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俺のノアなのに
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『ノア、怪我がないか』
頭の中に直接響くようなその声は、間違いなくコネハのものだった。目の前の竜から放たれる声は低く、甘く、ノアの鼓膜を通って脳を震わせた。
「大丈夫っ」
万感の想いで思わず駆け寄ろうとした直前、塔がズン……と重く揺れた。
『ノア、窓から離れろ。屋根を剥ぐ』
「へっ……わ、あ!」
コネハの宣言通りに、窓と共に煉瓦はあっけなく崩れ、浮き上がった屋根の代わりに青空が現れた。室内としての体裁すら保てなくなった空間の上には、大きく羽ばかせた巨大な竜の姿があった。
「神竜様……まさか、そんなっ本物……!」
腰を抜かしたような大神官が、うわ言のように口にしていた。
ノアにしてみれば、コネハたち竜人が竜になれるのことは当然だった。だから特別に驚いたりはしなかったが、竜を神として崇める人間にとっては違ったのだろう。大神官は涙を流しながら、平伏している。私利私欲のために神殿を牛耳りながらも、少しは竜を崇める気持ちが残っていたようだ。
翼を小さく畳み、屋根の無くなった室内にコネハが降り立つ。
「助けに来てくれたの? 僕、コネハに嫌なことばっかり言ってたのに」
『ばぁか。番いの可愛いわがままなんて、いくらでも聞いてやるよ』
細められた竜の瞳は、ただまっすぐにノアを見つめる。ノアはその大きな竜の顔に身体を預けた。ひんやりと冷たい、だけど大好きなコネハだ。擦り寄った身体がフッと離れ、あっという間にコネハの身体は人の姿に戻った。一糸まとわぬその身体に、ノアは慌てて自分のマントを被せる。
「持ってきてるし。おら、おっさん、出せよ」
コネハの言葉に振り返ると、見たことのない男性が身体の埃を払っていた。どうやらコネハが連れてきたようだ。
「やれやれ、この私を小間使いに出来る者は妻だけだと思っていたがね」
苦笑しながらも手元に持ってきた包みをコネハに放り投げた。
声と同様、優し気な顔立ちをした男は、身体はさほど大きくはないものの、がっしりとした厚みがあり、貴族のような恰好をしている。
『ノア、この人間があれだ。飯をくれたおっさん。さっき地下に捕まった時にユネーブが来てさぁ。ノアを無傷で助けるために必要だからって言われて、連れてきた』
確かに以前、コネハが王宮の屋根を根城にしていた際、食事を分けてくれた人間の話をしていた。だがなぜ今?
しかもノアを騙して捕らえたユネーブが、コネハを助け出したようにも聞こえる。
「どういう、こと? ユネーブは敵なの? 味方なの?」
その答えは、先ほどまでコネハの姿に涙を流していた、大神官の言葉にあった。
「なぜ、なぜ陛下がここに……っ! その上、神竜様に乗るとは不届きな!」
「陛下……って。まさか」
ノアの疑問に、大人しくしていたユネーブはうっとりとした表情で笑った。
「ノア。こちらの方がこの国の王、ネシュケード陛下です。長年不正の温床となっていた、神殿の越権行為と腐敗を裁くためにこうしていらっしゃったのです」
その紹介を受けて笑みを浮かべる男は、確かにただ者ではない雰囲気だ。つまり神殿に仕える身であるはずのユネーブは。
「つまり私は元々陛下の手駒。運悪く神官長にまで登り詰めてしまいましたが、ネシュケード陛下に忠誠を誓っております」
全ての謎がスルスルと解けていく。
大神官長を裁くためにノアとコネハを利用したということか。大神官長が床に倒れても手を貸さない理由が分かった気がした。
だがコネハは実にどうでも良さそうな態度で、いつものようにノアの腰を抱き寄せる。
「なんだ。おっさん、人間の王だったのかよ」
「こ、こらっ、コネハ……! す、すいません」
王に対する正式な作法などノアも知らない。だがコネハの砕けた態度はどう考えても、一国の王に対してする態度ではない。
「はっはっは、よいよい。コネハと私はもう友人だ。なあ?」
「はあ? 誰が人間なんかと友達になるかっつーの。厚かましいおっさんだぜ」
