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貴族辞めて平民になったので社畜に戻りました。
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最初にこの世界に来たときは、袖が短い服で不自由なく過ごせるほど穏やかで暖かい気候だった。
ずっとこの気候のまま過ごせるものだと思っていたが、この世界にも季節はあるらしく、今では複数の衣服を着なければならないほど寒くなった。
公爵家を出てから半年程の月日が流れていた。
あれから私はどうしているのかというとーーーーーー。
「ユキナ!これをあのお客さんのテーブルへ運んでくれ!」
その声を聞き、慌てて厨房へ向かう。
そしてお盆を持ち、客人が待つテーブルへ向かった。
「お待たせいたしました。こちらが、ナターナ食堂特製の煮込みシチューです。」
お皿にたっぷり入ったシチューがこぼれないように気を付けながら、テーブルに食事を配膳していく。
「ありがとう!やっぱりここのご飯が1番おいしいんだよなあ!」
シチューを目の前にしたお客さんが、嬉しそうにそう言いながら勢い良くシチューに手を付けた。
それを見て思わず微笑んでいると、すぐにまた厨房から声がかかった。
「ユキナ!今度は厨房を手伝ってくれ!」
「分かりました!」
お客に一礼し、慌てて今度は厨房へ向かった。
ここは、ヴィルトゥエル王国の城下町にある、小さなお店「ナターナ食堂」だ。
名前の由来は、ナターナ夫妻が開いた食堂だから。
このお店を切り盛りしているのもナターナ夫妻のみで、今は私を含め3人でお店を回している。
小さな食堂だが、美味しいと評判のようで、お昼時はかなり混んでくる。
今がちょうどその時間なので、私も忙しく動き回っていた。
公爵家を出た、あの日。
行く宛もない私がたどり着いたのが城下町だった。
たくさんのお店が建ちならんでいるのを見て、片っ端から雇ってくれないかお願いをしていき、ようやく首を縦に振ってくれたのがこのナターナ食堂だったのだ。
最初は夫婦のみで経営していくつもりだったのだが、予想以上にお客さんが来てくれるようになったので、もう一人雇おうか考えていたらしく、ちょうどそんな時に私が来たというわけだ。
名前を聞かれた際、アリスと言おうとして辞めた。
私はもう公爵家を出たし、何よりも国王陛下がもし私を捜索するなんて言い出したらみつかってしまうかもしれない。
そこで、元居た世界での名前、「雪奈」とナターナ夫妻に告げ、髪の色も例の毒薬を頭にかけ、黒色とは程遠いオレンジ色へ変えた。
こうして食堂で働いていると、自然と元居た世界での事を思い出す。
ほんの半年前は、短い間だったが貴族として過ごしていた。
嫌な思いもする事はあったが、生活自体は優雅で、贅沢で、働く必要が無かった。
それはそれで楽だったのだが、どこか落ち着かなかった。
でも、こうして再び働く生活に戻り、この世界の社畜みたいなものになったわけだが、やっぱり自分にはこの生活の方が合っている気がした。
それに、社畜といっても、この食堂は週に定休日が3日はあるので社畜時代に比べたら楽だ。
残業もないし、おまけに賄いも出るので助かる。
厨房に入り、野菜を細かくみじん切りにしていると、横で一緒に料理をしているナターナ夫人が私の方を振り向いた。
「そういえばね、ユキナ。明日はちょっとお願いしたいことがあるのよ。」
「・・・?なんでしょう?」
ナターナ夫人は出来上がった料理を私に渡してから片目をつぶって見せた。
「あなたにとっても悪い話じゃないと思うわ。
この料理をあのお客さんのところへ持って行ったら、今日はもう上がっていいから、隅の席で少し待ってて。」
それを聞き、一体何なのか見当もつかない私は夫人の言う通り、とりあえず食事をお客さんの元へ運んでいくことにした。
そしてその後、ナターナ夫人が指示した隅っこの席に腰を掛け待っていると、賄いを持ってきたナターナ夫人が向かい側の椅子に腰を下ろした。
「今日の賄いは、魚介の入ったシチューよ。」
「ありがとうございます!おいしそうですね。」
夫人にお礼を言い、スプーンでシチューをすくって口に運ぶ。
その途端、コクのある魚介の旨味がたっぷりな美味しいシチューの味が口いっぱいに広がり頬が緩んだ。
「お願いというのはね、」
ナターナ夫人も同様にシチューを食べながら、私に先ほどの話を再び話し始めた。
「明日、本当は定休日なのだけど、城に仕えている騎士の何人かがここで食事をとりたいって言っているのよ。」
その言葉に、思わずスプーンを落としそうになった。
「し、城の騎士・・ですか?」
「そうよ。」
ナターナ夫人はそんな私にお構いなく話を続けた。
「断ろうと思ったんだけどどうしてもってお願いされてね?
