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欲しい物を欲しいと口にする。ただそれだけで何でも手に入れることができた。
妖精や天使の様だと例えられる母の容姿に似たことがそれを可能にしたのかもしれない。
もしくは人の心を掌握する手管に長けていた父の性質を引き継いだせいかもしれない。
理由なんてどうだっていいけど、とにかく僕はもの心が付いた時には自分の見た目が他の皆より優れていることは知っていたし、大抵のことは自分の思いどおりになることを理解していた。
全てが思い通りになるのは楽しいし、沢山の高価な玩具を手に入れるのも、沢山の人達の目を自分に向けるのも、自分が選ばれた人間だと優越感に浸ることができて最高の気分にさせてくれる。
だけどそんなことで楽しめるのは最初だけ。欲しいものはいつだって手に入る。だけど簡単に手に入ったものはひどくくだらないものに思え、それに強い執着を覚えることはなかった。
僕は次第に何でも容易に手に入れられることにも、人の好意を受け取ることにも飽き飽きして、何かを欲しがることは無くなっていった。
高価な玩具で遊ぶのもつまらない、僕に好かれようと頑張る回りの人達はもっとつまらない……。
そんなつまらないだらけの毎日を送っていた時に、新しい出会いがあった。
両親の都合で引っ越した新しい家、建築家である両親が選んだ家は、他人が見れば素晴らしいと持て囃すような家で、見た目も住み心地も良いものだろうけど、僕には何の興味もなかった。
自分の部屋を見ておいでと言う両親に、楽しみだと偽りの笑顔を貼り付けて見せる。
本心では新しい部屋なんてどうでも良いと思いながら2階にある子供部屋に行くと、如何にも子供の好きそうな配色に誂えられた部屋があった。
「別に前の部屋とそんなに変わらないじゃん…。」
新しい部屋も思った通りつまらない。対して期待もしてなかったけど、少しだけ落胆した。
どうせこの部屋みたいに、ここでの新しい暮らしもつまらないし、新しい幼稚園だってつまらないに違いない。
そう落胆しながらベッドに寝そべると、不意に窓の外から笑い声が聞こえた。
ケラケラと柔らかく響くその楽しそうな声になんとなく興味が惹かれて、窓から下を見下ろすと、丁度真下にお隣のうちの庭が見えた。
縁側に面した小さなスペースにレンガで申し訳程度に仕切られた小さな家庭菜園。
トマトを植えているみたいで、それを僕と同じ年くらいの男の子が収穫している。
男の子はハサミを片手に少し不格好に育ったトマトをもぎ取り、両親に得意げに見せた。
「上手に採れた?」
輝くような笑顔で笑う男の子に彼の父親はバッチリだと笑い、母親はそんな微笑ましい光景を写真に治めていた。
それはとても幸せそうな空間で、なんだかキラキラと輝いて見える。
特に気になったのはあの男の子の表情、凄く楽しそうだ。僕がこんなにつまらない毎日を送っているのにあの子だけ楽しいなんて……。
如何にもアウトドアを好みそうな快活な父親に、家族を思いやる優しそうな母親………。あの子があんなにキラキラした顔で見つめられる彼らはきっとあの両親が素晴らしいからに違いない。
あんなパパとママなら僕の毎日もあの子みたいに楽しい気持ちなるんだろか?こんな退屈な日々から開放されるんだろうか?
