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婚約パーティーに行く準備を

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あの日ローラが持ってきたのは、やはり婚約パーティーの招待状だった。


「随分急だけど、まあ、本人たちが早く結婚したいんだろうね。」

レインがそう言いながら、私に招待状を見せてくれた。

招待状によると、あと数日後に婚約パーティーが開かれるようだ。

それを見て、私は生唾を飲み込んだ。

これでやっと、ローラにもう一度会える。

この前のようにならないように、今度はもう少し冷静にならなくちゃ。


「良かったね、ユリア。」

レインがそう言ってほほ笑んだ。


「ええ、ありがとう、レイン。あなたのおかげよ。」

レインがいなければ、こうも上手くはいかなかったはずだ。


「ユリアの役に立てて何よりだ。」

レインはそう言ったかと思えば、すぐにまた口を開いた。


「ドレスを選びに行かなくてはいけないね。」


「ドレスですか?それならここにたくさんありますよ。」


そう言いながら私はドレッサーの方へ目を向ける。

私は街へ行けないので、代わりにとレインが購入してくれたドレスが大量にそこに入っている。

それこそ、洋品店にあるドレスを全て持ってきたのではないかというほどに。



「あれは、ここで過ごすために買った物だ。だからちゃんと、パーティ用のドレスを買うんだよ。」


レインの言葉を聞いて呆気にとられる。


ここにあるドレスが普段着だなんて。

転生前の世界では、自宅で上下ジャージで過ごしていた私には到底理解できない!


