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第8話「お姫様は秘密を抱えている」

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リゲルスに手を引かれるまま、私たちは本邸の庭園を歩いていた。

庭園で迷っていた私だったが、リゲルスは慣れているようでたった数分で庭園を抜け、屋敷の門の前にたどり着いた。


門の前には馬車が待機していて、リゲルスはその馬車を見ていった。

「あちらの馬車で私の屋敷まで行きましょう。」


リゲルスに促された私は、馬車に乗り込もうとしてふと思った。

あ・・・。私は女だけど、男らしく振る舞うために、ここはレディーファーストでリゲルスをエスコートした方が良いかも。

そう考えた私は、率先して馬車の扉を開いてリゲルスに手を差し伸べた。




「リゲルス様、どうぞ。お先にお乗りください。」


それを見たリゲルスは、一瞬きょとんとしていたが、すぐに笑顔に変わった。


「ありがとう。そうしているとまるで本当に王子様みたいですね。」


私が、王子様かあ。

昔、シンデレラや白雪姫に憧れたことはあったけど、王子様になりたいとはさすがに思ったことは無い。

だけど、リゲルスにそう言われて悪い気はしなかった。


「じゃあ、リゲルス様はお姫様ですね。」


私がそう言うと、何故かリゲルスは顔をしかめてしまった。


「まあ、こんな格好じゃそう見えてしまいますよね。」

リゲルスのあまり嬉しそうじゃない反応を見て、少し戸惑ってしまう。

気に障ること言っちゃったかな?


疑問を抱きつつも、リゲルスの後に続いて私も馬車に乗り込んだ。


道中、リゲルスはずっと黙ったままだった。

不機嫌というよりは、何かを考えこんでいる様子だった。


とはいえ、会ったばかりの関係なのに二人きりで沈黙というのは気まずい。

何か・・・・何か話題を・・・・。


しかし思い浮かぶのはどれも前にいた世界での話題だった。

どうしよう・・・こうなったら、何でも良いから話すのよ!


そういえば、アカデミーを卒業したって言ってたっけ?


先ほどのヘリオスとリゲルスの会話が頭をよぎった。


「あの・・・アカデミーの卒業おめでとうございます。」



無難に卒業の祝いの言葉を口に出した。


私の言葉を聞いて、それまで黙り込んでいたリゲルスはハッとした顔で私の方を見た。


「・・・ありがとうございます。」


そう言ってにっこり笑うリゲルスの笑顔は天使のように美しい。


「すみません、私としたことが・・・。

目の前にアレシア様がいるのに、すっかり他事に気を取られていました。」


「いいえ!お気になさらず。私も口下手なので・・・!」


私の言葉を聞いたリゲルスが、優しくほほ笑んだ。


「じゃあ、口下手な王子様に代わって、私が会話をリードしなくては。」


リゲルスはその言葉通り、そこからは私が楽しめるような会話をしてくれた。


兄のヘリオスの話や、アカデミーの話。


感心しながら聞いていると、いつの間にかリゲルスの屋敷に着いたようで馬車が止まった。


えっと、先に降りてリゲルスをエスコートしなきゃ!