羨む声は知らず知らずの内に口から溢れる。
「いいなぁ、ぼくもそれが欲しい……。」
口に出すともっと欲しいという気持ちが強くなった。
あの二人が居ればきっと楽しい、それにあの二人も僕が子供になった方が幸せになれるんじゃないかな。
そんな想いが胸から溢れてくる。
「決めた、あのパパとママは僕が貰おう。」
あの子には悪いけどきっとそれで僕達は幸せになれる。
機会は直ぐに訪れた。
「お隣にね、宏海と同じくらいの年の子がいるの、一緒に御挨拶に行きましょうね。」
お友達になれたら良いわねと話す母親に連れられて挨拶に行くと、そこにはこの間と同じように仲よさげに家庭菜園に勤しむ家族がいた。
男の子は何かの芽にじょうろで水をあげていた手を止めて、しゃがんだ姿勢そのままにこちらを見上げてくる。顔を上げた瞬間に、額から伝う汗が喉元まで落ちていくのがやけに目についた。
「あらあら、ご挨拶に来てくださったのにこんな格好でごめんなさい。」
人の良さそうな母親が朗らかに挨拶をしながら男の子の汗を拭った。その間に父親が男の子を立たせ、洋服に付いた土を払う。
男の子はされるがままに身だしなみを整えられていて、全幅の信頼を両親に向けていることが伺える。
お互いを思いやる理想的な家族、でもそれは僕が母親のスカートから顔を覗かして挨拶をした瞬間に簡単に崩れ去った。
「まぁ、なんて可愛いのかしら……。それにこの笑顔、うちの忍もこうだったら良かったのに。」
「ああ、なんて理想的な子なんだろう……、こんな子が欲しかったな。」
さっきまで男の子に向けられていた感情がこちらに動くのが手に取るようにわかった。
大切にしていた息子の前でのあんまりな発言に、失敗したかもしれないと思った。
素晴らしい両親だと思ったのに、こんなに簡単にあの子のことを忘れてこちらに興味が向くなんて、他の奴らと全く同じじゃないか。
とたんにこの家族への思いが冷める。忍と呼ばれた男の子は傷付いた顔をしている。ああ、やっちゃったな。
この子には恨まれるかもしれないな。
そう思い男の子を見つめていると、視線に気付いた彼がこちらを見た。
睨みつけて恨み言の一つでも言われるかと思ったが、彼は気まずそうに曖昧に微笑み「仲良くしてね」と小さな声で話すだけ。
衝撃だった。
一身に受けていた愛情を突然取り上げられて、あんな無神経な言葉を吐かれて、それでも僕を気遣うことが出来る子供がいるということが信じられなかった。
彼の両親を見る。二人は相変わらず僕に夢中で息子のことなんて気にしてない。だけどこんなに優しい子の両親ならやっぱり素晴らしい人物なのかもしれない。
僕は考えを改めて、このお隣一家に入り込むゲームを楽しむことに決めた。
妖精や天使の様だと例えられる母の容姿に似たことがそれを可能にしたのかもしれない。
もしくは人の心を掌握する手管に長けていた父の性質を引き継いだせいかもしれない。
理由なんてどうだっていいけど、とにかく僕はもの心が付いた時には自分の見た目が他の皆より優れていることは知っていたし、大抵のことは自分の思いどおりになることを理解していた。
全てが思い通りになるのは楽しいし、沢山の高価な玩具を手に入れるのも、沢山の人達の目を自分に向けるのも、自分が選ばれた人間だと優越感に浸ることができて最高の気分にさせてくれる。
だけどそんなことで楽しめるのは最初だけ。欲しいものはいつだって手に入る。だけど簡単に手に入ったものはひどくくだらないものに思え、それに強い執着を覚えることはなかった。
僕は次第に何でも容易に手に入れられることにも、人の好意を受け取ることにも飽き飽きして、何かを欲しがることは無くなっていった。
高価な玩具で遊ぶのもつまらない、僕に好かれようと頑張る回りの人達はもっとつまらない……。
そんなつまらないだらけの毎日を送っていた時に、新しい出会いがあった。
両親の都合で引っ越した新しい家、建築家である両親が選んだ家は、他人が見れば素晴らしいと持て囃すような家で、見た目も住み心地も良いものだろうけど、僕には何の興味もなかった。
自分の部屋を見ておいでと言う両親に、楽しみだと偽りの笑顔を貼り付けて見せる。
本心では新しい部屋なんてどうでも良いと思いながら2階にある子供部屋に行くと、如何にも子供の好きそうな配色に誂えられた部屋があった。
「別に前の部屋とそんなに変わらないじゃん…。」
新しい部屋も思った通りつまらない。対して期待もしてなかったけど、少しだけ落胆した。
どうせこの部屋みたいに、ここでの新しい暮らしもつまらないし、新しい幼稚園だってつまらないに違いない。
そう落胆しながらベッドに寝そべると、不意に窓の外から笑い声が聞こえた。
ケラケラと柔らかく響くその楽しそうな声になんとなく興味が惹かれて、窓から下を見下ろすと、丁度真下にお隣のうちの庭が見えた。
縁側に面した小さなスペースにレンガで申し訳程度に仕切られた小さな家庭菜園。
トマトを植えているみたいで、それを僕と同じ年くらいの男の子が収穫している。
男の子はハサミを片手に少し不格好に育ったトマトをもぎ取り、両親に得意げに見せた。
「上手に採れた?」
輝くような笑顔で笑う男の子に彼の父親はバッチリだと笑い、母親はそんな微笑ましい光景を写真に治めていた。
それはとても幸せそうな空間で、なんだかキラキラと輝いて見える。
特に気になったのはあの男の子の表情、凄く楽しそうだ。僕がこんなにつまらない毎日を送っているのにあの子だけ楽しいなんて……。
如何にもアウトドアを好みそうな快活な父親に、家族を思いやる優しそうな母親………。あの子があんなにキラキラした顔で見つめられる彼らはきっとあの両親が素晴らしいからに違いない。
あんなパパとママなら僕の毎日もあの子みたいに楽しい気持ちなるんだろか?こんな退屈な日々から開放されるんだろうか?
