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外伝 過去と未来の断片集
外伝6-4 彼らの「きっかけ」【4】
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―――エルフェル・ブルグ 東ギルド
「はーい、サディエル君おっまたせー。ご希望の求人情報、深夜分と早朝分ね」
「ありがとうございます、助かります」
求人情報が書かれた紙の束を受け取りながら、サディエルはお礼を言った。
「しっかし、君も滞在が長くなっちゃったわね。確か、もう出国するつもりだったんじゃなかったっけ?」
「ちょっと予定が変わったもので」
パラパラと求人内容を確認して、目ぼしいものを何枚かピックアップしていく。
3人の共同生活を初めて1週間が経過した事で、サディエルは当初の予定通りギルドを訪れ、仕事を探していた。
「さくっとお金が欲しいなら、そっちの討伐依頼とかでいいんじゃない。君なら楽勝でしょう」
「それだと数日家を空けることになっちゃうので」
「……え? あれ、サディエル君、誰かと住んでるの?」
「諸事情で預かっている、警戒心が強い小動物を2人程」
彼の言葉を聞いて、ギルドの職員はしばし沈黙する。
キョロキョロと周囲を確認してから、彼女は小声でサディエルに耳打ちした。
「噂では聞いていたけど、君、例の一番弟子と愛弟子を預かったって本当?」
「噂になってるんですか……」
「そりゃそうよ。あのリューゲン総指揮官とクーリア院長の秘蔵っ子、噂になるに決まっているじゃない。まぁ、あの子らを引き取ったのが誰か、までは情報として出回っていないけど」
「出回っていたら、俺は1歩歩くだけで質問攻め確定だろうな」
情報を抑えてくれているであろう、バークライスたちに対して心の中でお礼を言う。
とは言え、限界も当然あるわけで、2人が好奇の目にさらされる前に出国したいのは事実だ。
けれども、それには大きな壁があった。
理由は2つ。
1つ目は、予想通りとは言え、2人の体力の無さっぷりが原因だった。
今のアルムとリレルの体力では、魔物や盗賊に襲われた際に逃げきれない。
どれだけサディエルが殿を務めて足止めをしたとしても、到底無理な話であったのだ。
2つ目は、シンプルに軍資金不足。
海軍設立に伴い、エルフェル・ブルグの港が全面閉鎖していなければ、船で出国と言う選択肢もあった。
しかし、残念ながら漁船以外の船の利用が禁止されてしまっている為、船を利用する場合は近場の港町まで足を運ばないといけない。
ちなみに、その港町まで荷馬車に乗った場合は、お1人様片道で給料7か月分。
港が閉鎖されている関係で、需要と供給がかみ合わなくなった結果、運賃が高くなり過ぎているのだ。
同時に、荷馬車の護衛についても、今まで以上に激しい争奪戦になっている為、新人2人を引き連れたサディエルでは、到底請け負う事が出来ない依頼となってしまっている。
以上の切実なくだらない理由により、サディエルたちはエルフェル・ブルグへの滞在を余儀なくされている。
サディエルが郊外に借家を借りたのも、少しでも国内の知人と顔を合わせないようにと言う配慮の元だ。
「まっ、そう言う事なら止めはしないけど、深夜と早朝なんて絶対に体壊すわよ?」
「気を付けます。あ、この5枚だけ貰っていきます」
「はいはい、ちょっと確認させてね。そこと、あそこと、そっちの店っと……はい、問題ありませんよ」
無理しないでよー、と言うギルド職員の言葉に頷きながら、サディエルは東ギルドを出る。
そのまま、近くの市場で食材をいくつか購入し、帰路につく。
(さーて、早めく帰って昼食準備をして、13時からリレルさんだろ、夕飯準備で、19時からアルムさんでっと……)
この後のスケジュールを脳内で確認しながら歩き、時刻は午前11時。
片手で荷物を抱えながら、家の鍵を取り出してガチャリを開ける。
「ただいまー」
一応、声を掛けるものの返事はない。
そのまま、玄関の鍵を閉めてからリビングダイニングへ向かうと、アルムとリレルが各々好きな場所で静かに本を読んだり、何かをノートにまとめている姿が見えた。