しかし私に有無を言わさず、レインはすぐに馬車を手配し、妖精の反対を押し切って私たちは街へ向かう事になってしまった。


「レイン、何考えているの!?ユリアが嫌な思いをしてもいいの?」


エリザがレインに怒りながらそう言った。


「1日くらい、なんとかなるさ。

本当ならオーダーメイドで作りたいところだけど、時間がもうないからね。

それに、これだけは絶対にユリアの試着が必要だ。」


レインがやけに熱心な目つきでエリザを説得している。


「僕のパートナーだよ?ユリアには会場で一番きれいでいてもらわないと。

それこそ、ローラよりもね。」


「それは、たしかにそうだわ。」

エリザはレインのその言葉だけはとても共感できたようで、結局納得してしまった。


私はそれを、ぼんやりと眺めていた。

なんだか感情が、それどころではなかったからだ。

あの時ローラと久しぶりに会ったわけだが、ローラは明らかに私に敵意を抱いていた。

今までのことは、単なる嫌がらせではなかったのだ。

それを、ひしひしと感じた。

やっぱり、はっきりさせなければならない。
私にはそれを知る権利があるから。


そんな事を考えている内に、馬車は街の中の洋品店に着き御者がそこで馬を止めた。


そこで初めて、考え事に耽っていたことに気が付いた。


レインが心配そうに私を覗き込んだ。


「ユリア。もしかして、婚約パーティーに行くのが怖い?」

レインにそう聞かれて、慌てて首を振った。


「いいえ。そんなことないわ、心配しないで。」

レインにそういって笑ってみせる。

それを見て、レインも安心した表情になった。




「さあ!それじゃあ、ドレスを選んで!」


レインが連れて来てくれたのは、初めてテオと訪れた洋品店と同じお店だった。



「ここ、テオと来た場所だわ。」

ついうっかり、心の声が出てしまう。

案の定、それを聞き逃さなかったレインが私の方を振り向いた。


「テオって、皇太子殿下のこと?」

レインにそう聞かれ、うなずいた。

レインは少し嫌悪感を含んだ顔をしたが、それは一瞬のことですぐにいつもの表情に戻った。


「なら尚更、ここでドレスを買わないと。

過去の男との記憶を、僕との思い出に塗替えなきゃね。」


テオとは契約結婚を交わしただけで、過去の男と言うにはいささか大袈裟なのだが、意気込むレインが面白かったので黙っておくことにした。


そして、いつも以上に気合を入れてレインが選んだドレスは、私もつい目を奪われるようなドレスだった。


生地自体は深く暗い青色なのだが、ダイヤモンドが散りばめられていて、まるで満天の星空のようなドレスだった。




「レイン、ありがとう!このドレス気に入ったわ。」


目を輝かせてレインにそう伝えると、レインも嬉しそうに笑った。


「ユリアに喜んでもらえて良かった。」


無事にドレスを選び終わった私たちが、帰るための馬車に乗り込もうとした時、耳をつんざくような女性の高い悲鳴が聞こえて来た。


「な、なに?」


驚いた私は思わず馬車から降りて辺りを見回す。


そこには、すっかり腰が抜けてしまったのか、地べたに座り込んでガタガタ震えている貴婦人がいた。

貴婦人の視線の先を追ってみると、そこには。


生まれて初めて見るその形容に、一瞬言葉を失った。


頭から生えた二本の角。鋭い目に、全身赤黒い肌で覆われている。

獣のような息遣いで、口からは涎が滴り、地面を濡らしていた。


あれは、一体何?


私がたじろいでいると、レインが後ろから支えてくれた。


「あれが魔物だよ、ユリア。最近、所構わず出てくるんだ。

ここは、街中なのにね。」



レインにそう言われ、改めてそれに目を移した。


あれが、魔物。

なんて恐ろしい姿なの。

私の中の生存本能が、逃げろと叫んでいるような気がしてくる。


魔物はしばらく固まっていたのだが、突然唸り声を上げて、座り込んだ貴婦人に向かって襲い掛かろうとした。



「た、助けなきゃ!」


魔物が怖いはずなのに、目の前の光景に思わず身体が動いてしまった。

しかし、レインが後ろから私の腕を掴んで引き留めた。


「大丈夫、僕が片付けるから。ユリアは馬車に戻って。」



レインはそう言うと、いつの間に持ってきたのか剣を振り上げ、魔物に向かって剣を振り下ろした。


魔物に剣が突き刺さり、激しく出血した。


そして、一度だけ絶叫してからその場に崩れ込んだ。


レインはかなり深く切ったようで、魔物の周りには血が水溜りのように広がっていった。



レインはそんな魔物には目もくれず、貴婦人を起こして立ち上がらせると、さっさと帰りたいとでもいうかのようにこちらに戻ってきた。


「馬車に戻ってと言ったのに、ずっと見ていたの?」


レインが私に対して、冷たい顔でそう言った。


レインのそんな表情を見たのは、初めてだったので思わず目を見張る。


そんな私を見て、レインがはっとしたような表情になった。


「ごめん。少し気が立っていたみたいだ。」


私に謝るレインの表情は、いつも通りに戻っている。


「いいえ、気にしていません。私の方こそ、勝手に動いてすみません・・・。」


嘘だ。すごく気にしている。

あのレインが、私に対してあんな顔をするなんて。

よっぽど魔物が嫌いとか?言うこと聞かない私に苛立ったとか?

いいや。

というより私は、いつからこんなに人の顔色に敏感になってしまったんだろう。

レインが一瞬浮かべた表情にここまで動揺するなんて。

でも、そのおかげで自分の本当の気持ちに少し触れた気がした。

私は今、レインにだけは嫌われたくないと思ってしまっているようだ。


そう思ってしまう理由は、分からないけど・・・。


「・・嫌な予感がするんだ。」


レインがぽつりとそう言った。


「嫌な予感って?」


私が聞くと、レインは暗い表情で顔を俯かせた。


「いや、ただの僕の考え過ぎであって欲しいんだけどね。」


レインは私の顔を、真面目な表情で見つめた。


「約束してほしい。会場で何が起こっても僕から離れないと。」





「必ず守るから。」




その言葉は、今の私にとって、何よりも信じられる言葉だった。





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