羨む声は知らず知らずの内に口から溢れる。
「いいなぁ、ぼくもそれが欲しい……。」
口に出すともっと欲しいという気持ちが強くなった。
あの二人が居ればきっと楽しい、それにあの二人も僕が子供になった方が幸せになれるんじゃないかな。
そんな想いが胸から溢れてくる。
「決めた、あのパパとママは僕が貰おう。」
あの子には悪いけどきっとそれで僕達は幸せになれる。
機会は直ぐに訪れた。
「お隣にね、宏海と同じくらいの年の子がいるの、一緒に御挨拶に行きましょうね。」
お友達になれたら良いわねと話す母親に連れられて挨拶に行くと、そこにはこの間と同じように仲よさげに家庭菜園に勤しむ家族がいた。
男の子は何かの芽にじょうろで水をあげていた手を止めて、しゃがんだ姿勢そのままにこちらを見上げてくる。顔を上げた瞬間に、額から伝う汗が喉元まで落ちていくのがやけに目についた。
「あらあら、ご挨拶に来てくださったのにこんな格好でごめんなさい。」
人の良さそうな母親が朗らかに挨拶をしながら男の子の汗を拭った。その間に父親が男の子を立たせ、洋服に付いた土を払う。
男の子はされるがままに身だしなみを整えられていて、全幅の信頼を両親に向けていることが伺える。
お互いを思いやる理想的な家族、でもそれは僕が母親のスカートから顔を覗かして挨拶をした瞬間に簡単に崩れ去った。
「まぁ、なんて可愛いのかしら……。それにこの笑顔、うちの忍もこうだったら良かったのに。」
「ああ、なんて理想的な子なんだろう……、こんな子が欲しかったな。」
さっきまで男の子に向けられていた感情がこちらに動くのが手に取るようにわかった。
大切にしていた息子の前でのあんまりな発言に、失敗したかもしれないと思った。
素晴らしい両親だと思ったのに、こんなに簡単にあの子のことを忘れてこちらに興味が向くなんて、他の奴らと全く同じじゃないか。
とたんにこの家族への思いが冷める。忍と呼ばれた男の子は傷付いた顔をしている。ああ、やっちゃったな。
この子には恨まれるかもしれないな。
そう思い男の子を見つめていると、視線に気付いた彼がこちらを見た。
睨みつけて恨み言の一つでも言われるかと思ったが、彼は気まずそうに曖昧に微笑み「仲良くしてね」と小さな声で話すだけ。
衝撃だった。
一身に受けていた愛情を突然取り上げられて、あんな無神経な言葉を吐かれて、それでも僕を気遣うことが出来る子供がいるということが信じられなかった。
彼の両親を見る。二人は相変わらず僕に夢中で息子のことなんて気にしてない。だけどこんなに優しい子の両親ならやっぱり素晴らしい人物なのかもしれない。
僕は考えを改めて、このお隣一家に入り込むゲームを楽しむことに決めた。
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