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第3章 冒険者2~3か月目

48話 ヒーラーの心得【前編】

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 港町から出航して5日目。
 今の所、航海はとても順調である。魔物の襲撃もなければ、海賊からの襲撃もなく、魔族からもない。
 実に平和な日々過ごしているわけだが……

「うっしゃあ! 貰った!」
「テメェ! それ反則……うわ!?」

 低い姿勢を取り、サディエルの足払いがアルムにクリーンヒットする。
 ただの足払いならば、アルムも踏ん張って耐えただろう。
 けれど、サディエルは足払いで、少し前に出していたアルムの左足に攻撃を当てた瞬間に、自分側に足を引いた。
 その結果、サディエルの足の甲が、アルムの左足の踵に当たり、ぐいっと前に足を突き出す形になってバランスを崩したのだ。

 そのまま後方に倒れたアルムの顔面に右手を突き出し、ゲームセット。

「俺の勝ちってことで!」
「チッ……この体力馬鹿。ほんと、動きだけは素早いな」
「そりゃ前衛やってんだから当然だって。相手の前でうろちょろして、うざったさを演出しなきゃなんだし」

 体を起こしながら、アルムは愚痴る。
 そんな彼に右手を差し出しながら、サディエルはアルムを立ち上がらせる。
 それと同時にあちこちから喝采が起きた。

 その歓声につられる様に、オレは思わず感嘆の声と共に拍手をする。

 さて、今何をやってるかというと……船の甲板にて暇つぶしと称した武闘大会のようなものが開催されており、1対1の模擬戦を見世物よろしくやっているわけだ。
 いやぁ、1日目と2日目までは真新しさにオレも船内探索やらなんやらやっていたわけだけど……3日目に早くも飽きた。

 と言うのも、理由は簡単。
 娯楽がなさすぎるんだわ、船の上。
 おかげで、毎晩のように甲板では飲み会のノリでどんちゃん騒ぎ。

 日中は釣りするか、談笑するか、こうやって力を持て余した冒険者たちが力比べの武闘大会開いたりと、とにもかくにも暇なのだ。
 一応、いつも通りの勉強とか、アルムとの戦術論、早朝の運動などは継続してはいるものの、やっぱり荷馬車で移動という工程がなくなった為、想像以上に時間に空きが出来る結果となった。

 ちなみに、武闘大会に関しては完全にオレは観客席である。

 まだまともに戦えないと言うか、せめて"3割ぐらいの力で全力疾走を10分間出来る"体力がないと、まず土台に立てない。
 と言うわけで、見る専をやっているわけだが……ただ見ているだけは、当然ながらNGを食らっている。

『今回の武闘大会を見て、気づいたことを後で聞くからな?』

 凄い意地の悪い笑みでアルムがそう言った。鬼師匠である、鬼畜である。
 けど、戦闘時の足運びについては既に基礎を学んでいるわけなので、さっきの試合もサディエルとアルムの足元を中心、どう動いていたのかを重点に見ていた。

 いやぁ凄いよ、足元だけ見ていたら。

 全然無駄な動きがないというか、動きが最小限というかさ。
 音ゲーのダンスゲーで例えると、初心者は1曲踏むだけで結構無駄にジャンプしたり、足を大きく動かしたりしてしまうから、終わることにはヘトヘトで疲れてしまう。
 だけど、上級者となると全然足上げないし、どちらかと言うとすり足みたいな感じで動かしてる。あんな感じ。

 ダンスゲーでわからないなら、ボタン押す系でもいいかな。とにかく、想像している動きと全然違うんだ。

「オレの所で、格好良く飛んだり跳ねたりとかするキャラもいるんだけどさ……結構、無駄な体力使ってるんだな」
「そういうものですよ。さて、次は私の番ですね」

「え? リレルも参加するの?」

 オレの隣でサディエルとアルムの格闘対決を見ていたリレルが、さも当然のように立ち上がる。
 思わず驚いて問いかけると、リレルはいつもの笑顔のまま答える。

「当然です。私も体を動かさないといけません」

 ヒーラーなのに凄い前衛的……
 いや、この前のガランドとの戦いでも、リレルは結構好戦的だったな。

「アルム、交代です。次は私がお相手します」
「おっ、頼んだリレル。僕の敵討ちを」
「うげっ……リレル!? お前、参加するのかよ!?」
「はい、たまにはよろしいじゃないですか」

