふ。龍神ともあろうものが、人間の顔色をうかがうとはな』

 けれど今の己にとって、娘を想う時間さえ甘く心地良い。

 桜の枝を携えて西におもむくと、大地は想像以上に干からびていた。慌てて雨を降らしたところ、池の近くの村人が、総出で歓喜し舞い踊る。その中に娘の姿はない。

『池にも来ぬし、姿も見えぬ。いったいどうしたのだ?』

 人の姿で理由を尋ねると、驚くべき答えが返ってきた。

『高貴なお方が、村の忌子いみこをご存じだとは。親のいないあの娘は、神に奉仕するため育てられた子です。見てください。おかげでこの雨!』
『まさか……』

 瞬時に理解し、言葉を失う。

『驚くことはありません。人柱ひとばしらとして、あの娘は立派に役目を果たしてくれました。今頃川底で、龍神様にお会いしていることでしょう』
『馬鹿なっ!!』

 頭に血が上り、目の前が真っ赤に染まる。

『なぜそんなことをした? 人柱などなんの意味もない!! 命を犠牲にして、雨など降るものかっ』

 我に返った時には、足下に男の遺体が転がっていた。
 側には手折った枝の桜が、無残に散っている。
 俺は天へと駆け上り、空を震わせた。

『人間どもめ。そんなに好きなら、思う存分降らせてやろう。とくと味わうが良い!』

 雷と豪雨で河川が氾濫はんらんし、村は家ごと押し流された。
 山々は崩れ土石流が発生し、大地も形を変えていく。
 辺り一面水没したが、それでも怒りは収まらない。

『どうしてあの娘を犠牲にした。なぜ人柱など……』
 
 人間は差別をする生きもので、同族殺しをなんとも思わない。
 ならば根こそぎ排除して、人のいない世にしよう。
  
 

 その時から俺は、人間を憎むようになった。
 しかし同時に愛しい想いも消えず、後悔ばかりが先に立つ。

 考えてみれば、出立前にも不審な点はあった。

『離れがたいが、当分留守にする』
『はい。あの……また、お会いできるでしょうか?』
『当然のことを申すでない。息災で過ごせよ』

 変わらぬ日々が続くと思った、あの日の自分が憎らしい。

『……はい。公卿様、どうかお元気で』

「公卿様」と言うべきところを、娘はあえてはぶいていた。それなのに俺は、言い間違いも可愛らしいと、訂正しなかったのだ。

 思うに娘は、自分の運命を受け入れていた。
 だからこそ池のある神域に入れたし、自由に動けたのだ。

「そんなことにも気がつかず、俺は……」

 思わず口を手でおおう。

 娘を大事にしたかった。
 龍神だとわかれば今までの関係が壊れるかもしれないと恐れ、黙っていたのだ。

 どうして告げずにいたのだろう。
 真の姿を明かしていれば、娘が亡くなることはなかったものを。
 雨乞いの人柱として川の底に沈むことも、一人寂しく逝くこともなかった。
 あの時打ち明け、天上に連れ去ってさえいれば――。


 
「ところで龍神様、彼女はお元気ですか?」

 同じ黒髪、同じ瞳で神官の娘が口にする。 

「かのじょ?」
「お好きな方が、いらっしゃるんですよね?」
いた者など、おらぬ」

 心から愛した者ならいるが……。

 声にならない声が、喉元のどもとまで出かかった。
 幾久しく忘れていた感情が、胸をかき乱す。
 
 ――どうしてそんなことを聞く? お前は何を知っている? 

 彼女の背中を目で追った。
 己は『春花はるか』という名の神官に、愛したひとの面影を重ねているらしい。



※忌子……いみこ。神に奉仕する子供のこと。また、忌み子は不浄の子、不吉な子。(フィクションなので、ここでは成人女性を両方の意味で使っています)
 
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