だから、明日、本当はお休みだけど一緒に働いてもらいたいのよ。それに・・・」
ナターナ夫人はそこで一旦言葉を切り、輝くような目で私を見つめた。
「お願いしてきた騎士、すっごくイケメンだったのよ!!
ユキナ、まだ結婚相手が決まっていないんでしょう?お城の騎士なんて、結婚相手にはぴったりだわ!
貴女美人だし、騎士もきっと惚れるはずよ!」
楽しそうなナターナ夫人を前に、到底そのお願いを断ることなど出来なかった。
大丈夫だろうか。
城の騎士(イケメン)なんて、まさか、ウィルじゃないよね・・・?
もしアリスを知る者だったとしても、髪色が違うし上手く誤魔化せるだろうか。
不安な気持ちを抱えつつ、賄いを食べ終わった後家に帰った。
今の私の家は、ナターナ食堂から少し離れた場所にある、平屋の小さな家だ。
住む家が無く困っていた私に、ナターナ夫人が貸してくれた家だった。
元々はナターナ夫人の父親がここで暮らしていたのだが随分前に亡くなり、それからずっと空き家で持て余していたのだとか。
家の近くには小川が流れていて、静かで穏やかに過ごせそうな場所だった。
ただし、この辺りにはこの小さな家以外に民家は無いので夜はかなり真っ暗になるが。
家で一目散にベットに寝っ転がった。
干し草を集めて作ったベットから草の匂いが漂ってくる。
明日、何事もなく終わりますように。
そう思いながら、日も沈まないうちに、目を閉じてしまった。
ずっとこの気候のまま過ごせるものだと思っていたが、この世界にも季節はあるらしく、今では複数の衣服を着なければならないほど寒くなった。
公爵家を出てから半年程の月日が流れていた。
あれから私はどうしているのかというとーーーーーー。
「ユキナ!これをあのお客さんのテーブルへ運んでくれ!」
その声を聞き、慌てて厨房へ向かう。
そしてお盆を持ち、客人が待つテーブルへ向かった。
「お待たせいたしました。こちらが、ナターナ食堂特製の煮込みシチューです。」
お皿にたっぷり入ったシチューがこぼれないように気を付けながら、テーブルに食事を配膳していく。
「ありがとう!やっぱりここのご飯が1番おいしいんだよなあ!」
シチューを目の前にしたお客さんが、嬉しそうにそう言いながら勢い良くシチューに手を付けた。
それを見て思わず微笑んでいると、すぐにまた厨房から声がかかった。
「ユキナ!今度は厨房を手伝ってくれ!」
「分かりました!」
お客に一礼し、慌てて今度は厨房へ向かった。
ここは、ヴィルトゥエル王国の城下町にある、小さなお店「ナターナ食堂」だ。
名前の由来は、ナターナ夫妻が開いた食堂だから。
このお店を切り盛りしているのもナターナ夫妻のみで、今は私を含め3人でお店を回している。
小さな食堂だが、美味しいと評判のようで、お昼時はかなり混んでくる。
今がちょうどその時間なので、私も忙しく動き回っていた。
公爵家を出た、あの日。
行く宛もない私がたどり着いたのが城下町だった。
たくさんのお店が建ちならんでいるのを見て、片っ端から雇ってくれないかお願いをしていき、ようやく首を縦に振ってくれたのがこのナターナ食堂だったのだ。
最初は夫婦のみで経営していくつもりだったのだが、予想以上にお客さんが来てくれるようになったので、もう一人雇おうか考えていたらしく、ちょうどそんな時に私が来たというわけだ。
名前を聞かれた際、アリスと言おうとして辞めた。
私はもう公爵家を出たし、何よりも国王陛下がもし私を捜索するなんて言い出したらみつかってしまうかもしれない。
そこで、元居た世界での名前、「雪奈」とナターナ夫妻に告げ、髪の色も例の毒薬を頭にかけ、黒色とは程遠いオレンジ色へ変えた。
