おまけのカスミ草

ニノ

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 「やぁ、さっきはよくも無視してくれたね。」

 空き教室の中、壁際に追い込まれ、まるで壁ドンともとれる体制で僕は月岡先輩に責められていた。

 何故こんなことになっているのかまったく分からない。

 無視というのはさっきの委員会でのことだろうか。
だけどあの場で僕に何ができたというのだろう……。手でも振り返したほうが良かったとでも言うのか?
 あれから先輩は何度も蘭に会いに部屋に来ていたけど、僕はその度に自室に込もっていたから、そもそも先輩と会うのはこれで二回目だ。知り合いとも言えない関係なのに……。
 
 「部屋に行った時もずっと寝室から出て来なかったよね。挨拶もしないなんて、先輩に対して失礼だとは思わない訳?」

 僕が先輩に責められる理由をああだこうだと考えていると、なおも先輩に礼儀がなっていないと攻め続けられる。
 蘭に会いに来ているのに、何故僕まで挨拶をしなければいけないのか?初対面の時にはあからさまにオマケ扱いをしたくせに。
 
 「すいません、月岡先輩………。ではなくて、えっと、風紀委員長は蘭に会いに来ているので、お邪魔をしてはいけないと思って……。」

 内心、不愉快な気持ちになりながらも、早く開放されたくて心にもない謝罪する。
 名前で呼ぶなんて馴れ馴れしいかと思い、役職名で呼び直すと、微妙な顔をされた。

 「風紀委員長は止めて、月岡でいいよ。」

 「……月岡先輩、キチンと挨拶もしないですいませんでした。以後気を付けます。」

 とにかく要求を飲まないことには離れて貰えないと思い、大人しく従うと、溜飲を下げたようにニコりと笑って見せられた。

 「うん、気を付けなよね」

 一応は許して貰えたようだが、未だに先輩は壁ドン体制から離れてくれない。

 「あの、何か他にも僕に用事があるんですか?」

 少しでも先輩から離れようと壁に体を押し付け、尋ねる。暗に離れてくれと態度で示しているのだが、どうもつたわってはいないようだ。

 「用事…、うん。用事はあるよ。君、まさか神崎晋とはあれから会ってないだろうね。」

 先輩が何を気にしているのかは分からないが、晋とはあれから会っていない。
 連絡先を交換した訳ではないし、学園内や寮で見掛けた事もない。

 (友達だって言ってくれたのはその場のノリだったのかな)

 ここで初めてできた友達だと思ったのに、それは僕の勘違いだったのかもしれない。蘭と違って上手く友達作りもできない自分に悲しくなってくる。
 
 「……何その顔、もしかして神崎に何かされたの?」
 
 先輩の眉がピクリと跳ね上がる。
 
 「…いいえ、晋とはあれから会ってません…。」

 「そう?でも何でもないって顔じゃなかったよ、泣きそうな顔して…。」

 「そんな顔してません。…あの、もういいですか?」

 蘭のおまけの僕がどんな顔をしたって、どうでも良いだろうに、もう構わないで欲しい。
 劣等感に苛まれる顔を見られたくなくて、先輩の体を両手で押し退ける。

 「可愛くない反応だね、蘭とは大違い…。」

 可愛いと思われたい訳ではないが、敢えて蘭と比べてくるその言い方に心が傷つけられる。

 「可愛くなくて結構です。もう放って置いてください、晋のことで先輩や蘭に迷惑をかけることはありませんから。」

 いい逃げしてやろうと、先輩の手を振り払い、駆け出すが、その瞬間に腕を掴まれ、あっさりと引き留められてしまう。

 「神崎の事はもうどうでもいいよ、それより蘭の事で何か困ったことがあるんじゃない?」

 「なんのことですか?」

 「さっき会議室で何か言われていただろう」

 ハッとする。

 蘭が制裁対象になっている事を、先輩は知っているのだろう。
 だから絡んできたのかと、納得した。
 そして僕に対しての関心は、蘭の兄であるということだけなのだとうんざりする。
 先輩に僕自身に関心を持って欲しいとはつゆ程も思わないが、蘭のせいでこんな絡まれかたをされるのは溜まらない。
 だけど助かったとも思う。蘭は僕の説得は聞かなくても月岡先輩からの説得なら言う事を聞くんじゃないか? 
 説得が無理でも風紀委員長なのだから、親衛隊へ何らかの牽制をしてくれそうだ。

 「あの、蘭の事でお願いがあるんです!その、親衛隊の事なんですけど…」

 「知ってるよ。蘭が人気者とばかり仲良くするから制裁対象になってるって事だろう?僕が知ってるように蘭もその事は知ってる、知ってて気にもしてないけどね。」

 先輩は蘭のことを誇らしげに話す。

 「僕ら回りの人間が助けてくれるって信じてるんだ。蘭は強いね、直ぐに逃げる君と違って」

 その言葉にカチンとくる。

 「そうですか、蘭を助けてくれるんですね…安心しました。」

 「当たり前でしょう?」

 「そうですね、蘭が強姦の被害に会わないように護衛を付けているあなたが、蘭を守らない筈がありませんでしたね。」

 意識せず冷たい声がでる。先輩は僕を侮辱できて嬉しそうな様子だったが、それには怪訝な顔をした。僕がもっと傷付いた態度を取ると思ったのだろう。

 「蘭に制裁できない奴らは、変わりに君に制裁を下すかもね。」

 「…僕なら大丈夫です。」

 「本当に?……もし君がお願いするなら君にも護衛を付けても良いんだけど?」

 まるで脅しだ。僕が無様に助けを請う姿を期待しているのだろうか。

 「結構です、必要ありません。」

 本当は怖い、護衛を付けて貰えるなら付けて貰いたかった。それでも目の前の彼に助けを求める事はしたくない。
 僕の返事に気を悪くしたのか僕の腕を掴む手に力が籠められる。

 「痛っ!」

 「そう…………それじゃあ神崎に助けを求めるの?」

 「っそんな気はありません、…自分で何とかします。」


 沈黙が続く…。僕から切り出さないとずっとこの場から離れられないような気がした。

 「あの、もう良いですか?先生に会議の報告をしないといけないので…。」

 先輩の腕を振り払い今度は腕を掴まれないように十分距離を取る。
 先輩は無表情で立っていたが、その目に得体のしれない感情が隠れている気がして怖くなる。

 「っ失礼します。」

 空き教室から急いで飛び出すが、今度は先輩は追いかけて来なかった。


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