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第三章:少年期 学園編

第34話「アンナと温泉」

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 そしてタオルを纏ったまま待機しているアンナに、俺はこう声をかけた。


「そ、そのままじゃあ風邪ひいちゃうぞ」
「でも私がクラウス様と一緒にお風呂に入るわけにはいきませんし」
「そうは言うが、俺だってアンナに風邪をひかれたら困る」


 俺の言葉にアンナは恐る恐るといった感じで近づいてくると、そのまま湯船につかろうとした。
 流石に元日本人として、タオルを纏ったまま湯船につかることを許すわけにはいかない。
 そしたらもちろん彼女は裸になってしまうが、マナーと羞恥を天秤にかけて俺はマナーのほうを優先した。


「な、なあ、アンナ。湯船につかるときはタオルは厳禁なんだ」
「……っ! わ、私に裸になれと言うのですか?」
「でも仕方がないだろ。そもそもアンナが風呂場に入ってくるのが悪い」
「そ、そうですけど……。仕方がありません、覚悟します」


 彼女は耳まで真っ赤にして俯きながら、タオルをはらりと解いて落とした。
 必死になって俺は視線を逸らすが、悲しいかな男として無意識に視線がそちらに向いてしまう。


 とても綺麗な肌をしていた。
 最近はしっかり食べているおかげで肉付きが良くなっていて、前のような瘦せ細った感じはない。
 そして俺の視線は無意識にその胸元に移動していって――。


 彼女は慌てたようにタオルを拾うと再び纏い、か細い震えた声でこう言ってクルリと反転した。


「す、すいません……。流石に恥ずかしすぎます。私が悪かったです、帰ります」


 そしてそそくさと彼女は風呂場から出ていった。
 俺はそんな彼女のいなくなった場所を見ながら、思わずぼんやりとしてしまう。


 まあこの世界にはお風呂という文化は存在はするものの、本当に稀にしか見られない。
 ので、公爵家の屋敷にいたときも一人用のシャワーしかなく、こういった経験は初めてだった。
 もちろんアンナも俺の体を洗ったことはないので、あのような反応をしてしまったのだろう。


 しかしメイドとしてお風呂では主人の体を洗うという知識だけは持っていたらしく、結局こんな結末になってしまった。


「ああ……しかし、アンナが健康的な体になっていて良かった」


 これは変態的な意味合いではなく、純粋にちゃんとご飯を食べて健康になってくれたということに対する安心である。
 俺が転生してきたころは、本当に瘦せ細っていて、あの綺麗な金髪もくすんでいた。


 そのおかげで彼女はとても美人になったのだが、やはり美人が目の前で裸になるのは心臓に悪い。
 まあいつかは婚約者であるロッテとそういう関係になるだろうが、全く想像がつかなかった。


「ロッテも美人だしなぁ……。これは贅沢な悩みってやつなのだろうか?」


 ポツリとそんなことを呟いてしまう。
 といっても、俺は本当に悩んでいるのだ。


 一つため息をこぼし、俺は湯船から立ち上がると、体を洗って風呂場を出た。
 結局、ちゃんとお風呂を楽しめたのは最初だけだったな。
 明日はもっとしっかりとお風呂を楽しもうと心に決めて、寝室に戻るのだった。



   ***



 次の日、俺は屋敷の食堂で朝食を食べていると、王城から送られてきたメイドたちからの視線を感じていた。
 それはとてもさりげないものだったが、空気読みで有名な元日本人の俺はそれに感づいてしまう。
 しばらくその視線は付きまとってきたので、俺は仕方がなく副メイド長のエミーリアに訊ねてみた。


「なあ、さっきから視線を感じるんだけど、俺何かしたか?」
「……申し訳ございません。メイドたちには後でしっかりと言い聞かせておきます」
「いや、視線はいいんだけど、どうしてかなって思ってさ」
「それは……昨日の晩のことでございます。彼女たちはおそらく、アンナがお風呂場に行った後の出来事が気になるのでしょう」


 そう言われ俺はなるほどと納得する。
 俺は何でもないような普通の声で、少し飄々とした感じで言う。


「特に何もなかったよ。アンナはすぐに追い返したし」
「そうみたいですね。……もし差支えがなければ、アンナは落ち込んでいる様子なので、励ましてあげてくれませんか?」
「何で落ち込んでるんだ?」
「専属メイドとして失格だとか、クラウス様に嫌われてしまったのではないかとかを気にしておられました」


 そんなことないのになぁと思うが、彼女からしたらそう思うのも当然かもしれない。
 見方を変えれば、俺が意地悪をして彼女を無理やり追い返したようにも見えるしな。
 だが俺は元日本人としてのマナーを忠実に守っただけなんだよな。


「分かった。学校に行く前にアンナと少し話してみるよ」
「ありがとうございます。彼女はメイドたちの中でもみんなと仲良くしてくれています。なのでいつもの彼女に戻ってほしいのです」


 どうやらアンナはしっかりメイドたちとも上手くやっているようだった。
 そのことに安心しながら、俺はアンナがいるらしいメイド長の部屋を訪れるのだった。


 コンコンとその部屋の扉を叩くと、中からアンナの声が聞こえてきた。


「はい、どうぞ」
「失礼するよ」


 俺がそう言って中に入ると、彼女は油断した表情でベッドに寝転がっていた。
 おそらく彼女のシフトの時間ではなく、寝間着を着ていることからも休みの時間だったのだろう。
 彼女は緩慢な動きで扉のほうを向いて、徐々にその顔から表情を消していった。


「く、クラウス様……。す、すいませんっ! すぐに準備しますので外で待っててくれませんか!?」


 すぐにバッと飛び上がると、彼女は慌てたようにそう言った。
 でも今回は俺が押し掛けた形だし、安心させるように口を開く。


「ああ、このままでも大丈夫だよ。いきなり押し掛けた俺が悪いんだしね」
「うぅ……すいません」
「謝る必要なんてないさ。それよりも、アンナは俺に嫌われたって思ってるんだって?」


 早速本題を切り出した俺に、彼女は落ち込んだように俯いて言った。


「あ、う……はい。昨日、あんなことをしてしまって、嫌われちゃったかなと思いまして」
「そんなことないから安心しなよ。俺がアンナを嫌いになることなんてないさ」


 そう言うと彼女はゆっくりと顔を上げてこちらを見てきた。
 そこには伺うような表情が浮かんでいる。


「本当ですか……?」
「ああ、もちろん」


 その問いに俺はしっかりと頷いて答えた。
 すると彼女はホッとした表情で胸をなでおろすと言った。


「良かったです。本当に私、クラウス様に嫌われちゃったのかと思いました」


 そして彼女はようやく冷静になって状況を思い出したのだろう。
 昨日と同じく耳まで真っ赤に染め、俯くとか細い声を出す。


「あ……すいません。こんな寝間着姿で」
「でも前に寝間着姿は見たことあるけど」


 俺が昔のことを思い出しながらそう言うと、彼女はそっと視線をそらしながら小声で言った。


「前と……今では意味合いが違ってくるのです」
「意味合い?」


 そう俺は首を傾げたが、彼女はそのことについて説明する気はないのか黙ってしまった。


「まあいいや。じゃあこれからも俺の専属メイドとして、よろしくね。アンナ」
「は、はいっ! こちらこそよろしくお願いしますっ!」


 こうして俺はアンナの誤解を解くと、学校に行く準備を始めるのだった。
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