おまけのカスミ草

ニノ

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  晋に手を引かれてやって来た別棟は、僕が思っていたような所ではなかった。

 大和に散々脅かされてたせいで荒れた雰囲気を想像していたけれど、清潔だし…、さすがは鶫原学園といったところで、校舎自体も本校舎と遜色ないくらいに豪華な作りだ。
 ただそこにいる生徒達は、髪を派手な色に染めていたりピアスをじゃらじゃら着けていて、如何にも不良といった風貌で僕には少し怖く思え、繋いでいる晋の手をきゅっと握りしめてしまう。

 「どうかしたか?」

 僕の異変に気付いた晋が振り返り、尋ねてくる。

 「…ううん、綺麗な校舎だなって。」

 「そうか?あっちとそう変わらねぇだろ。」

 「うん、でも思ったよりもずっと広いね。」

 別棟は実質一年から三年までのEクラスしか使わない、それなのに教室と思われる部屋が沢山あった。

 「沢山教室があるんだね。全部使ってるの?」

 「あぁ、ここは元々旧校舎だったんだ。今の校舎が建てられてからずっと使われてなかったんだけどな、不良と優秀なお坊ちゃんを一緒の部屋で勉強させられねぇってんで何年か前からEクラスはこっちに移動させられたらしいぜ。」

 「……。」

 それは追い出されたという事なんだろうか?なんだかEクラスが切り捨てられたみたいで釈然としない。優秀な者だけを優遇するなんて…。
 なんだか自分と蘭を思い浮かべてしまい、悲しくなってくる。

 「そんな顔すんなよ、誰もカスミに手を出したりしないし、俺がさせねぇから。」

 「そんな心配はしてないよ。晋が危ない所に連れてくるなんて思ってないし。」

 「へぇ、俺の事そんなに信用してくれんの?嬉しいな。」

 優しく肩を引き寄せられて、こめかみに唇を落とされた。

 「っ!?」

 驚いてとっさにキスされたところを手で押さえる。

 「ははっ、相変わらずカスミはスキンシップ慣れしてねぇんだな。鶫原じゃこんなの普通だぜ。」

 「こんなのっ、友達同士で普通しないよ!」

 (ここ廊下なのに!皆見てるのに!?)

 恥ずかしくて顔に熱が集まる。ちらりと回りを見ると皆がギョッとした顔をしていた。

 (普通なんて噓ばっかり、皆みてるじゃないか!)

 ますます恥ずかしくなる。ジワジワと熱が広がり、全身が真っ赤に染まるのがわかった。

 「こら、人前でそんな顔すんな。」

 「痛っ!」

 今度は鼻先を摘ままれて晋の方を向かされた。晋がキスなんかしたせいじゃないか、……と恨みがましく睨み付けてみるが、今度は目尻にキスをされた。

 「もうっ!!」

 両手で晋の胸を押して距離を取るが、そんな僕の抵抗などものともせずに、離れた身体は再び抱き寄せられる。

 「そんなに恥ずかしがんなよ…。」

 せめて下を向いて顔を隠そうとするのに、晋はニヤニヤ笑って僕の顔を掬い上げる。
 恥ずかしさで死にそうだ。まだ皆見ているのに…。

 「晋、お願いだからもう離してっ……。」

 頼むから早くここから連れ出してほしい、その一心で震える声で晋にお願いをすると、回りからゴクリと喉の鳴る音が聞こえた。
 その途端、晋から笑みが消え、回りを鋭い目で脅すように睨み付ける。

 「お前ら、いつまでも見てんじゃねぇぞ。」

 晋が低い声でそう言うと、回りの人達はサッと青ざめて目を反らした。

 (すっ、凄い…。みんな晋のいうことをきいてる…。)

 晋が一年ながらにE組のトップという噂はデマではなかったようだ。
 感心する僕を余所に、晋は僕の腕を掴んで早足で歩きだした。

 「しっ晋?」

 「E組の奴等にカスミの顔見せするつもりだったけど、…予定変更、取り敢えず俺の部屋に行くぞ。」

 「う、うん」

 晋の歩く速度に追い付かず、もつれる足を必死に動かして晋の後を追う。少しも振り返らずに前を歩く様子に段々と不安になってきた。

 (なんか怒ってる?)

