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一度目の婚約破棄
しおりを挟むこの光景を見るのはもう、何度目だろう。
申し訳なさそうに眉尻を下げる私の婚約者と、その腕にしがみついて涙を流す妹。
何度も何度も同じ光景を見たせいで、もしかしたら自分の人生は無限に繰り返されているのでは?と錯覚を覚える。
だけれど妹の横に並び立つ青年の顔はその都度違うものに変わっていくので、それは間違いだと直ぐに思い知らされた。
初めは12才の時、我が伯爵家よりも高位の公爵家の嫡男との縁談だった。
政略的な婚約ではあったものの、お相手の方は中々に整った顔立ちをしており、性格も穏やかな方であった為、とっても良い縁談なのでは?と正直ほっとしていた。
お相手の方も内心はどう思っているかは分からないが、良好な仲を築いてくれようとしていた様に思える。
恋人とまでは行かないが、仲の良い友人の様な関係に収まり、二人でお互いの家を盛りたてましょうね……。と可愛らしい約束をしてやがてくる未来を心待ちにしていたのだけれど、その未来は唐突に終わりを告げた。
父から話があると言われ、応接室に向かうと、そこには我が婚約者と妹のマデリーンがソファに横並びに座っていた。
対面するように向かいのソファには両親が座っている。
その不思議な席の並びに疑問に思うが、なんとなくその場の重苦しい雰囲気に口を開くことができなかった。
空いている一人がけのソファに仕方なく着席すると、長い沈黙の末に父が気まずそうに口を開いく。
「シャーリーン、君には辛い話になるだろう……。
実はその、君と彼との婚約についてなんだが………、それについて問題が出てきてな………。」
何度も言葉に詰まりながら話す内容をどうにか纏めると、詰まる所、妹と私の婚約者が恋仲になってしまったが為に、婚約の結びを妹と代わって欲しいというのだ。
寝耳に水の内容だ。婚約者との中は良好だと思っていたのに、いつの間に妹とそんな仲になっていたのか?
姉から妹に婚約者変更するだなんて、そんな非常識な話を公爵夫妻は納得しているのか?
呆然と取り留めのない考えを巡らせる私に、婚約者と妹がカバリと頭を下げた。
「君を裏切る形になってしまって済まない。どうか僕達のことを認めて欲しい。」
「お姉様ごめんなさい!私、彼のことを愛してしまったの!!」
思い詰めた様に私に謝罪する二人は心底思い合っているようで、謝罪しながらもお互いの手を絡ませている。
妹を見る公爵令息の目は熱に浮かされたようで、そこに自分には向けられなかった愛情を感じた。
そんな物を見せ付けられてはもう、私はただの邪魔者でしかないのだなと二人の仲を認めざる負えなかった。
幸いにも情はあれども愛情ではなかった。
それに、私でも妹でも、我が伯爵家と公爵家の縁が繋げるのであればどちらでも構わないのでは?という貴族的な考えは私にも根付いており、結局私は快く二人の仲を認めたのだ。
それに実は少しほっとしていた。
高位貴族に引っかかる伯爵家とはいえ、王族に次ぐ高い位である貴族に嫁ぐという重圧は、お相手の方が優良物件というだけでは乗り越えられないプレッシャーを私に与えていたからだ。
その点、愛しあう二人ならそのくらいのことは支え合って乗り越えられるだろう。
「両家が納得しているのなら、私に異存はありません。愛し合う二人を応援いたします。」
婚約者は申し訳そうにしながらも、妹の両手を取り喜色を顔面に滲ませる。
「ありがとうシャーリーン…。こんなことになって本当に申しわけない。」
「気にしないでください。きっと二人はこうなる運命だったのです。それに私達は良い友人ではありませんか、友人と可愛い妹の幸せの為に尽くすのは当然のことですわ。」
少しも傷ついていないと微笑みながら二人を祝福する。
心からの言葉だった。
元……が着いてしまうが婚約者とは思想や家、家族を想う気持ちが似通っていた。
共に貴族社会を生きる戦友と呼ぶべきだろうか、一種の男女の垣根を超えた友情の様なものが芽生えていた。
今更お互いに恋愛感情を抱けるものではなかったのだ。
婚約破棄してサヨナラでは寂しいがこれからはあくまでも友人として、親類として付き合っていけば良い。
私の考えに呼応するように友人も深く頷く。
「シャーリーン、辛い決断をさせてしまったな……。安心してくれ、必ず新たな良縁を見つけてくる。」
「貴方は素敵な子だもの、貴方に相応しい人がきっとまた見つかるわ。」
両親も安堵の顔を浮かべつつ、優しく励ましてくれる。
「お相手の方を見つけるのはゆっくりが良いですわ。私にはまだまだ婚約者も恋愛も早かったみたい。」
敢えて戯けて答えると、両親も元婚約者も笑ってくれた。
良かった……。
誰一人として傷付けることなくこの場を終えることができた。
もちろん私も傷付いてはいない。もしかしてこれが、大団円というものではないかしら?
そう思っていた。
マデリーンが、その可愛らしい顔を不満気に曇らせているなんて気付きもしないで。
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