(とりあえず、約束通り日中はリビングダイニングに居るようになったな)
安堵のため息を吐きつつ、サディエルはそのまま台所へと向かう。
購入してきた品々を必要個所にしまい込み、そのまま昼食の準備に取り掛かった。
(1週間前に比べれば、かなりの進歩だよな)
キャベツを包丁で刻みながら、今日までの事を思い出す。
この1週間の間、サディエルは何かと神経をすり減らしまくった。
まず、敵対心バリバリで話そうとしない2人、ここまでは良い。
大問題なのは、この状況でサディエルしか分からないこと、身の上話等も喋ってはいけないことだった。
元々、自分たちの意見が通らず、否定されてきた2人に対して、サディエル自身の話しかしない事や、意見をあれこれ押し付けるのは、彼らのトラウマを刺激することと同義である。
その為、彼は自己紹介で再度名前を名乗った以外、自分の事は何も話していないのだ。
その代わりにサディエルがやったことは、実にシンプルだった。
アルムには戦術論の話題を、リレルには医療の話題を。
それぞれが最も話題に出しやすい内容を、徹底的に質問していったのである。
2人は、戦術論と医療を嫌っているわけではない。
むしろ気に入っているからこそ、リューゲンやクーリアの弟子を続け、真剣に勉学に励んでいるのだ。
人間、自分が楽しんでいること、真剣にやっていることに興味を持って好意的に受け止め、否定しない相手を欲しがってしまう。
それに気付いたサディエルは、当面の間は彼らに徹底して『俺もその分野が気になっているんだ、だけど詳しくないからどんどん教えて!』という姿勢に徹することに決めたのである。
―――例えば、リレルの場合
「リレルさん、最近になって特定期間で腹痛が酷くなったんだけど、原因に心当たりがあったりする?」
「……詳しく話して頂かないと判断がつきません」
「だよな、ごめん。俺の姉の話なんだけど、最近、体調が悪くて知り合いに相談したら『寝る前にはちみつをスプーン1杯舐めると良い』と言われて、2~3か月試してみたんだ。そしたら、当初の体調不良は治ったんだけど、今度は特定期間だけ腹痛が酷くなった、と言う感じ」
「その特定時期は……いえ、言わなくていいです、おおよそ検討がつきました。恐らく、"好転反応" だと思います」
「好転反応?」
鸚鵡返しで聞いてきたサディエルに対し、リレルは小さく頷く。
「肩とか、今、凝っていますか?」
「肩……うん、少し凝っているかな」
それを聞くと、リレルは軽くサディエルの肩を揉む。
固さを確認し終えると、彼女はソファを指さしながら指示を出す。
「では、うつ伏せになってください」
その指示に従って、サディエルはソファにうつ伏せになる。
てっきり、肩の方をマッサージしてくれるのか、と思ったら彼女の手はサディエルの右足のふくらはぎに向かった。
「いっででで!?」
「静かにしてください」
右足のふくらはぎ、太ももと順番に力いっぱい押されて、サディエルは悲鳴を上げるが、リレルは特に気にせずマッサージを続けていく。
数分間の処置が終わり……
「はい、起き上がってください」
「……こ、これと、好転反応にどんな関係が」
体を起こしてソファに座り直すと、リレルは再びサディエルの右肩を軽く揉む。
右肩の固さは、右足をマッサージする前とさほど変わらない。
しかし、変化は左肩に彼女の手が伸びた時に起こった。
「……!? え、あれ、左肩が柔らかい!?」
「そうですね、結構ほぐれています」
「何で……!?」
「肩こりの原因が、肩じゃなくて肩より下にあるからです。肩に不調が出るのは、背中や腰、そして足がそれぞれ不調になった結果、バランスを取ろうとして負荷が肩に行ってしまうの。ちなみに、左肩がやわらかくなったのは、右足と繋がりがあるからですね」
だからその主原因を解消した、とリレルはさらりと解答した。
一方のサディエルは、驚きながら左腕をぐるぐると回して調子を確認している。
「……となると、さっきの腹痛の話って」
「はちみつのお陰で体調不良が治った結果、体調不良の原因だった腹痛が顔を出してきた、ということですね。該当時期付近は、はちみつを食べる量を2倍、つまりスプーン2杯分にしてください。それでだいぶ改善されるはずです」