 さっきまであんなに楽しそうだったのに…。僕が何かしてしまったのだろうか?
 何だか泣きそうになるが、泣いたりしたら余計に嫌われてしまうかもしれない…。
 そう思って懸命に涙を堪えながら歩くと、晋はある部屋の前で足を止めた。どうやら晋の部屋に着いたらしい。

 晋は鍵を開けると僕に入るように促した。

 「…お邪魔します…。」

 晋の部屋は黒を基調とした家具で纏められており、晋に似合うワイルドな雰囲気だった。

 手を引かれたままリビングまで通され、そこで初めて晋は振り返り、僕の方を見てくれた。

 「………何で泣きそうになってんの?」

 「………なってないよ。」

 ちょっと冷たくされたくらいで、泣き出すなんて恥ずかしい。
 咄嗟に嘘をついたが、晋には恐らくバレバレだろう。

 (弱っちい奴だって呆れるかな?)

 晋の反応が怖くて下を向いていると、以外にも優しい声で話し掛けられた。

 「あー…っとごめん、俺怖かったよな?」

 晋は決まり悪そうに謝罪すると、僕を抱き締めてきた。

 「…怖くなかったよ。」

 優しい態度に、嫌われた訳ではないらしいとホッとする。

 「嘘つくなよ、そんな赤い目しといて…、って俺が悪いんだよな」

 背中をポンポンと叩いて宥められる。赤ちゃんをあやすような仕草に少し笑うと晋は安心したのか、ようやく僕の身体を離した。

 「適当に座ってて、何か入れてくるから。」

 キッチンに消えていく晋を見送ってからソファーに座る。ツルツルとしてて肌に馴染むソファーはフェイクレザーではなく本革だろうか?随分と高そうだ。
 そう思うと少し緊張してしまい、回りをキョロキョロと見渡して気を紛らわせていると、寝室への扉が2つある事に気付いた。どうやらここも二人部屋のようだ。

 「何見てんの」

 晋が隣に座り、コーヒーをガラステーブルに置きながら聞いてくる。

 「…ここ二人部屋だよね、同室の人は帰省中?」

 「あぁ、同室者はいねぇよ。出てった。」

 「えっ!?」

 「部屋は有り余ってるからな、たぶん適当な部屋にでも転がり込んでるんだろ。」

 「……へぇ、自由なんだね。」

 「ここには教師は滅多に来ねぇからな。」

 「そっか、一人部屋なら気楽でいいね。」

 心の底からそう思う。最近は蘭の事で気が休まることがなかったから…。

 「何、部屋の奴と上手くいってねぇの?」

 晋が眉間に皺を寄せて尋ねてきた。

 「上手くいってないっていうか…、うんちょっとね。」

 晋には同室者が双子の弟だということは話してない。なんとなくだけど晋には蘭のことは話したくなかった。 
 蘭を見て晋が蘭に惹かれるのが怖かったのかもしれない。

 「ふぅん、じゃあカスミこの部屋に移れば?」

 「あはは、そう出来ればいいよね。でも迷惑じゃないの?…それに簡単に部屋移動なんて許可が降りないんじゃ…。」

 「ばか正直に申請なんかしなくてもいいだろ、同室の奴と反りが合わなくて、他の部屋に住み着いてる奴なんて大勢いるぜ。」

 「そうなんだ…。でも…うーん。」

 「別に今決めなくてもいいよ、何かやなことがあったらここに逃げ込んでこればいい。」

 晋の提案にちょっと嬉しくなる。僕がプライベート空間に居座っても煩わしくないくらいに親しいと思ってくれているのだろうか。

 「うん…ありがとう。晋は優しいね…。」

 「ふはっ!そんな事言うのはカスミだけだ。」

 晋は冗談のように笑い飛ばす。

 「晋は優しいよ、初めて会った時からずっと優しかった。」

 冗談なんかじゃないと伝わるように真剣に話す。

 「外部入学で友達とは離れちゃったし、鶫原はやけに豪華だし…。ここでやっていけるのかすっごく不安だったんだ。」

 僕の気持ちが伝わったのか、晋は真剣な眼差しで見つめ返してきた。

 「カスミ……。」

 「ここで一番初めに優しくしてくれたのは晋だよ。ありがとう。」

 晋の顔が段々と近付いてくる。

 ちゃんと感謝気持ちが伝わってるといいな…。
なんて呑気な事を考えながら晋の顔を見ていたら、…いつの間にか僕らの唇は重なっていた。




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