失礼なことを言っているにも関わらず、コネハの声音は決して冷たいものではなかった。それは珍しく、彼にしては少なくとも自分の背中に乗せる程度には懐に入れているのかもしれない。
「陛下! わ、儂、いや私を疑っておいでだったのですか? 神殿とは国政に関わらず国教として尊ばれる――」
立場の悪さを自覚したらしい大神官が、唾を飛ばしながら自分の主張を声高に叫ぶ。だがその言葉も、王のやんわりとした、だが断定した声に遮られる。
「大神官よ。もう全ての証拠は抑えてある。お前たちが利益のために先代の神子を害したことも。現れた彼女の息子をも手にかけようとしたことも。そして違法賭博や人身売買、異常な献金についてもな」
「……っこのぉ……っ!」
どうやら全ての罪を暴かれたらしい大神官長は先程までとは打って変わり、往生際悪く王の胸ぐらに掴みかかろうとする。だがそれもすぐにユネーブに弾かれ、再び床へと倒れこむ。
「ぐあ……」
打ちどころが悪かったのか、どうやらそのまま静かになった大神官長を、ユネーブはため息をつき見下ろしていた。
「はあ、ようやくこの十年が報われます。もう今後は御身の元に戻ってよろしいですか。神殿の食事はどうにもお上品すぎて口に合わないんですよ」
「ははは、長い間すまなかったね。だがユネーブならこの男の代わりに大神官長に据えてもいいと思ってるんだけど?」
「遠慮しますよ。全く今でさえ、肩が凝って仕方がないのに」
軽快な応酬を繰り広げる二人は、王とその懐刀のようなものなのだろう。ノアはくるくると変わる目の前の出来事に対応しきれずに、ただポカンとそれらのやりとりを眺めていた。
そんなノアに気づいた王は、茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばす。
「ノアに色目使うなよ、おっさん。俺のだ」
後ろからノアを包むようにして抱き寄せ、グルルと威嚇音を鳴らすコネハの瞳は真剣だ。
「もう……っ、そんなことする訳ないでしょ」
「いや? そうでもないかもしれんぞ?」
「おいっ」
王は王で、そんな冗談でコネハを煽るのだから止めてほしい。
だけど王の表情は思いのほか柔らかく、そして郷愁に浸るようにノアを見つめながらもその後ろにある何かを見ているようだった。
「ノア君。きみは母親によく似ている。その外見も、竜を惹きつけるまっすぐな性格も、彼女によく似て美しい」
「母を……ご存じなんですか?」
ノアの問いに王が口を開き掛けた瞬間。
「死ねえええええ!」
手に握るナイフはどこから取り出したのか。床に蹲っていたはずの大神官長が一番近いノアへと飛びかかってきた。気を抜きかけていたノアは、一瞬その対処に遅れる。
鋭いナイフがノアの身体に刺さる――。
「させねえよ」
だがコネハの長い脚が、あっさりと大神官長の腕を蹴り上げた。カラランと軽い音がして、瓦礫まみれの床にナイフが転がる。コネハの脚はそのまま老人の肩を踏み、背中を押さえた。
「う、うぎいい……っ! なぜ神竜様が……っ! こんな者の味方をするのです!」
コネハを獣人だと侮辱したその口が、今度は崇めるのだからあきれ果てる。獣人でも竜人でも、コネハは自分の味方になってくれると確信していた。
同じようにノアも、何があってもコネハの味方でいたい。
「あのな、おっさん。俺をとやかく言うのはいいぜ。だが俺の番いに手を出そうとしたのは間違いだ。俺たち竜人は、番いを大事にする。番いの親まで殺したやつに、一体誰が手心を加えると思うんだ?」
底冷えするような目で、コネハは大神官長を見下ろした。踏みつけたままの足に重心を乗せると、パキンと軽い音がした。大神官長の骨は、いくつか折れたかもしれない。
「うがああ! あ、あああ!」
「本来なら八つ裂きにして魔獣のエサにでもしたいがな。捌きはおっさんに任せてほしいって言われてるから譲ってやるよ」
そう言いながらもコネハは最後にそのでっぷりとした腹を蹴った。とうとう気を失ったのか、大進館長はもはや何も言わなかった。
「なあおっさん。二度と俺らの前にこいつの姿を出すなよ。うっかり殺しかねぇから」
「ああ分かってる。譲ってくれて感謝する」
それからコネハは身体にグッと力を込めると、一瞬で大きな竜へと変化した。光を受けて輝く銀の鱗が美しい。その爪がついとノアを摘まんだ。そしてそのまま竜の手の中に身体ごと包み込まれる。
