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第3章 冒険者2~3か月目

52話 航海の最中【中編】

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 普通、あぁいう分かりやすい『襲撃ありそうですよー』って話題があればさ、襲撃あると思うよな。
 うん、普通はそうだ。

 だが………

 ―――港町から出航して17日目、午後。

「魔物の襲撃、無かったね……」
「ありませんでしたね」

 あれから10日近く経過したが、取り越し苦労という結果になった。
 今日も今日とて、リレルとの戦闘訓練を終えて一息を付いたところで、オレは思い出したようにその話題を出す。
 同じく警戒していたリレルも、肩透かしだったみたいで、ちょっと困った表情を浮かべている。

「今回みたいな予想されている襲撃は、予想や予定で終わってくれるのが一番ですよ」
「それは確かに。何だかんだ旅してると、何もない日が一番平和だって思うし」

「ふふっ、旅の当初は魔物の襲撃があるたびに、どこかわくわくしていた表情浮かべていたのは、何処のどなたでしょう?」

「オレです、はい……」

 しっかりバレてたー……

 いやさ、結局サディエルたちが"まともに"戦う光景って、実は旅立ってすぐまで見たことなかったわけだし。
 最初はあのガーネットウールだったけど、さくっと終わった。
 次がスケルトンだったわけだけど、こっちも冒険者たちが一丸となってサラーっと……見えるようだけど、長年の知識と経験の積み重ねから、結果的にサラっと終わってしまったわけでして。

 何が言いたいかって、これぞ戦闘! ってのがなかったんだよね。

 だから、旅立ってからの魔物との戦闘は結構わくわくして見ていた……って、あれ?

「リレル、すっごい今更なこと聞いていい?」
「はい、何でしょう」

「オレら、ここまで盗賊に襲われたことないし、なんだったら現在進行形で海賊にも襲われてないけど……何で?」

 ここ2か月弱の事を思い出して、オレはそのことに今更ながら気が付いた。
 そう、ここまでの道すがら1度も盗賊にも、今だったら海賊にも襲われていないのだ。

「それはですね、今回の荷馬車の護衛、その最終目的地が答えです」
「最終って……エルフェル・ブルグ、だよね」

 道中で街や国間での積み荷を降ろしたり、新たに載せたりなどはしているものの、最終的な終着点はエルフェル・ブルグ。それは間違いがない。
 それが何でだ?

「エルフェル・ブルグの特徴は?」
「対魔族及び魔物への対抗手段を研究する、最前線の城塞都市」

「では、そんな国で"研究"する為に必要かつ自国では補えない様々な資源や文献、その他もろもろの搬入が遅れると、どういうことが起こるか分かりますか」

「……魔族や魔物への対抗手段の研究が遅れる?」
「はい、正解です。物資の搬入が遅れることは、世界規模での対抗手段の遅れに直結します。ですので、盗賊や海賊は基本的にエルフェル・ブルグ行きの荷馬車や船は襲いません。逆に、魔物は阻止したいから、通常よりも襲撃率が上がります」

 あー……だから、盗賊とかには襲われずに、ほぼ魔物オンリーだったってわけか。

「もう1つ、エルフェル・ブルグ行きだって分かる理由は?」
「荷馬車に旗があったと思います。あれが、エルフェル・ブルグへ行くか否かの目印になります。船でしたら……あちらの帆に大きく印字されておりますでしょ」

 そう言いながら、リレルは今乗っている船の帆を指さす。
 最も面積が大きい部分に、確かに見覚えのあるマークが印字されている。

「ちなみに、盗賊の襲撃避けたいから偽物の旗用意して掲げてるって可能性は?」
「ありません。専用の旗や帆はエルフェル・ブルグから各ギルド経由で貸し出されます。それが偽物だと判別する術も存在しており、また該当のモノを作成する技術も企業秘密な為、真似できないのです」

 なんつーか、新札とか新硬貨の複製防止みたいなことを。
 いや、そう言う事考えるやつは一定層いるから、対策取っているわけだろうけど。

 だからなんで、変なところで妙にオレの世界と同じ対抗手段取っているんだよ。

「それに、そんなことやったら手痛いしっぺ返しを食らうのは盗賊や海賊ですし」
「というと?」

「仮に襲った場合、エルフェル・ブルグは元より全ての国や地域の人々が許さないわけで、捕まったらどんな極刑だろうと許容されます。過去の例を上げますと、いざと言う時の囮とか、魔術の威力検証の案山子とか、なんだったら新薬治験に回されたりとか」

