16 / 16
第一章 推しがクラスにやってきた
アリア
しおりを挟む
女子寮の病人専用の部屋に隔離され、私――アリアはベッドの中で退屈な時を過ごしていた。
「こんなふうに熱を出すのは、子供の時以来?」
健康だけが取り柄の私は、めったに熱を出さない。だからこそ、ヒロインの役目も無事にできると考えていた。あれしきの雨で風邪を引くとは、なんとも情けない。
「もともと熱があったのかもしれないわ。自分でも気がつかないほど、興奮してたみたい」
幼い頃のように、高熱のせいで記憶が混濁しては困る。
せっかく推しに会えたから、早く治しましょう。
私は小さな時に、この国を出たことがあるらしい。
「らしい」と言うのは、全然覚えていないから。
母を亡くしたばかりの父は、仕事で隣国へ行くこととなった。幼い娘を一人にしたくないと考えて、私も同行させたそうだ。
馬車の旅に慣れない環境。
見知らぬ大人に囲まれて、気疲れしたのか。
それとも母親を亡くしたショックが、遅れて出てきた?
ともかく帰国後すぐ、私は倒れた。
高熱が続き、いく日もうなされたと聞いている。
ようやく治ったある日のこと。
父が私の異変に気がついた。娘の頭からは、旅の間の記憶がきれいさっぱり消えている。国外に出たことさえ、覚えていなかった。
「今考えると、すっっっごくもったいないことしたわ! 隣の国って、憧れの『ベルウィード』よね? もっと早く前世を思い出していたら、意地でも覚えていたのに……」
敵地ベルウィードは、アニメでもちらっと出る程度。森や畑に囲まれたうちに比べて、整備された緑や石造りの建物が多く、都会的な雰囲気だった。いつか聖地巡礼してみたい。
「こんなことを考えられるのは、回復してきた証拠よね? もう大丈夫。つれなくされても諦めないわ」
『推しは見るもの愛でるもの』
せっかくだから、一番近くで応援したい。
「早く治して頑張ろう。レヴィーの周りをうろうろすれば、いつか私に心を開いてくれる……はず」
努力あるのみだ。
私は最推しの笑顔を頭に描き、苦い薬を残さず飲み干した。
五日後、ようやく復活!
久々に推しに会えて嬉しい。
見ればレヴィーは、重い荷物を一人で運んでいる。ここぞとばかりに手伝いを申し出た。
「重そうね。一緒に運びましょう」
「君には無理だ」
「あら。こう見えて私、力はあるのよ」
けれど彼は、首を横に振る。
きっと私に、気を遣ってくれたのね。
感謝の思いで休み時間も見つめていたら、嫌そうに顔を歪められた。
――違う、たぶん顔がかゆかったのよ。
他の三人は諦められても、レヴィーだけは譲れない。無愛想な彼が、本当は優しいことを知っている。子供の頃だって……。
「変ね。ファンブックに、幼少期のレヴィーのイラストって掲載されていたかしら?」
グッズか何かで見たのかもしれない。
もしくは同人誌?
前世で集めに集めた限定グッズは、本当に惜しいことをした。持ち込めていれば今頃、部屋に飾っていたはずなのに。
「んー。病気も治って、ご飯が美味しい!」
お昼時、噛み応えのある食事をゆっくり味わう私。
おかゆ代わりのオートミールはふにゃふにゃで、味が薄すぎた。もったいないので全部いただいたけど、正直二度と食べたくない。
クラスの男子が「快気祝いだ」と言って奢ってくれた特別メニューのジュレ(ゼリー)。
私はみんなが食堂を出た後で、ようやくデザートに取りかかる。スプーンの上には、ふるふるのジュレ。輝く赤は、甘酸っぱいラズベリー味だ。
そこへ、レヴィーが通りかかる。
――神様、ありがとう。ジュレは好きだけど、推しはもっと好きです♪
「アリア、まだ食べているのか? 病み上がりだから無理するな」
嬉しい! 彼は私が病気で休んでいたと、知っているのね?
「いいえ。無理なんてしてないわ。このデザート、とっても美味しいの」
私はジュレが入った器を持ち上げた。
するとレヴィーの目が、ふいに細くなる。
――まさか今、ちょっと笑った? ……そうか。ファンブックの情報だと、彼は甘いもの好きだ!
