そして全てが奪われた

ニノ

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IF……もしも忍が逃げ出したら②

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 家族が大事なら戻るべきだ。自分が犠牲になるだけで、あの優しい人達が安寧に暮らせるなら、安いものだ………。

 そう思うに、自分の意思に反して動いてくれない足に途方に暮れる。
 疲れて動けないなんて言い訳にもならない。
 僕はただ、宏海君がただ只管に怖くて動け出せないでいるのだ。
 またあの飼い殺しのような生活に戻るのかと思うと、足が竦む。
 宏海君の機嫌を損なわないように注意を払い、四六時中監視の目を気にする生活に、自らもう一度飛び込む勇気は僕にはどうしても持てなかった。

 だからといって家族を見捨てられる程非情にもなれない。
 結局僕は疲れた身体をただ壁に預けて、向こうから僕を見つけてくれるのを待つことにした。

 








 どれだけそうしていたのか分からない。

 冷えた身体を縮こめて、ただジッと時間が経過していくのを待っていた。

 スマホも時計も持っていないせいで正確な時間は分からなかったけれど、繁華街の喧騒は段々と静まり、多くの飲み屋が店じまいをする様子が伺えた。

 僕が逃げ出したのは、まだこの界隈が繁盛し始める時間だったのに、気付けばかなりの時間が経過したらしい。
 もっと早くに見つけられるかと思ったのに、意外と見つからないものだと苦笑する。
 素人の逃走等、彼等の手にかかればすぐに連れ戻されると思っていたのに、どこにでもいそうな見た目が功を奏したのか一向に見つかる気配はない。
 
 それでも人通りが少なくなり、そろそろ見つかるのも時間の問題だと腹を括ると、ガチャリという金属音と共に、目の前に赤い扉が現れた。

 「なんだ、お前。酔っぱらいか?」

 低いが良く通る声に顔を上げると、僕が身体を預けていた壁の横の扉を開き、こちらを睨むようにして立っているバーテンダー風の男が見えた。
 
 初めて気が付いたが、ここはバーの勝手口で、僕が勝手に椅子代わりに座り込んでいたのはそのバーのビールケースだったようだ。

 「す、すいませんッ、勝手に座って………。」

 迷惑そうに睨む男に慌てて立ち上がった。

 だけど長時間同じ姿勢で座り込んでいたことと、未だに恐怖に震える足が災いして、足を縺れさせてその場に転倒してしまう。

 
 「………ちッ、アル中かよ」

 吐き捨てられた呆れた声にビクりと身体を震わせると、男は乱暴な声とは裏腹に僕に手を差し伸べてくれた。

 得体のしれない不審者だというのに随分と親切にしてくれるのだなと目を瞠り、吊られたように手を伸ばす。 
 ひっぱり起こされるままに体勢を起こし服を整えていると、男は何かに気付いたような顔をした。

「お前まだ若いな。学生か?こんなところで何してるんだ。」

「いえ、あの………、すいません。少し休んでいて………。」

 僕が答えると、男は煙草を片手に、観察するように僕を無遠慮に見てきた。

「……随分といい服を着ているが、お坊ちゃんが彷徨くような場所じゃないぞ。」

 僕の身なりからそう判断したのだろう。
鴨にされるだけだから早く帰れと促される。

 確かに僕が今、身に着けている服は、宏海君に与えられたハイブランドのものばかりだ。
 顔をジャケットで隠していることが少々怪しいが、服装だけ見たのであれば、確かにどこかのお金持ちの学生に見えなくもないだろう。
 
 実際の僕はただの愛玩動物に過ぎず、飼い主の元を逃げ出して、どこにも行けずに彷徨いているだけの、何ももたないただの野良である。
 たが、それを眼の前の男に説明するわけにも行かずに黙り込んだ。

 「何だ?」

 
 訝しむように男が顔を覗き込んでくる。

 それを避けるように一歩下がろうとすると、その前に男の動きがピタリと止まった。

 「?」
 
 不思議に思い、首を傾げて今度はこちらが男を観察する。
 
 男は僕の顔を驚いた表情で見つめていた。

 若干の鋭さを見せるアーモンドアイは見開かれており、右手に挟まれた煙草からは、灰がボトリと落ちるが、それを気にする様子もなくこちらを凝視し続ける。

 こうして見ると、男の容貌は酷く整っていた。

 20代後半か30代半ばといった年齢だろうか、若々しくは見えるが、どこか年齢にそぐわない老成した落ち着きを感じて、それが男の本来の年を隠していた。

 煙草休憩中の為の防寒対策の為か、羽織っているコートは仕立ての良いものだ。バーテンダーかと思ったが実はオーナーの様な立ち位置にいるのかもしれない。

 髪を無造作にオールバックにしている見た目は男らしく、成長してもどこか中性的な容貌を残す宏海君とは違う魅力を持っていた。

 男が憧れる男というのはきっと、こういう人だろうと暫く見惚れていると、路地の向こうが、不意に騒がしくなってくる。

 誰かを探す声だ………。

 いよいよ見付かってしまうのかと、覚悟を決めようとした時、聞き慣れた恐ろしい声が聞こえてきた。

 