「ひえっ? な、なに、コネハ」
『おいおっさん。これで全部解決したんだろ? もうノアがこの国に残る理由はねえはずだ。帰るぞ』
言うが早いか、竜は翼を大きくはためかせ空へと舞い上がった。
「ちょ、ちょっとコネハ! 僕、まだ聞きたい話がっ」
『おっさんも、なんかあれば連絡しろ。じゃあな』
眼下では、王が微笑みながら手を振っている。
「ああ、また追って連絡しよう。竜王にもよろしく伝えておくれ」
『ケッ。親父はそんな大げさなもんじゃねえよ。ただの村長だ』
美しい竜はノアを抱えたまま高度を上げ、大空を舞う。爪の隙間から見える街では、豆粒のように見える人々が、コネハを指さし何か叫んでいる。
明日にはきっと、街中大騒ぎになっているだろう。
だが当の本人は気にした様子もなく、ただ一直線に山へ――竜人たちの住まうあの村へと進路を定めて飛んでいた。
『疲れただろ、着くまで寝てていいぜ。おっさんの長話は終わらねぇからな。適当に切り上げねぇと』
コネハの言葉に、ノアは噴き出した。どれだけ王との話が面倒だったのか。だが王の隣で、嫌がりながらも会話に付き合っているコネハを想像するだけでおかしかった。
『父さんも母さんも、ノアに会いたがってたぜ』
「うん……ごめんね」
両親に会いたい。大切な家族に謝りたい。今のノアは、素直にそう思うことができた。
『直接言ってやってくれ。二人とも、俺が何言っても聞かねぇんだ。全く、昔っからノアを可愛がりすぎなんだよな。俺のノアなのに』
コネハも全くぶれることがない。だけどそんなコネハにノアは何度も救われていた。そしてこれからもきっと、何気ない言葉ひとつで救われるのだろう。
「コネハ。大好きだよ」
大きく傾いた竜の身体は、愛する男の動揺がそのまま現れていて。ノアはそれがおかしくて、嬉しくて、幸せそうな顔で微笑んだのだった。
頭の中に直接響くようなその声は、間違いなくコネハのものだった。目の前の竜から放たれる声は低く、甘く、ノアの鼓膜を通って脳を震わせた。
「大丈夫っ」
万感の想いで思わず駆け寄ろうとした直前、塔がズン……と重く揺れた。
『ノア、窓から離れろ。屋根を剥ぐ』
「へっ……わ、あ!」
コネハの宣言通りに、窓と共に煉瓦はあっけなく崩れ、浮き上がった屋根の代わりに青空が現れた。室内としての体裁すら保てなくなった空間の上には、大きく羽ばかせた巨大な竜の姿があった。
「神竜様……まさか、そんなっ本物……!」
腰を抜かしたような大神官が、うわ言のように口にしていた。
ノアにしてみれば、コネハたち竜人が竜になれるのことは当然だった。だから特別に驚いたりはしなかったが、竜を神として崇める人間にとっては違ったのだろう。大神官は涙を流しながら、平伏している。私利私欲のために神殿を牛耳りながらも、少しは竜を崇める気持ちが残っていたようだ。
翼を小さく畳み、屋根の無くなった室内にコネハが降り立つ。
「助けに来てくれたの? 僕、コネハに嫌なことばっかり言ってたのに」
『ばぁか。番いの可愛いわがままなんて、いくらでも聞いてやるよ』
細められた竜の瞳は、ただまっすぐにノアを見つめる。ノアはその大きな竜の顔に身体を預けた。ひんやりと冷たい、だけど大好きなコネハだ。擦り寄った身体がフッと離れ、あっという間にコネハの身体は人の姿に戻った。一糸まとわぬその身体に、ノアは慌てて自分のマントを被せる。
「持ってきてるし。おら、おっさん、出せよ」
コネハの言葉に振り返ると、見たことのない男性が身体の埃を払っていた。どうやらコネハが連れてきたようだ。
「やれやれ、この私を小間使いに出来る者は妻だけだと思っていたがね」
苦笑しながらも手元に持ってきた包みをコネハに放り投げた。
声と同様、優し気な顔立ちをした男は、身体はさほど大きくはないものの、がっしりとした厚みがあり、貴族のような恰好をしている。
『ノア、この人間があれだ。飯をくれたおっさん。さっき地下に捕まった時にユネーブが来てさぁ。ノアを無傷で助けるために必要だからって言われて、連れてきた』
確かに以前、コネハが王宮の屋根を根城にしていた際、食事を分けてくれた人間の話をしていた。だがなぜ今?