「ほどよい甘さよ。まだ残っているから、頼めば出してくれると思うわ」
この時間に余っているなら、割引きだろう。
レヴィーなら顔がいいので、食堂のおばさんもタダにするかもしれない……私なら確実にそうする。
「いや、これでいい」
言うなりレヴィーが私の手首を掴んだ。
赤いジュレはスプーンごと、彼の口の中へと消えていく。
「なっ、なな、な……」
「確かに美味しいな」
なんてこと!
ジュレが羨ましい!!
今のって、いわゆる間接キスだよね?
口をポカンと開けた私を見て、再び目を細めたレヴィー。
そうかと思えば、片手を上げて去って行く。
私の顔が熱を持つ。
こんなシーン、アニメにもファンブックにもなかったのに――。
恥ずかしくって、胸がドキドキしてしまう。
せっかく治ったのに、また熱が出て病人部屋に逆戻り?
側で見守ろうと決めたけど、推しとの接点やっぱり嬉しい。
ちなみにこのスプーンは記念にもらって、コレクションに加えよう。
「こんなふうに熱を出すのは、子供の時以来?」
健康だけが取り柄の私は、めったに熱を出さない。だからこそ、ヒロインの役目も無事にできると考えていた。あれしきの雨で風邪を引くとは、なんとも情けない。
「もともと熱があったのかもしれないわ。自分でも気がつかないほど、興奮してたみたい」
幼い頃のように、高熱のせいで記憶が混濁しては困る。
せっかく推しに会えたから、早く治しましょう。
私は小さな時に、この国を出たことがあるらしい。
「らしい」と言うのは、全然覚えていないから。
母を亡くしたばかりの父は、仕事で隣国へ行くこととなった。幼い娘を一人にしたくないと考えて、私も同行させたそうだ。
馬車の旅に慣れない環境。
見知らぬ大人に囲まれて、気疲れしたのか。
それとも母親を亡くしたショックが、遅れて出てきた?
ともかく帰国後すぐ、私は倒れた。
高熱が続き、いく日もうなされたと聞いている。
ようやく治ったある日のこと。
父が私の異変に気がついた。娘の頭からは、旅の間の記憶がきれいさっぱり消えている。国外に出たことさえ、覚えていなかった。
「今考えると、すっっっごくもったいないことしたわ! 隣の国って、憧れの『ベルウィード』よね? もっと早く前世を思い出していたら、意地でも覚えていたのに……」
敵地ベルウィードは、アニメでもちらっと出る程度。森や畑に囲まれたうちに比べて、整備された緑や石造りの建物が多く、都会的な雰囲気だった。いつか聖地巡礼してみたい。
「こんなことを考えられるのは、回復してきた証拠よね? もう大丈夫。つれなくされても諦めないわ」
『推しは見るもの愛でるもの』
せっかくだから、一番近くで応援したい。
「早く治して頑張ろう。レヴィーの周りをうろうろすれば、いつか私に心を開いてくれる……はず」
努力あるのみだ。
私は最推しの笑顔を頭に描き、苦い薬を残さず飲み干した。
五日後、ようやく復活!
久々に推しに会えて嬉しい。
見ればレヴィーは、重い荷物を一人で運んでいる。ここぞとばかりに手伝いを申し出た。
「重そうね。一緒に運びましょう」
「君には無理だ」
「あら。こう見えて私、力はあるのよ」
けれど彼は、首を横に振る。
きっと私に、気を遣ってくれたのね。
感謝の思いで休み時間も見つめていたら、嫌そうに顔を歪められた。
――違う、たぶん顔がかゆかったのよ。
他の三人は諦められても、レヴィーだけは譲れない。無愛想な彼が、本当は優しいことを知っている。子供の頃だって……。
「変ね。ファンブックに、幼少期のレヴィーのイラストって掲載されていたかしら?」
グッズか何かで見たのかもしれない。
もしくは同人誌?
