上 下
13 / 15

みんなに愛されてるらしい

しおりを挟む




 結局この日の仕事は書類の整理だけだった。すっかり目元も冷やし終わってから書類の整理を済ませ、あんなに大量にあった書類は仕分け後すぐに処理されていき、昼前にはすべての書類が片付いていた。セバスチャンがお茶を持ってきたときに机の上の書類がないことに感動していた。

「アルバート様が、仕事をされている……!」

 え、仕事してなかったの。
 思わずそう聞きそうになったが、アルバートに笑顔を向けられて口を閉ざしてしまった。そのまま茶菓子とティーカップ2つにティーポットを置いていった。この2つのティーカップのことを考えると2人で飲めということなのだろうか。

「さあ座って」

 またもや当たり前のようにアルバートは伊織の隣に腰を下ろし、自らティーポットを持った。慌ててその手を止めて伊織が紅茶をティーカップに注ぐ。

「僕が淹れるのに」
「こういうのは執事がやるものです、よね?」

 アルバートは笑みを向けたまま答えない。答えないのなら正解なのだろう。やりたがるだけで、伊織の仕事のはずだ。真白いカップの中にきれいな色の紅茶が落ちていく。きれいな色だ。家にいたときに適当に淹れたティーバッグの紅茶はこんなに透き通っていなかった。やはり淹れ方と茶葉が違うのだろう。庶民には手が出せなそうだ。味も美味しいことを知っている。ここ数日ティータイムでお世話になっていたものだから。

「どうぞ」
「ありがとう」

 静かにティーカップを持ち上げる。優雅な仕草を見ると育ちから違うのだろうなと思うのだ。一口飲んで、うん、と頷いた。

「イオリが淹れてくれたからいつもより美味しいね」
「そんなわけないと思いますよ」

 アルバートの物言いに段々と慣れてきた。この冗談めいたような口説くような物言い。もうここしばらく世話になっている間ずっと聞いていたから一部聞き流すようになってしまった。たまに聞き流せない言葉もあるけれど。

「でも美味しい。ここの紅茶は美味しいですね」
「紅茶好き?」
「そんなに好きじゃなかったんですけど、淹れ方とか茶葉で全然違うんですね。苦みも渋みもなくて、すごく美味しくて好きです」
「そうなんだ。これも食べて」
「え、これアルバートさんのですよ。食べられません」

 茶菓子に持って来られたジャムのクッキーを差し出され、伊織はここしばらく世話になっている間にすっかり胃袋を掴まれてしまったせいで反射的に手を出しそうになったが、これは仕事の合間にアルバートが食べる茶菓子のはずだ。それを執事の伊織が食べるわけにはいかない。

「僕甘いの好きじゃないから」
「え、そうなんですか?」

 それならなぜ茶菓子がティータイムに出てくるのだろうか。甘くない茶菓子だってあるだろうに。好きじゃないと言われてしまえば出されたものは食べなければ。ジャムのクッキーをとりあえずひとついただく。あまりの美味しさに目がきらきらと輝いた。この屋敷は茶菓子も美味しくてたまらない。どれも美味なのだ。ジャムのクッキーはぱさついておらずしっとりとしていてバターの甘みが強い。ジャムの酸味があるものの甘さとちょうどいいバランスだ。

「おいしい……」
「そう? もっと食べて」

 この屋敷に来てから食べてばかりで太りそうだ。出されたものは食べるが、今後は控えたいところだ。この茶菓子はもう少し少なめにしてもらおう。あと甘くない茶菓子を出してもらおうと決める。ついつい手が伸びてしまってジャムのクッキーをすべて平らげた。

「もっと食べるなら持ってきてもらう?」
「いえ! そんなわけには! 大体これはアルバート様のですよ」
「これ多分、イオリのためのやつじゃないかな」
「え」

 ぱちぱちと伊織の瞳が瞬く。てっきりアルバートの休憩用の茶菓子だと思っていたのだが、この茶菓子は伊織のものらしい。普通に働いていて茶菓子って出てくるのだろうか。働いたことがない伊織には分からない。

「いつもお茶しか持ってこないよ、僕には」
「え、そうなんですか? なんで?」
「イオリがいつも美味しそうに食べてくれるから、みんな張り切っちゃったんじゃないかな」
「どうしてですか?」

 その言葉に思わず呆けてしまった。だってそれだと他の使用人やセバスチャンたちが張り切ったということになる。ほとんど関わり合いがなかったのにどうして。

「うーん、イオリが屋敷のみんなに愛されてるってことかなぁ」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【連載】異世界でのんびり食堂経営

茜カナコ
BL
異世界に飛ばされた健(たける)と大翔(ひろと)の、食堂経営スローライフ。

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

影の薄い悪役に転生してしまった僕と大食らい竜公爵様

佐藤 あまり
BL
 猫を助けて事故にあい、好きな小説の過去編に出てくる、罪を着せられ処刑される悪役に転生してしまった琉依。            実は猫は神様で、神が死に介入したことで、魂が消えかけていた。  そして急な転生によって前世の事故の状態を一部引き継いでしまったそうで……3日に1度吐血って、本当ですか神様っ  さらには琉依の言動から周りはある死に至る呪いにかかっていると思い━━  前途多難な異世界生活が幕をあける! ※竜公爵とありますが、顔が竜とかそういう感じては無いです。人型です。

名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~

沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。 巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。 予想だにしない事態が起きてしまう 巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。 ”召喚された美青年リーマン”  ”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”  じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”? 名前のない脇役にも居場所はあるのか。 捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。 「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」 ーーーーーー・ーーーーーー 小説家になろう!でも更新中! 早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!

花屋の息子

きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、立花伊織。 森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___? 瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け の、お話です。 不定期更新。 攻めが出てくるまでちょっとかかります。

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

せっかく美少年に転生したのに女神の祝福がおかしい

拓海のり
BL
前世の記憶を取り戻した途端、海に放り込まれたレニー。【腐女神の祝福】は気になるけれど、裕福な商人の三男に転生したので、まったり気ままに異世界の醍醐味を満喫したいです。神様は出て来ません。ご都合主義、ゆるふわ設定。 途中までしか書いていないので、一話のみ三万字位の短編になります。 他サイトにも投稿しています。

処理中です...