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知らない青色

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 がさがさと音がして、不意に意識が浮上した。慌てて体を起こし、辺りを見回す。もしかしたら人間かもしれない。歩き疲れて寝ている場合ではない。体を這う知らない虫たちをはたき落として立ち上がる。脱いだ制服のジャケットを旗代わりにしてぶんぶんと振り、ガラガラの声を張り上げた。

「もしもしー! すみません! 誰か! 助けてくださいー!」

 懸命に張り上げた声が誰かに聞こえていたらいい。せめて人間に出会って、ここがどこだか教えてもらいたい。できれば家に帰りたい。平和で平凡で命の危機がないような、そんな家に。平凡でかわいい幼馴染がいなくたっていいじゃないか。温かなご飯がいつでも食べられて、不真面目でも勉強をして、テストがあって、学校に行けて、少ないながらも友達に会ってくだらない話をして。そんな日常を、愛していたのだ。平凡なままでよかったのに。

「だれかー!」

 人間なら、誰でもよかった。ただ誰かに出会いたくて。
 それが、人間じゃなかったときのことなんて考えてなかった。
 ずしんと辺りが揺れ、異常なほど大きな影が自分を覆う。震える体でその影を見上げたとき、死を覚悟した。こんな知らないところで死ぬのか。

「ヒエ……」

 せめて家族のいるところで死にたかった。死ぬ前に母さんに会いたかった。反抗期でごめんねって言いたかった。
 足はすっかり動かず、地面に座り込むことしかできない。ぬるりと触手のような蔦が伊織の頬を伝い、大きな見たこともない植物が伊織に覆いかぶさるのを待つことしかできなかった。まるで数時間も経ったかのような長い時間の後、どすんと大きな何かが倒れるような音が伊織の体を揺らして、ゆっくりと目を開けた。目が離せなかったはずなのにいつの間にか目を瞑ってしまっていたらしい。

「へ、」

 覆いかぶさっていた見たこともない植物はそこにはいなくて、空も見えない森の中のはずなのに青色がそこに広がっていた。澄んだ突き抜けるような青色から目が離せなくて、伊織は情けない声を上げることしかできない。

「ほあ」
「大丈夫か?」
「だ、だいだいだいだいじょうぶ」

 黄金色に青空の色を持ったうつくしい男がそこにいた。まるで観賞用の美術品のようなうつくしい男に感嘆していると、ひょいと体を抱きかかえられる。その温かさに、伊織はこのよくわからない場所で初めてほっと息を吐くことができた。

「怪我は?」
「た、たぶん、ない」
「擦り傷だらけじゃないか」
「え、わああ、ほんとだ、いたい」

 伊織の世界では映画ぐらいでしか見たことがない高級そうなマントで包まれて、伊織ははくはくと口を無様に動かした。何がなんだか分からないし、目の前の男に抱きかかえられてようやく襲おうとしていた植物が地面に倒れていることに気づいたし、このうつくしい男が誰かも分からないのに旧知の仲のような親しさを感じるし、よく見たら体中擦り傷だらけだし、伊織はただ男の温かさに身を任せて意識を失った。

「あれ、気絶しちゃったのか……まあ、イオリ、こっちでも仲良くしてね」

 気を失う前にそんな言葉を聞いたような気がするけれど、伊織の体はもう限界だった。瞼は動かず、意識もそこで途切れた。

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