 前に出てきたリレルに、サディエルは頬を引きつらせて1歩下がる。
 そうこうしている間に、アルムはリレルにバトンタッチと言わんばかりにハイタッチしてから、オレの所に戻ってくる。

「なぁアルム、リレルって強いの?」
「ん? 以前、体術云々の話をしたのは覚えてるか?」

 体術……? えーっと、確か。
 あー、そうだそうだ! 古代遺跡があった国に到着する前。
 武器を構えた状態での足運びを教わった時に、アルムから聞いたことだ。

 体術は全ての武器に通ずる基礎動作の塊で、複数の毛色が違う武器を扱うやつは、総じてまずは体術から会得する、とかなんとか。

「うん、覚えてる。それがどうしたの?」
「リレルはな、その体術から会得しているパターンだ」
「体術から……え? それってつまり……」

「よく見ておけよヒロト。僕とサディエルが、なんで魔術だけじゃなく"戦闘訓練"もリレルに任せたのか、リレルの奴がちょっと特殊なのか、それが分かるぞ」

 ついでに、サディエルはご愁傷様。と、本当に意地の悪い表情でアルムは言う。
 サディエルもこの前言ってたけど、性格の悪さと口の悪さ、欠片も隠さなくなったよね、アルム。

 軽くトントンと右足を床に当てて、靴のズレを直す。
 そして、ゆっくりとリレルは右足を前に、左足は半歩後ろに下げて構える。

「いつでもよろしいですよ、サディエル?」
「……超逃げたい。めっちゃ逃げたい」

 同じようにサディエルも構えて、しばらく2人の間に静寂が走る。
 正直、この時間がオレの中では意外ではあった。

 いやさ、漫画とかだとすぐ殴り合いになるわけじゃん。だけど、実際は本当に互いの僅かな隙をまず探り合うんだ。

 下手に動いた方が負ける。

 まず、じりっ、とリレルが右足を少しだけ前に出す。
 それに反応して、サディエルは逆に右足を同じ距離だけ下げた。

「……さっきの試合もそうだけどさ、基本的にあの足の形から動かさないよな」
「あぁそうだな。右足を半歩前、左足を少し後ろで基本的に戦うわけだ。なんでかわかるか?」

「後ろに下げている左足を1歩前に出す時間が、隙になるから。だよね? さっき、アルムがそれで隙突かれてたわけだし」

 そう、先ほどアルムがサディエルに足払いを食らったのは、不用意に下げていた左足を前に出した結果だ。
 意外かもしれないが、体術の場合はこれが凄まじいほど悪手なのだ。

「さっきのはそれが敗因だった。意外だろ、たった1歩であれなんだ」
「だけど、隙としては十分だったんだよね」

「そうだ。体術は剣や槍を持って戦うのとは違って、リーチがどうしても互いの腕や足の範囲内だ。一瞬で決着がつくことが多い。だからこそ、体術で隙を見つけることが出来るやつは、時間の猶予が出来る武器を持った時に、より強くなる」
「おまけに、体術で足運びを含めた基本的な体の動かし方も学べる……だからこそ、体術は基礎の塊ってわけだね」

 オレの回答に満足そうにアルムが頷く。
 なんつーか、格闘漫画だと結構殴り合いしまくるイメージがあるけど、本当に現実だと全然違うんだよね。

 今、ボクシングとか柔道とか、そのあたりの試合を見ることが出来れば、もっと納得出来るんだろうけど。

「さて、そろそろサディエルが痺れを切らすぞ」

 長いような短いような静寂を破り、サディエルが仕掛ける。
 あえて届かない範囲で右手を突き出す。これは、当てるというよりはジャブのようなけん制に近く、相手に隙を見せてもらう為の動きだ。
 だけど、リレルはその動きを読んでおり、自身の右手でサディエルの手をはたき方向をずらす。

