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みんなに愛されてるらしい
しおりを挟む結局この日の仕事は書類の整理だけだった。すっかり目元も冷やし終わってから書類の整理を済ませ、あんなに大量にあった書類は仕分け後すぐに処理されていき、昼前にはすべての書類が片付いていた。セバスチャンがお茶を持ってきたときに机の上の書類がないことに感動していた。
「アルバート様が、仕事をされている……!」
え、仕事してなかったの。
思わずそう聞きそうになったが、アルバートに笑顔を向けられて口を閉ざしてしまった。そのまま茶菓子とティーカップ2つにティーポットを置いていった。この2つのティーカップのことを考えると2人で飲めということなのだろうか。
「さあ座って」
またもや当たり前のようにアルバートは伊織の隣に腰を下ろし、自らティーポットを持った。慌ててその手を止めて伊織が紅茶をティーカップに注ぐ。
「僕が淹れるのに」
「こういうのは執事がやるものです、よね?」
アルバートは笑みを向けたまま答えない。答えないのなら正解なのだろう。やりたがるだけで、伊織の仕事のはずだ。真白いカップの中にきれいな色の紅茶が落ちていく。きれいな色だ。家にいたときに適当に淹れたティーバッグの紅茶はこんなに透き通っていなかった。やはり淹れ方と茶葉が違うのだろう。庶民には手が出せなそうだ。味も美味しいことを知っている。ここ数日ティータイムでお世話になっていたものだから。
「どうぞ」
「ありがとう」
静かにティーカップを持ち上げる。優雅な仕草を見ると育ちから違うのだろうなと思うのだ。一口飲んで、うん、と頷いた。
「イオリが淹れてくれたからいつもより美味しいね」
「そんなわけないと思いますよ」
アルバートの物言いに段々と慣れてきた。この冗談めいたような口説くような物言い。もうここしばらく世話になっている間ずっと聞いていたから一部聞き流すようになってしまった。たまに聞き流せない言葉もあるけれど。
「でも美味しい。ここの紅茶は美味しいですね」
「紅茶好き?」
「そんなに好きじゃなかったんですけど、淹れ方とか茶葉で全然違うんですね。苦みも渋みもなくて、すごく美味しくて好きです」
「そうなんだ。これも食べて」
「え、これアルバートさんのですよ。食べられません」
茶菓子に持って来られたジャムのクッキーを差し出され、伊織はここしばらく世話になっている間にすっかり胃袋を掴まれてしまったせいで反射的に手を出しそうになったが、これは仕事の合間にアルバートが食べる茶菓子のはずだ。それを執事の伊織が食べるわけにはいかない。
「僕甘いの好きじゃないから」
「え、そうなんですか?」
それならなぜ茶菓子がティータイムに出てくるのだろうか。甘くない茶菓子だってあるだろうに。好きじゃないと言われてしまえば出されたものは食べなければ。ジャムのクッキーをとりあえずひとついただく。あまりの美味しさに目がきらきらと輝いた。この屋敷は茶菓子も美味しくてたまらない。どれも美味なのだ。ジャムのクッキーはぱさついておらずしっとりとしていてバターの甘みが強い。ジャムの酸味があるものの甘さとちょうどいいバランスだ。
「おいしい……」
「そう? もっと食べて」
この屋敷に来てから食べてばかりで太りそうだ。出されたものは食べるが、今後は控えたいところだ。この茶菓子はもう少し少なめにしてもらおう。あと甘くない茶菓子を出してもらおうと決める。ついつい手が伸びてしまってジャムのクッキーをすべて平らげた。
「もっと食べるなら持ってきてもらう?」
「いえ! そんなわけには! 大体これはアルバート様のですよ」
「これ多分、イオリのためのやつじゃないかな」
「え」
ぱちぱちと伊織の瞳が瞬く。てっきりアルバートの休憩用の茶菓子だと思っていたのだが、この茶菓子は伊織のものらしい。普通に働いていて茶菓子って出てくるのだろうか。働いたことがない伊織には分からない。
「いつもお茶しか持ってこないよ、僕には」
「え、そうなんですか? なんで?」
「イオリがいつも美味しそうに食べてくれるから、みんな張り切っちゃったんじゃないかな」
「どうしてですか?」
その言葉に思わず呆けてしまった。だってそれだと他の使用人やセバスチャンたちが張り切ったということになる。ほとんど関わり合いがなかったのにどうして。
「うーん、イオリが屋敷のみんなに愛されてるってことかなぁ」
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