 少なくとも、通常の神経してる人たちなら絶対にやりたくないことを全部押し付けられる。
 しかも、大義名分があるから罪悪感すらゼロというおまけつきで。

 なるほど、ここまでのリスクを全部しょい込んでエルフェル・ブルグ行きの荷馬車を襲うのは、あまりにもナンセンスってわけか。

「ってことは、オレの訓練で対人戦に関する話題が全然無かったのも」
「襲撃が無い前提です。行きでは、ほぼ魔物のみがお相手だということを念頭に、サディエルが目標達成表を作成しておりました」

 うわぁ、きっちりと可能性が低すぎる部分は、切るべき部分として切っていたってことか。

 しかも最初の街、出発前の段階でそこまで想定済みとか、サディエルどういう神経してるんだか。
 いや、アルムも確実に1枚噛んでいると思う。
 アルムの性格から、切ってはいるけど『可能性としてはゼロじゃない』部分に対しては、簡易的な方針を必ずセットで付け加えているわけだし。

「帰りになったらまた状況が変わるよね、今の話の流れだと」
「そうですね。帰りは盗賊からの襲撃も当然視野に入ります。なので、ヒロトにはエルフェル・ブルグ到着までに自衛力を高めてもらい、私たちが資料を探している間に、帰りの為に必要な技術習得……と言う流れを想定しております」

 最初の街でサディエルが見せてくれた目標達成表、それをオレに見せながら

『ここまでが結果的に自動達成されるんだ。つまり、十分助けになる! つーか、めっちゃ助かる!』

 と、言っていた部分が、きっとそこなのだろう。
 自動達成って言って、オレを安心させようとしてくれてるけど、そこまでやって貰わなきゃ、帰り道に関しても色々再調整必須ってことだよな。

 うん、頑張ろう。

「さて、ヒロト。最後にもう1度、動きの練習を致しましょう」
「了解! 次はどういう……」

「お前! どういうことだよ、魔物が来るかもしれないって言って結局来ないままじゃないか!」

 立ち上がって木剣を構えようとした時、凄まじい怒号が響いた。
 何事かと声のした方向を見ると、そこにはこの船に乗船している冒険者と……サディエル!?
 と言うか、今、なんだって? 魔物が来ないって……

「襲撃があるからと言ったから甲板待機してるのに、全然きやしない! 何を元にそんな判断しやがった!」
「………」

 胸ぐらを掴まれ、その冒険者はさらにサディエルに突っかかる。
 一方でサディエルは無言で、睨みつけるわけでもなく、かといって無表情でもない、どちらかと言うと真剣な表情を浮かべて閉口している。

 これってまずいんじゃ!?

「サディエル……!」
「ヒロト、少々待ってください」

 走り出そうとしたオレを、リレルは慌てて引き留める。

「今行ってしまったら、火に油です」
「けど! 今の内容からだと、かなり理不尽な内容でサディエルが責められてるんだよ!?」

 魔物の襲撃警戒の件で、サディエルは責められてるのだろう。
 だけど、その襲撃警戒はそもそもエルフェル・ブルグの調査結果から『襲撃される可能性が高くなる場所』ってだけで、確実に来るという保証じゃない。

 陸上の方は、かなりの精度で襲撃予兆を検知して、即対応出来る。
 一方の海上は、近年になって被害が出始めたから、まだそこまでルール整備も、陸と比べての予兆検知も確証を持てるレベルまでの情報が無いはず。

 今回の警戒だって、その数少ない情報と傾向からして、と言う意味のはずなのに!

