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第一章 ラスボスは気難しい

魔王のプライド

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 魔王と人の悪意の二体は、最初の位置から動いていない。

「ギギャアアァァァ」
「……はあ。どうして余が、こんな雑魚ざこどもを相手にしなきゃならんのだ?」 

 危ない、と思った瞬間、炎の玉が炸裂する。

「あれは、ファイヤーボール!」

 魔王は自分に向かってきた魔物だけを、嫌々ながらも撃退している。
 できるだけ簡単な魔法で、魔力の消費を抑えているらしい。

「一応退治しているから、放っておいてもいいのかな?」

 わたしは魔王を眺めつつ、ゲームの彼を思い浮かべた。



 ――魔王、アルトローグはまっすぐな長い黒髪と赤い瞳、立派な角の持ち主で、裏地が赤い金糸の入った黒のマントを身につけている。【クリティカルサーガ】のラスボスだけど、叔母おばにもらった昔のゲームのため、登場時はカクカクしたドット絵だった。

「カセットの入った箱には、美麗なイラストがっていたんだよね。人気の絵師だから、いつ見てもうっとりしちゃう」

 肝心のゲームは、叔母によると当時の最先端。

『まおうさま、ゆうしゃが攻めてきました』
『むむ、手ごわいやつめ』
『いかがなさいますか?』
『→たたかう
 →まもる
 →にげる』

 ラスボス戦は電子音とともに文字が表示され、『たたかう』が自動で選択される。
 画面は勇者に切り替わり、同じように選択肢が表示された。

『たたかう』を選ぶと魔王との戦闘へ突入……かと思いきや、「ほんとうにいいのか?」と仲間が何度も念押ししてくれる。『いいえ』を選ぶとセーブができて、装備品の確認がゆっくりできるという優しい仕様だ。

 片や魔王は待ちぼうけ。

『ゆうしゃよ、まちわびたぞ』

「だよね~」と合いの手を入れつつ、最後の戦いへ。

 体力お化けの魔王は、炎の魔法を得意としているが、主人公たちが攻めている間は手を出さない。また、ご親切にも自分を倒すための剣やら盾やらよろいやら防具やらを、火山の奥に封印していた。

 回復役の僧侶がいないと厳しいけれど、おかげで攻撃は問題ない。
 徐々に体力を削っていって、あと一撃で倒せる! という時に魔王が質問する。
 
『にんげんはなぜ、しぜんをはかいしあらそいをくりかえす? どうぞくごろしもいとわぬとは、われらの方がよっぽどまともだ。おのれをかえりみず、なぜわれらをほろぼそうとする?』

 人間が世を乱すなら、全滅させて魔物中心の世界を作り上げる、というのが魔王の主張だった。自然を大事にしてより良く生きるという考え方は、今のSDGsとちょっぴり似ている。

「だからかな? 勇者の言い分よりも、魔王が正しい気がしたんだよね」

 しかし勇者は言い返す。

『はんせいし、まなび、せいちょうしていく。これからのぼくたち(わたしたち)にきたいして!』

 ――いやいや。カッコいいセリフっぽいけど、それって今までダメダメだったって認めているよね? この人たちに期待して、本当に大丈夫?

 だけど魔王は納得して、ぽつりとつぶやく。

『きたいしてよいのだな? そなたらのかくご、しかとうけとめた』

「え? え? こんなんでいいの?」

 コントローラーを持つ手が震えたものの、プレイヤーには『たたかう』以外の選択肢がない。そんなわけでわたしは、大好きな魔王に泣く泣くトドメを刺した。

『だが、もしやくそくをたがえれば、よは、まものをつれてよみがえるぞ』

よみがえって~~、できれば今すぐ! 魔王様だけでいいから、早く戻って~~」

 画面の前の絶叫もむなしく、人のいい魔王は虚空こくうに消えていく。

 殺戮さつりくはさすがにダメだけど、最期まで誇り高く引き際も鮮やかだ。自らの意思をつらぬいた、あっぱれな退場だった。
 ドット絵だからこその、サラサラした消滅加減も素晴らしい。

「魔王様、どこ?」

 エンドロールが流れても、勇者そっちのけで魔王を探す。一瞬しか出てこなくて制作側に怒りを覚えたが、わたしの目には誰よりも輝いて見えた。

 ただしそれは、ゲームの中でのこと。
 今の彼は尊大でわがままで、まだカッコいいとは思えない。
 それに自分は人間だから、世界が魔物でめ尽くされるのは嫌だ。

 特に蜘蛛は、絶対無理だから!!



「キシャアァァァ」
「生意気な大蜘蛛おおぐもめ。いくら倒してもキリがないわ」

 現実の魔王は魔物の世界を作るどころか、平気で倒す。
 糸を吐く直前の蜘蛛の口に炎をぶつけ、手際よく燃やしていた。

 いまだに無傷の魔王は、やっぱり強い。
 でももうすぐ、魔力が切れるかな?
 そんな時こそ、わたしの出番だ。

 ところで、人の悪意は何をしているの?

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