しかしそう思った私を差し置いて、リゲルスは一足先に馬車から降りて私に手を差し伸べた。


「お手をどうぞ、アレシア様。」


そう言って佇むリゲルスは、一瞬だけドレス姿にもかかわらず王子様に見えた。

リゲルスにエスコートされながら馬車を降り、ようやく外の景色に目を向ける。

「・・・わあ!」


リゲルスが暮らしている屋敷は、ヘリオスがいた屋敷に比べると見劣りするが、単体で見たらこちらもやはり立派な屋敷だった。

庭園はあまり広くはないが、正直このくらいの庭園の方が住むには合理的だ。

あまり広すぎると屋敷に辿り着くまでに時間もかかるし。


それにしても、兄弟それぞれに屋敷があるなんて、公爵家の財力は計り知れないな。


「リゲルス様は、どうしてヘリオス卿とは一緒に暮らしていないのですか?」


リゲルスに案内されるまま屋敷に入り本邸と同じように広い廊下を見た時、ふと抱いた疑問が口をついて出た。

だけど、不思議だった。いくらお金持ちとは言え、家族が一緒に暮らさないなんて。
あんなに広いんだから、生活する部屋が無いわけないだろうし。

そういえば、ヘリオスの屋敷にいた時は彼の両親にも会わなかった。

小説では、父親である公爵が後継ぎ候補の条件を提示する時に登場しただけで、アレシア同様それ以来一切登場しないから気にもしていなかったが。


「兄上とは一緒に暮らせないんです。私のちょっとしたトラウマが原因で。」


リゲルスの言葉に首を傾げる。

トラウマ・・・・。そういえば、ヘリオスの弟にもトラウマがあるって書いてあったような。

確か、寝ぼけたヘリオスに襲われそうになって、それ以来逃げ出すようにアカデミーの寮に入ったって小説で読んだけど。

もしかして、妹にも同じような事しちゃったとか・・・?


考え込んでいる私を見て、リゲルスが笑った。


「そんなに深刻なトラウマではないので大丈夫ですよ。兄が苦手なので両親がこの別荘を用意してくれたんです。」


「じゃあもしかして、この別荘に貴方達の義母様と義父様が住んでいらっしゃるのですか?」

もしそうなら、アレシアはともかく、私自身はお初にお目にかかる義両親になる。


そう考えると少し緊張してきたが、リゲルスは私の問いに首を振った。


「いいえ、二人は屋敷を兄上に任せた後、外国へ旅立ちました。老後はゆっくり世界を旅行して暮らすのだそうです。」


なんだその羨ましすぎる老後は・・・。

きっとお金なら、湯水のように使っても使いきれない額があるのだろう。


リゲルスが、廊下の端にある部屋の前で立ちどまり、私の顔を見た。


「端っこで申し訳ないのですが、ベッドが用意されている客室はここしか無いので、今日からここを使ってください。

アレシア様専属の侍女も何人かあとで向かわせましょう。」


そう言って扉を開けた先は、前に住んでいた場所より断然広い部屋だった。


「い、いいのですか?私は・・・・」

ヘリオスと結婚したとは言え、お飾りの妻なのに、と言いそうになって慌てて口をつぐんだ。

いけない、散々ヘリオスからそう言い聞かされてきたせいで、まるで洗脳されたかのようにその言葉が浮かんでしまった。

「ええ、もちろんです。アレシア様は私の大事な王子様ですから。」


再びそう言われて少し照れ臭くなる。

心が男と言った手前、ここは嬉しそうにするべきなのかもしれないけど。


「服も後で持ってこさせますね。男性用の服で大丈夫ですよね?」


「ええ、だけど、無理に用意しなくても・・・。」


この屋敷の主人は女性であるリゲルスなのだから、貴族男性が着る服なんて無いんじゃ・・・。

そう思い遠慮がちに言った私の言葉をリゲルスが笑顔で否定した。


「いいえ。たくさんあるので遠慮せず着てください。」


たくさんある・・・?

その言葉に少し引っ掛かりながらも、甘んじて受け入れることにした。


「後でまた、晩餐の時にお会いしましょう。」


リゲルスがそう言って部屋を出た後、私はベッドに腰を下ろして窓の外を眺めた。

ヘリオスの屋敷を脱走しようとした時は早朝だったのに、あれからすっかり時間が経ち、もうじき日が沈みそうになっている。


「・・・今日の夜ご飯は何かなあ。」


ヘリオスの屋敷で暮らしていた時は、明らかに質素なご飯が出されていたので、今日の夜ご飯には少しだけ胸が期待で膨らむ。

まあ、あの屋敷でのご飯がパンと干し肉だけだったのは私だけで、どうせヘリオスとリチャードは肉汁滴るようないい肉を食べていたのだろうが。

兄妹とは言え、リゲルスはヘリオスと違って私を軽んじるような扱いをしない。

だからご飯だって、ようやく貴族らしい物が食べられるかも知れない。


・・・リゲルスとは、良いお友達になれるといいな。

そんな事を考えながら、窓の外の日が沈むのを待っていた。



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