前世で集めに集めた限定グッズは、本当に惜しいことをした。持ち込めていれば今頃、部屋に飾っていたはずなのに。
「んー。病気も治って、ご飯が美味しい!」
お昼時、噛み応えのある食事をゆっくり味わう私。
おかゆ代わりのオートミールはふにゃふにゃで、味が薄すぎた。もったいないので全部いただいたけど、正直二度と食べたくない。
クラスの男子が「快気祝いだ」と言って奢ってくれた特別メニューのジュレ(ゼリー)。
私はみんなが食堂を出た後で、ようやくデザートに取りかかる。スプーンの上には、ふるふるのジュレ。輝く赤は、甘酸っぱいラズベリー味だ。
そこへ、レヴィーが通りかかる。
――神様、ありがとう。ジュレは好きだけど、推しはもっと好きです♪
「アリア、まだ食べているのか? 病み上がりだから無理するな」
嬉しい! 彼は私が病気で休んでいたと、知っているのね?
「いいえ。無理なんてしてないわ。このデザート、とっても美味しいの」
私はジュレが入った器を持ち上げた。
するとレヴィーの目が、ふいに細くなる。
――まさか今、ちょっと笑った? ……そうか。ファンブックの情報だと、彼は甘いもの好きだ!
「ほどよい甘さよ。まだ残っているから、頼めば出してくれると思うわ」
この時間に余っているなら、割引きだろう。
レヴィーなら顔がいいので、食堂のおばさんもタダにするかもしれない……私なら確実にそうする。
「いや、これでいい」
言うなりレヴィーが私の手首を掴んだ。
赤いジュレはスプーンごと、彼の口の中へと消えていく。
「なっ、なな、な……」
「確かに美味しいな」
なんてこと!
ジュレが羨ましい!!
今のって、いわゆる間接キスだよね?
口をポカンと開けた私を見て、再び目を細めたレヴィー。
そうかと思えば、片手を上げて去って行く。
私の顔が熱を持つ。
こんなシーン、アニメにもファンブックにもなかったのに――。
恥ずかしくって、胸がドキドキしてしまう。
せっかく治ったのに、また熱が出て病人部屋に逆戻り?
側で見守ろうと決めたけど、推しとの接点やっぱり嬉しい。
ちなみにこのスプーンは記念にもらって、コレクションに加えよう。
0
お気に入りに追加
153
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】悪役令嬢エヴァンジェリンは静かに死にたい
小達出みかん
恋愛
私は、悪役令嬢。ヒロインの代わりに死ぬ役どころ。
エヴァンジェリンはそうわきまえて、冷たい婚約者のどんな扱いにも耐え、死ぬ日のためにもくもくとやるべき事をこなしていた。
しかし、ヒロインを虐めたと濡れ衣を着せられ、「やっていません」と初めて婚約者に歯向かったその日から、物語の歯車が狂いだす。
――ヒロインの身代わりに死ぬ予定の悪役令嬢だったのに、愛されキャラにジョブチェンしちゃったみたい(無自覚)でなかなか死ねない! 幸薄令嬢のお話です。
安心してください、ハピエンです――
天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生
西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。
彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。
精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。
晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。
死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。
「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」
晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
設定を聞いただけでも面白そうです!敵側につくのか、はたまた敵達を寝返らせるのか……主人公が今後どう動いていくのか楽しみです!
クロツメ様、ありがとうございます( ´ ▽ ` )。結末はすでに浮かんでいるのですが、今はまだ内緒です。よろしくお願いします♪
敵の仲間になりたい。それが斬新で、面白い予感しかしません。
次の更新を楽しみにしておりますが、ご無理をなさらないようにしてくださいませ。
柚木ゆず様、ご感想嬉しいです\(^O^)/
敵の仲間になって、一緒に世界を征服? それとも……?
己に正直なヒロインの今後に、是非ご注目ください。
体調までご心配いただき、ありがとうございます。
書き上がり次第、徐々に更新していきますね♪
きゃる様
お待ちしておりました✨
新作面白そうで、ワクワク😃💕しています。
敵の仲間になりたいなんて、なんて大胆なんでしょう🎵
次の更新が楽しみです💖
うろこmax様、ご無沙汰してました〜(*≧∀≦*)。
いろんなことを考えていましたが、結局自分の書きたいものを書くことにしました。ヒロインの思いは私の想い。
時々、敵の方がイケメンでは!? と感じていたので。楽しんでいただければ幸いです♪