「分かった! ありがとうリレルさん、とっても助かるよ!」
―――例えば、アルムの場合
「アルムさん。ちょっと戦い方について相談したいんだけど、いいかな? 今度、ギルドからの依頼で大規模演習があるんだ。それで、その1部隊のパーティリーダーをやることになってさ」
「……好きに動けばいいだろ。冒険者同士と言う有象無象なわけだ。連携らしい連携も難しいだろ」
「そう言わないでくれ。少しでも被害を減らしたいんだ」
サディエルの言葉を聞いて、アルムはしばし黙り込む。
ややあって、アルムは無言で右手を差し出してきた。
それを見て、サディエルは手持ちの地図を渡す。
「…………被害を無くすことは不可能だぞ」
「知っている。その上で、減らす努力をしたいんだ。今回は市街地戦を想定した訓練で、場所はエルフェル・ブルグ南東にある住宅地」
サディエルから地図を受け取ったアルムは、それをバサリと広げて位置を確認する。
「ここか。想定されている戦力は?」
「今回はハーピー系統の一種である、ブリーズキーパーの大群を想定している」
「空中からの奇襲か。まず戦いの基本として、粘り強く生き残って致命傷を避け、防御すること」
「最初は防御っと……ただ、反撃もしないといけない。どこかしらを崩して、そこから突破してやればいいか?」
「そうだね。相手をよく観察し、スキをついて一気に攻撃に転じるのが最適だ。その為には、相手の攻撃タイミングを上手く読めばいい。無茶な攻撃をしたり、逆にびびって防御ばかりでジリ貧にならないように」
アルムの言葉を聞きながら、サディエルは要所要所をメモしていく。
必要な役割と注意点を一通り洗い出した所で、該当者の顔が何人か浮かんだらしく、冒険者の個人名が記入されていった。
「お前がやらないんだな」
「俺よりも判断力に長けている人物を、該当箇所に割り振った方がいいだろ。そして俺は、その人たちの判断するタイミングや、何故そうしたのかを確認しながら作戦を進める」
足りない部分は補わないと、と言いながらメモに最後の名前を書き込む。
それを静かに見守っていたアルムは、小さくため息をついて……
「戦う意思」
「ん?」
「戦う意思をくじかれたら、その時点でどれだけ有利な状況であっても敗北になる。パーティの士気には注意した方が良い」
「わかった。ありがとうアルムさん、俺1人だと難しい部分だったから、とても参考になったよ!」
こんな感じで、どちらか片方だけに偏らず、色々な角度で話題を2人に振って、喋りやすい状況を作り続けた。
ここで、アルムかリレル、どちらかと極端に会話する時間を増やしてしまうと、片方の不信感が増大してしまう。
その為、彼は細心の注意を払って、2人をほぼ同等の接し方で対応してきたのである。
ただそれだけだと足りないと感じたサディエルは、コアタイムを設けることにした。
13時~16時はリレル、夕飯を挟んで、19時~21時まではアルムに特化して接して、それ以外は極力平等に。
これは2人にも了承を取っており、確実にこの時間は2人の事をしっかり見ているよと、サディエルは行動で示し続けた。
ぽつり、ぽつりと一言、二言程度だけでも喋ってくれれば御の字と言う形で進めていったわけだが、サディエルの予想よりも早く、2人はコアタイムになると質問すればあれこれ返してくれた。
最も、それ以外は相変わらずなのだが。
(次の目標は、ただいまって言ったら、お帰りって言ってくれることと、俺の名前を呼んでくれることかな)
フライパンを動かして野菜を炒めながら、サディエルは今後の目標を決定する。
同時に、今日持ち帰って来た求人情報の紙を思い出す。
(深夜の求人は大半が酒場だったよな。22時~深夜2時ぐらいまで働いて、2時間仮眠、早朝の荷物配達で4時~6時ぐらいが丁度良いかな。で、帰宅したら朝食準備しながら洗濯物して、7時30分くらいにみんなで食べて……)
野菜炒めを大皿に盛り付けながら、バイトのついての計画も進めていく。
……かなり無茶な内容のハズだが、これに近いスケジュールをアークシェイドが入院中にこなした経験があったこと、それを止める者がいなかったことが、仇となった。