 サディエルの体勢が僅かにずれる。
 その瞬間を狙って、リレルが左腕を引いてその勢いのまま、フック流れでサディエルの頬を狙う。
 それをサディエルは間一髪、頭を左にずらすことで回避する。

「こんにゃろ……!」

 だけど、頭をずらしたことでさらにバランスを崩したサディエルは、そのまま体を捻って、左足をリレルの腰目掛けて蹴り上げる。
 高さ的には中段蹴りに近い形だ。

 しかし、リレルはそのまま左足を大きく前に出して、サディエルの横をすり抜ける形を取った。

「苦し紛れの蹴りの多用はよろしくないと、以前ご忠告いたしましたよね? 直ってりませよ、足癖!」

 そう言いながら、すり抜け様にサディエルの首筋に手刀を当てる動作をする。
 これにて試合終了。あっけないぐらいあっさりと、リレルの勝利となった。
 同時にあちこちから拍手が沸き起こる。

「くっそー……やっぱミスったー!」

「蹴りは威力が高いです。けれど、今みたいに不発になったら無防備な時間も多く隙も出来、見返りは大きいですが、失敗した時の反動も大きな攻撃手段ですよ」
「分かっちゃいるけど、お前に対してはそれぐらいしないと勝てないだろ」
「でしたら、もう少し意表をついてください。武器が壊れて体術で何とかしなければならない時に、一か八かの賭けをしていては本末転倒です」

 そう言いながら、今度はリレルがサディエルを立たせる。
 その光景を眺めていたオレは

「うーん、あっという間過ぎて、少なくとも漫画やアニメ映えだけは絶対しない試合内容」

 と、苦笑いしつつ言ってしまった。

「本来はこうなんだ。体術は特に相手の急所を突くから気絶しやすいわけだし。むしろ長時間殴り合いとか非現実的だ」
「今日だけでそれはなんとなーくわかった」

 一瞬過ぎるけど、隙の探り合いと、ほぼ条件反射に近い反応速度。
 見た目がどれだけあっさりで地味過ぎたとしても、やってることはかなり上級者な内容だ。

「……で、リレルがこれだけ体術出来るってことは、この前の内容からして」
「あぁ。あいつはだいたいの武器を使いこなせるぞ」

 やっぱり。薄々だけど、そんな予感はしていた。

「あれ、けど何でだ? リレルってヒーラーだよね」
「それは……」

「私が、"必要だ"と感じたからですよ」

 オレとアルムの会話に割り込んできたのは、サディエルと共に戻ってきたリレルだった。

「必要だから?」
「はい。医学を学ぶ上で必要だと思ったからです」
「うん、ごめん。わからない!」

 オレは素直に謝ってお手上げポーズをする。
 ヒーラーとして医学を学ぶ上で、何で武器の扱いが必要になるのかがさっぱりです!

「普通はそう思うよな」

 オレの回答を聞いて、サディエルが遠い目しながら言う。

「ではヒロト。いい機会です、少しお話がてら治療についても学びましょうか」
「……えっと、今の流れでなんで治療まですっ飛んだ!?」

 時々リレルの会話内容が、繋がっている話なのに、妙にすっ飛んだ感じになるんだよな……
 おかしい、確か体術の話から、武器の扱い云々だったはずなのに。

 いや、母さんと姉ちゃんの会話とか聞いてると、時々なんで話が変わったってぐらいに、180度違う話題が始まる時とかあるけど、それに近いのか?

「そこまですっ飛んではいませんよ。それに、そろそろ治癒の魔術についてもお話しようと思っていたところでしたので、いい機会です」
「あー……」

 アルムと衝突するほんのちょっと前、もう1か月ほど前のことだ。

 オレは1度、リレルに治癒の魔術について聞きに行ったことがあった。
 当時は、少しでも皆の役に立てるには、ってことで、手っ取り早そうな治癒の魔術に着目してのことだったんだけど……うん、色々ありまして。

 一旦、保留にして貰ってたんだったよね。

 笑顔でオレの返答を待つリレル。
 諦めろと言わんばかりにオレの両肩を叩く、サディエルとアルム。
 逃げ道なんて、最初から存在しないも同然だった。

「……よ、よろしくお願いします」

 蚊が泣くような情けない声で、オレはそう答えたのだった。
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