「まだ見つからないの…………。このまま忍が見つからなかったらどうなるか、お前等分かっている?」

 
 穏やかだが、底冷えするような声が耳を震わせた。

 心臓がドクリと嫌な音を立てる。

 彼が、宏海君が近くにいる…………。
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みんなの感想(5件)

あましょく
2022.12.02 あましょく

魔性の美少年(後に激ヤバ美形攻め)に人生を狂わせられる男の子がヘキヘキなので、大切なものを奪われ最終的に自らも奪われるの凄くツボでした。
再会の時に手の甲にキスするのも、受けがそれを嫌がってるのも良い……
嫌なのにご機嫌伺いして表面上は相思相愛のカップルなのも、受けが攻めの地雷を踏んで手酷く扱われるのも大好き……ぐへへ(^p^ )
攻めが絶対有利ではあるけど攻めが受けを失うことを恐れているのが分かったり、受けがストックホルムめいた堕ち方をしたけど、やっと心から受けを手に入れたと安堵してる様な、受けが弱点でもある攻めも良すぎて困る。いや困らないもっとやるべし。

過去に奪ったおもちゃの行方も気になってたから、受けの代わりであれどちゃんと大事にしてたのも好印象。
攻めの本音はどうあれ、これからは二人の宝物として受けが大事にしそうで良き。

ifで二人がどうなるのか楽しみ。
新たな男に救われるのか、それとも攻めに今度こそ何もかも壊されてしまうのか・・・
+(0゚・ω・) + wktk!!

二人が初めて体を重ねた時も気になりますね!
性急に体を暴いたのか、それなりに段階を踏んだのか・・・ぐへへ~!!!!(^p^三^p^)

ニノ
2022.12.02 ニノ

 ご感想ありがとうございます!!
忍と宏海のちょっと普通ではない馴れ初めを楽しんでいただけたみたいで良かったです!
一応は完結するつもりだったのですが、宏海視点とか二人のこれからとか書いてみたくなったのでちょこちょこ更新していきたいと思います(⁠*⁠´⁠ω⁠`⁠*⁠)
今回のifストーリーは、こういうヤンデレな攻めから受けが逃げるのが好きなので書いてみました★果たして逃げ切れるのか!!また捕まってしまうのか!!
乞うご期待ください(⁠ ⁠;⁠∀⁠;⁠)

解除
梅酒
2022.08.14 梅酒

コメント失礼します!
監禁からの共依存という、かなりハードなお話でしたが、性癖に刺さり過ぎて何度も読み返してます...。ラブが増えてる話も最高でした、、(〃ω〃) 忍くんが本気で甘えてるところをもっと見たいっっ!と思っております(是非お恵みを..)。何よりこんな素敵な作品をありがとうございましたm(_ _)m

ニノ
2022.09.03 ニノ

ご感想ありがとうございます!!
万人受けするお話ではないだろうなぁとは思っていたのですが、意外と面白いと言ってくださる方が多くて驚いております。
監禁、ヤンデレ、逃げたい受け……的なお話が大好きなので、今後も新しくこのようなお話を書いていこうと思っているのでそちらもどうぞよろしくお願い致します!!

解除
なお
2022.06.29 なお

初めまして…!!!!
感想失礼致します!
ド好みド性癖のお話しで軽く10回は読みました…また明日も1から読もうと思っています…!!!!!!!!(ス〇ーカー???!)

ほんとに…あの、すごく好きです…好きですしか出てこなくて…最後がもう…もう好きで好きで…(好きしか言ってなくてすみませんでも好きなんです…)
しのぶくんすごく可哀想で可哀想で、でもひろみくんに執着され、最後には依存…というか洗脳に近い感じで、離れられなくなるのがもう、うわあああああああ好きいいいぃぃイイ!!!!ってなってます。しのぶくんひろみくんに沢山愛されてね!!!(歪んだ愛は大好物です)
こういうお話最高に好きで…ニノ様には感謝しております…毎日読みます…本当に神小説を執筆してくださってありがとうございます大好きです!!!

また、他作品も読ませて頂いてます!
(かすみ君愛されますように!!)
長々と感想失礼致しました!

ニノ
2022.06.29 ニノ

ご感想ありがとうございます!
うわぁ(*ノ・ω・)ノ♫そんなに好きと言って頂けて本当に嬉しいです!
是非何度も何度も見てください。ちょっと更新止まっていますが、また書き溜めて更新するつもりなので続きも読んでいただけると尚嬉しいです(*´ω`*)

解除

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