その事に彼らが気づくのは、それから1か月後のことである。
「はーい、サディエル君おっまたせー。ご希望の求人情報、深夜分と早朝分ね」
「ありがとうございます、助かります」
求人情報が書かれた紙の束を受け取りながら、サディエルはお礼を言った。
「しっかし、君も滞在が長くなっちゃったわね。確か、もう出国するつもりだったんじゃなかったっけ?」
「ちょっと予定が変わったもので」
パラパラと求人内容を確認して、目ぼしいものを何枚かピックアップしていく。
3人の共同生活を初めて1週間が経過した事で、サディエルは当初の予定通りギルドを訪れ、仕事を探していた。
「さくっとお金が欲しいなら、そっちの討伐依頼とかでいいんじゃない。君なら楽勝でしょう」
「それだと数日家を空けることになっちゃうので」
「……え? あれ、サディエル君、誰かと住んでるの?」
「諸事情で預かっている、警戒心が強い小動物を2人程」
彼の言葉を聞いて、ギルドの職員はしばし沈黙する。
キョロキョロと周囲を確認してから、彼女は小声でサディエルに耳打ちした。
「噂では聞いていたけど、君、例の一番弟子と愛弟子を預かったって本当?」
「噂になってるんですか……」
「そりゃそうよ。あのリューゲン総指揮官とクーリア院長の秘蔵っ子、噂になるに決まっているじゃない。まぁ、あの子らを引き取ったのが誰か、までは情報として出回っていないけど」
「出回っていたら、俺は1歩歩くだけで質問攻め確定だろうな」
情報を抑えてくれているであろう、バークライスたちに対して心の中でお礼を言う。
とは言え、限界も当然あるわけで、2人が好奇の目にさらされる前に出国したいのは事実だ。
けれども、それには大きな壁があった。
理由は2つ。
1つ目は、予想通りとは言え、2人の体力の無さっぷりが原因だった。
今のアルムとリレルの体力では、魔物や盗賊に襲われた際に逃げきれない。
どれだけサディエルが殿を務めて足止めをしたとしても、到底無理な話であったのだ。
2つ目は、シンプルに軍資金不足。
海軍設立に伴い、エルフェル・ブルグの港が全面閉鎖していなければ、船で出国と言う選択肢もあった。
しかし、残念ながら漁船以外の船の利用が禁止されてしまっている為、船を利用する場合は近場の港町まで足を運ばないといけない。
ちなみに、その港町まで荷馬車に乗った場合は、お1人様片道で給料7か月分。
港が閉鎖されている関係で、需要と供給がかみ合わなくなった結果、運賃が高くなり過ぎているのだ。
同時に、荷馬車の護衛についても、今まで以上に激しい争奪戦になっている為、新人2人を引き連れたサディエルでは、到底請け負う事が出来ない依頼となってしまっている。
以上の切実なくだらない理由により、サディエルたちはエルフェル・ブルグへの滞在を余儀なくされている。
サディエルが郊外に借家を借りたのも、少しでも国内の知人と顔を合わせないようにと言う配慮の元だ。
「まっ、そう言う事なら止めはしないけど、深夜と早朝なんて絶対に体壊すわよ?」
「気を付けます。あ、この5枚だけ貰っていきます」
「はいはい、ちょっと確認させてね。そこと、あそこと、そっちの店っと……はい、問題ありませんよ」
無理しないでよー、と言うギルド職員の言葉に頷きながら、サディエルは東ギルドを出る。
そのまま、近くの市場で食材をいくつか購入し、帰路につく。
(さーて、早めく帰って昼食準備をして、13時からリレルさんだろ、夕飯準備で、19時からアルムさんでっと……)
この後のスケジュールを脳内で確認しながら歩き、時刻は午前11時。
片手で荷物を抱えながら、家の鍵を取り出してガチャリを開ける。
「ただいまー」
一応、声を掛けるものの返事はない。
そのまま、玄関の鍵を閉めてからリビングダイニングへ向かうと、アルムとリレルが各々好きな場所で静かに本を読んだり、何かをノートにまとめている姿が見えた。
(とりあえず、約束通り日中はリビングダイニングに居るようになったな)
安堵のため息を吐きつつ、サディエルはそのまま台所へと向かう。