「それは承知ですが、ここでヒロトが割って入った方がもっと大変です」
「それでも、困っているのはサディエルなんだから、助けないと……!」

「あの冒険者さんの怒りが伝染していますよ。落ち着いてください」

 スッ……とリレルの目が細くなる。
 そして、この旅の間に何度か感じた悪寒が全身を走る。

「大丈夫ですよ、この程度。それよりも、あの方と同じパーティの方を探す方が先決です、行きますよ」
「えっ、いやでも!」

「でもも、だっても、ありません。あのままサディエルが黙って聞いていれば何も問題はありません」

 いつも以上に冷めた、凄い低音の声でリレルは答える。

 回答になってないんですけど!?
 とは思うけど、リレルの表情が怖すぎて反論する余裕がない。
 感覚はあれだ、オレの姉ちゃんが本気で怒った時に近い。

 オレはリレルに引っ張られながら、サディエルに突っかかっている冒険者のリーダーを探し始める。

「リレル、あの人のリーダーが居そうな場所に心当たりは? というか、顔知っているの?」
「心当たりはありませんが、顔は存しています。少々無骨で人を寄せ付けない見た目をされてる方です。とりあえずは、人の多い場所を片っ端から当たります」

 速足でリレルはまず食堂に向かう。
 食事時じゃない為、人数はまばらなものの、そこそこの人数はいる。

 お目当てのリーダーさんは……ダメだ、いなさそうだ。

 だが、味方となる人物が1人居た。

「アルム!」
「ん?」

 食堂の右手で、飲み物片手に紙とにらめっこしていたアルムが居た。
 オレはアルムに駆け寄って、すぐに彼を立たせる。

「ちょっと来て!」
「何だ、魔物の襲撃か?」
「そっちの方が100倍マシだった!」

 その返答を聞いて、アルムは眉を顰める。

「どういうことだ?」
「閉鎖空間で上手く苛立ちを発散出来なかったおバカさんが、サディエルに喧嘩売っただけです」

 アルムの問いに、やはり怖い表情のリレルが答える。
 普段笑顔の人が、笑顔で怒らず、絶対零度の表情で睨みつけてきたら、こうも怖いもんなのかよ……!

「いずれは出てくるとは思ってはいたが、予想よりは遅かったな。そいつのパーティのリーダーはどこだ?」
「捜索中! オレは顔を知らないけど、リレル曰く、"少々無骨で人を寄せ付けない見た目"らしい。アルムは心当たりある?」
「ある。そいつなら見た目で目立ってたから覚えている」

 アルムも覚えがあるのか。
 凄いな、オレは1乗船者としか認識していなくて、全然顔なんて覚えてなかったのに。
 いや、感覚はモブ冒険者。あと人を寄せ付けない、ゴロツキ風のやつは結構いるし……と言ったら、失礼だよな、うん。

「乗船名簿と部屋割りを確認するならクレインさんを当たればいいが、名前が分からない以上は割り出せない」
「地道に船内を探すにしても、結構この船広いよね。あと、大きな部屋っていったら、船内訓練場とか、談話室とか?」

 オレは船内地図を思い出しながら、候補となる場所を挙げる。
 船内で大きめで人が集まりそうっていったら、あとはそれぐらいだ。

 この時ばかりは、オレの世界のクルーズ船並みの遊戯施設てんこもりじゃないことに感謝しないとな。

 ちなみに、オレらが船内訓練場じゃなくて、甲板であれこれやっていたのは、単純にオレらがうっかりといらない話題を口にして、それを聞かれた時の対策だ。
 甲板って意外と波の音が煩いから、そこそこ距離離れてたら意外と聞こえないんだよね。

「無難はそこだろうな。とりあえず、顔の分かる僕とリレルは別々で動こう」
「承知しました。でしたら、船内訓練場と談話室で別れて、そこで成果がなかったら周囲の乗船客に聞き込みとまいりましょう」

「わかった。ヒロトは……今回はリレルに付いて行ってくれ」

 アルムはオレの肩を叩きながら、小声で言葉を続ける。

「……正直、今リレルの奴は結構ぶちぎれ中だ。なにかあったら、速攻で僕の所に来るように」
「あ、やっぱり、ぷっつんいってたんだ……」
「あぁ。僕やサディエルが理不尽な内容で批判をされたら結構切れる。多分、お前に対しても同様だろう。あいつは、懐に入れた人間以外には、結構冷徹なんだ」

 だから、可能な限り隣に居て理性まで吹っ飛ばさないようにしといてくれ、と付け加えられた。
 古代遺跡の時も結構混乱していたわけだけど、やっぱりそうだったんだ。

「お相手さんが怒鳴りちらしていて、サディエルが徹底的に聞き専に回っているなら、30分後ぐらいには沈静化してるはずだ。その為、時間制限は15分。それ以上過ぎたら甲板集合、いいな?」

「わかった! そっちはよろしくアルム!」
「よろしくお願いします。ヒロト、行きましょう」
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