こうして食堂で働いていると、自然と元居た世界での事を思い出す。
ほんの半年前は、短い間だったが貴族として過ごしていた。
嫌な思いもする事はあったが、生活自体は優雅で、贅沢で、働く必要が無かった。
それはそれで楽だったのだが、どこか落ち着かなかった。
でも、こうして再び働く生活に戻り、この世界の社畜みたいなものになったわけだが、やっぱり自分にはこの生活の方が合っている気がした。
それに、社畜といっても、この食堂は週に定休日が3日はあるので社畜時代に比べたら楽だ。
残業もないし、おまけに賄いも出るので助かる。
厨房に入り、野菜を細かくみじん切りにしていると、横で一緒に料理をしているナターナ夫人が私の方を振り向いた。
「そういえばね、ユキナ。明日はちょっとお願いしたいことがあるのよ。」
「・・・?なんでしょう?」
ナターナ夫人は出来上がった料理を私に渡してから片目をつぶって見せた。
「あなたにとっても悪い話じゃないと思うわ。
この料理をあのお客さんのところへ持って行ったら、今日はもう上がっていいから、隅の席で少し待ってて。」
それを聞き、一体何なのか見当もつかない私は夫人の言う通り、とりあえず食事をお客さんの元へ運んでいくことにした。
そしてその後、ナターナ夫人が指示した隅っこの席に腰を掛け待っていると、賄いを持ってきたナターナ夫人が向かい側の椅子に腰を下ろした。
「今日の賄いは、魚介の入ったシチューよ。」
「ありがとうございます!おいしそうですね。」
夫人にお礼を言い、スプーンでシチューをすくって口に運ぶ。
その途端、コクのある魚介の旨味がたっぷりな美味しいシチューの味が口いっぱいに広がり頬が緩んだ。
「お願いというのはね、」
ナターナ夫人も同様にシチューを食べながら、私に先ほどの話を再び話し始めた。
「明日、本当は定休日なのだけど、城に仕えている騎士の何人かがここで食事をとりたいって言っているのよ。」
その言葉に、思わずスプーンを落としそうになった。
「し、城の騎士・・ですか?」
「そうよ。」
ナターナ夫人はそんな私にお構いなく話を続けた。
「断ろうと思ったんだけどどうしてもってお願いされてね?
だから、明日、本当はお休みだけど一緒に働いてもらいたいのよ。それに・・・」
ナターナ夫人はそこで一旦言葉を切り、輝くような目で私を見つめた。
「お願いしてきた騎士、すっごくイケメンだったのよ!!
ユキナ、まだ結婚相手が決まっていないんでしょう?お城の騎士なんて、結婚相手にはぴったりだわ!
貴女美人だし、騎士もきっと惚れるはずよ!」
楽しそうなナターナ夫人を前に、到底そのお願いを断ることなど出来なかった。
大丈夫だろうか。
城の騎士(イケメン)なんて、まさか、ウィルじゃないよね・・・?
もしアリスを知る者だったとしても、髪色が違うし上手く誤魔化せるだろうか。
不安な気持ちを抱えつつ、賄いを食べ終わった後家に帰った。
今の私の家は、ナターナ食堂から少し離れた場所にある、平屋の小さな家だ。
住む家が無く困っていた私に、ナターナ夫人が貸してくれた家だった。
元々はナターナ夫人の父親がここで暮らしていたのだが随分前に亡くなり、それからずっと空き家で持て余していたのだとか。
家の近くには小川が流れていて、静かで穏やかに過ごせそうな場所だった。
ただし、この辺りにはこの小さな家以外に民家は無いので夜はかなり真っ暗になるが。
家で一目散にベットに寝っ転がった。
干し草を集めて作ったベットから草の匂いが漂ってくる。
明日、何事もなく終わりますように。
そう思いながら、日も沈まないうちに、目を閉じてしまった。
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