購入してきた品々を必要個所にしまい込み、そのまま昼食の準備に取り掛かった。
(1週間前に比べれば、かなりの進歩だよな)
キャベツを包丁で刻みながら、今日までの事を思い出す。
この1週間の間、サディエルは何かと神経をすり減らしまくった。
まず、敵対心バリバリで話そうとしない2人、ここまでは良い。
大問題なのは、この状況でサディエルしか分からないこと、身の上話等も喋ってはいけないことだった。
元々、自分たちの意見が通らず、否定されてきた2人に対して、サディエル自身の話しかしない事や、意見をあれこれ押し付けるのは、彼らのトラウマを刺激することと同義である。
その為、彼は自己紹介で再度名前を名乗った以外、自分の事は何も話していないのだ。
その代わりにサディエルがやったことは、実にシンプルだった。
アルムには戦術論の話題を、リレルには医療の話題を。
それぞれが最も話題に出しやすい内容を、徹底的に質問していったのである。
2人は、戦術論と医療を嫌っているわけではない。
むしろ気に入っているからこそ、リューゲンやクーリアの弟子を続け、真剣に勉学に励んでいるのだ。
人間、自分が楽しんでいること、真剣にやっていることに興味を持って好意的に受け止め、否定しない相手を欲しがってしまう。
それに気付いたサディエルは、当面の間は彼らに徹底して『俺もその分野が気になっているんだ、だけど詳しくないからどんどん教えて!』という姿勢に徹することに決めたのである。
―――例えば、リレルの場合
「リレルさん、最近になって特定期間で腹痛が酷くなったんだけど、原因に心当たりがあったりする?」
「……詳しく話して頂かないと判断がつきません」
「だよな、ごめん。俺の姉の話なんだけど、最近、体調が悪くて知り合いに相談したら『寝る前にはちみつをスプーン1杯舐めると良い』と言われて、2~3か月試してみたんだ。そしたら、当初の体調不良は治ったんだけど、今度は特定期間だけ腹痛が酷くなった、と言う感じ」
「その特定時期は……いえ、言わなくていいです、おおよそ検討がつきました。恐らく、"好転反応" だと思います」
「好転反応?」
鸚鵡返しで聞いてきたサディエルに対し、リレルは小さく頷く。
「肩とか、今、凝っていますか?」
「肩……うん、少し凝っているかな」
それを聞くと、リレルは軽くサディエルの肩を揉む。
固さを確認し終えると、彼女はソファを指さしながら指示を出す。
「では、うつ伏せになってください」
その指示に従って、サディエルはソファにうつ伏せになる。
てっきり、肩の方をマッサージしてくれるのか、と思ったら彼女の手はサディエルの右足のふくらはぎに向かった。
「いっででで!?」
「静かにしてください」
右足のふくらはぎ、太ももと順番に力いっぱい押されて、サディエルは悲鳴を上げるが、リレルは特に気にせずマッサージを続けていく。
数分間の処置が終わり……
「はい、起き上がってください」
「……こ、これと、好転反応にどんな関係が」
体を起こしてソファに座り直すと、リレルは再びサディエルの右肩を軽く揉む。
右肩の固さは、右足をマッサージする前とさほど変わらない。
しかし、変化は左肩に彼女の手が伸びた時に起こった。
「……!? え、あれ、左肩が柔らかい!?」
「そうですね、結構ほぐれています」
「何で……!?」
「肩こりの原因が、肩じゃなくて肩より下にあるからです。肩に不調が出るのは、背中や腰、そして足がそれぞれ不調になった結果、バランスを取ろうとして負荷が肩に行ってしまうの。ちなみに、左肩がやわらかくなったのは、右足と繋がりがあるからですね」
だからその主原因を解消した、とリレルはさらりと解答した。
一方のサディエルは、驚きながら左腕をぐるぐると回して調子を確認している。
「……となると、さっきの腹痛の話って」
「はちみつのお陰で体調不良が治った結果、体調不良の原因だった腹痛が顔を出してきた、ということですね。該当時期付近は、はちみつを食べる量を2倍、つまりスプーン2杯分にしてください。それでだいぶ改善されるはずです」
「分かった! ありがとうリレルさん、とっても助かるよ!」
―――例えば、アルムの場合
「アルムさん。ちょっと戦い方について相談したいんだけど、いいかな? 今度、ギルドからの依頼で大規模演習があるんだ。それで、その1部隊のパーティリーダーをやることになってさ」
「……好きに動けばいいだろ。冒険者同士と言う有象無象なわけだ。連携らしい連携も難しいだろ」
「そう言わないでくれ。少しでも被害を減らしたいんだ」
サディエルの言葉を聞いて、アルムはしばし黙り込む。
ややあって、アルムは無言で右手を差し出してきた。
それを見て、サディエルは手持ちの地図を渡す。
「…………被害を無くすことは不可能だぞ」
「知っている。その上で、減らす努力をしたいんだ。今回は市街地戦を想定した訓練で、場所はエルフェル・ブルグ南東にある住宅地」
サディエルから地図を受け取ったアルムは、それをバサリと広げて位置を確認する。
「ここか。想定されている戦力は?」
「今回はハーピー系統の一種である、ブリーズキーパーの大群を想定している」
「空中からの奇襲か。まず戦いの基本として、粘り強く生き残って致命傷を避け、防御すること」
「最初は防御っと……ただ、反撃もしないといけない。どこかしらを崩して、そこから突破してやればいいか?」
「そうだね。相手をよく観察し、スキをついて一気に攻撃に転じるのが最適だ。その為には、相手の攻撃タイミングを上手く読めばいい。無茶な攻撃をしたり、逆にびびって防御ばかりでジリ貧にならないように」
アルムの言葉を聞きながら、サディエルは要所要所をメモしていく。
必要な役割と注意点を一通り洗い出した所で、該当者の顔が何人か浮かんだらしく、冒険者の個人名が記入されていった。
「お前がやらないんだな」
「俺よりも判断力に長けている人物を、該当箇所に割り振った方がいいだろ。そして俺は、その人たちの判断するタイミングや、何故そうしたのかを確認しながら作戦を進める」
足りない部分は補わないと、と言いながらメモに最後の名前を書き込む。
それを静かに見守っていたアルムは、小さくため息をついて……
「戦う意思」
「ん?」
「戦う意思をくじかれたら、その時点でどれだけ有利な状況であっても敗北になる。パーティの士気には注意した方が良い」
「わかった。ありがとうアルムさん、俺1人だと難しい部分だったから、とても参考になったよ!」
こんな感じで、どちらか片方だけに偏らず、色々な角度で話題を2人に振って、喋りやすい状況を作り続けた。
ここで、アルムかリレル、どちらかと極端に会話する時間を増やしてしまうと、片方の不信感が増大してしまう。
その為、彼は細心の注意を払って、2人をほぼ同等の接し方で対応してきたのである。
ただそれだけだと足りないと感じたサディエルは、コアタイムを設けることにした。
13時~16時はリレル、夕飯を挟んで、19時~21時まではアルムに特化して接して、それ以外は極力平等に。
これは2人にも了承を取っており、確実にこの時間は2人の事をしっかり見ているよと、サディエルは行動で示し続けた。
ぽつり、ぽつりと一言、二言程度だけでも喋ってくれれば御の字と言う形で進めていったわけだが、サディエルの予想よりも早く、2人はコアタイムになると質問すればあれこれ返してくれた。
最も、それ以外は相変わらずなのだが。
(次の目標は、ただいまって言ったら、お帰りって言ってくれることと、俺の名前を呼んでくれることかな)
フライパンを動かして野菜を炒めながら、サディエルは今後の目標を決定する。
同時に、今日持ち帰って来た求人情報の紙を思い出す。
(深夜の求人は大半が酒場だったよな。22時~深夜2時ぐらいまで働いて、2時間仮眠、早朝の荷物配達で4時~6時ぐらいが丁度良いかな。で、帰宅したら朝食準備しながら洗濯物して、7時30分くらいにみんなで食べて……)
野菜炒めを大皿に盛り付けながら、バイトのついての計画も進めていく。
……かなり無茶な内容のハズだが、これに近いスケジュールをアークシェイドが入院中にこなした経験があったこと、それを止める者がいなかったことが、仇となった。
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