しかもノアを騙して捕らえたユネーブが、コネハを助け出したようにも聞こえる。
「どういう、こと? ユネーブは敵なの? 味方なの?」
その答えは、先ほどまでコネハの姿に涙を流していた、大神官の言葉にあった。
「なぜ、なぜ陛下がここに……っ! その上、神竜様に乗るとは不届きな!」
「陛下……って。まさか」
ノアの疑問に、大人しくしていたユネーブはうっとりとした表情で笑った。
「ノア。こちらの方がこの国の王、ネシュケード陛下です。長年不正の温床となっていた、神殿の越権行為と腐敗を裁くためにこうしていらっしゃったのです」
その紹介を受けて笑みを浮かべる男は、確かにただ者ではない雰囲気だ。つまり神殿に仕える身であるはずのユネーブは。
「つまり私は元々陛下の手駒。運悪く神官長にまで登り詰めてしまいましたが、ネシュケード陛下に忠誠を誓っております」
全ての謎がスルスルと解けていく。
大神官長を裁くためにノアとコネハを利用したということか。大神官長が床に倒れても手を貸さない理由が分かった気がした。
だがコネハは実にどうでも良さそうな態度で、いつものようにノアの腰を抱き寄せる。
「なんだ。おっさん、人間の王だったのかよ」
「こ、こらっ、コネハ……! す、すいません」
王に対する正式な作法などノアも知らない。だがコネハの砕けた態度はどう考えても、一国の王に対してする態度ではない。
「はっはっは、よいよい。コネハと私はもう友人だ。なあ?」
「はあ? 誰が人間なんかと友達になるかっつーの。厚かましいおっさんだぜ」
失礼なことを言っているにも関わらず、コネハの声音は決して冷たいものではなかった。それは珍しく、彼にしては少なくとも自分の背中に乗せる程度には懐に入れているのかもしれない。
「陛下! わ、儂、いや私を疑っておいでだったのですか? 神殿とは国政に関わらず国教として尊ばれる――」
立場の悪さを自覚したらしい大神官が、唾を飛ばしながら自分の主張を声高に叫ぶ。だがその言葉も、王のやんわりとした、だが断定した声に遮られる。
「大神官よ。もう全ての証拠は抑えてある。お前たちが利益のために先代の神子を害したことも。現れた彼女の息子をも手にかけようとしたことも。そして違法賭博や人身売買、異常な献金についてもな」
「……っこのぉ……っ!」
どうやら全ての罪を暴かれたらしい大神官長は先程までとは打って変わり、往生際悪く王の胸ぐらに掴みかかろうとする。だがそれもすぐにユネーブに弾かれ、再び床へと倒れこむ。
「ぐあ……」
打ちどころが悪かったのか、どうやらそのまま静かになった大神官長を、ユネーブはため息をつき見下ろしていた。
「はあ、ようやくこの十年が報われます。もう今後は御身の元に戻ってよろしいですか。神殿の食事はどうにもお上品すぎて口に合わないんですよ」
「ははは、長い間すまなかったね。だがユネーブならこの男の代わりに大神官長に据えてもいいと思ってるんだけど?」
「遠慮しますよ。全く今でさえ、肩が凝って仕方がないのに」
軽快な応酬を繰り広げる二人は、王とその懐刀のようなものなのだろう。ノアはくるくると変わる目の前の出来事に対応しきれずに、ただポカンとそれらのやりとりを眺めていた。
そんなノアに気づいた王は、茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばす。
「ノアに色目使うなよ、おっさん。俺のだ」
後ろからノアを包むようにして抱き寄せ、グルルと威嚇音を鳴らすコネハの瞳は真剣だ。
「もう……っ、そんなことする訳ないでしょ」
「いや? そうでもないかもしれんぞ?」
「おいっ」
王は王で、そんな冗談でコネハを煽るのだから止めてほしい。
だけど王の表情は思いのほか柔らかく、そして郷愁に浸るようにノアを見つめながらもその後ろにある何かを見ているようだった。
「ノア君。きみは母親によく似ている。その外見も、竜を惹きつけるまっすぐな性格も、彼女によく似て美しい」
「母を……ご存じなんですか?」
ノアの問いに王が口を開き掛けた瞬間。
「死ねえええええ!」
手に握るナイフはどこから取り出したのか。床に蹲っていたはずの大神官長が一番近いノアへと飛びかかってきた。気を抜きかけていたノアは、一瞬その対処に遅れる。
鋭いナイフがノアの身体に刺さる――。
「させねえよ」
だがコネハの長い脚が、あっさりと大神官長の腕を蹴り上げた。カラランと軽い音がして、瓦礫まみれの床にナイフが転がる。コネハの脚はそのまま老人の肩を踏み、背中を押さえた。
「う、うぎいい……っ! なぜ神竜様が……っ! こんな者の味方をするのです!」
コネハを獣人だと侮辱したその口が、今度は崇めるのだからあきれ果てる。獣人でも竜人でも、コネハは自分の味方になってくれると確信していた。
同じようにノアも、何があってもコネハの味方でいたい。
「あのな、おっさん。俺をとやかく言うのはいいぜ。だが俺の番いに手を出そうとしたのは間違いだ。俺たち竜人は、番いを大事にする。番いの親まで殺したやつに、一体誰が手心を加えると思うんだ?」
底冷えするような目で、コネハは大神官長を見下ろした。踏みつけたままの足に重心を乗せると、パキンと軽い音がした。大神官長の骨は、いくつか折れたかもしれない。
「うがああ! あ、あああ!」
「本来なら八つ裂きにして魔獣のエサにでもしたいがな。捌きはおっさんに任せてほしいって言われてるから譲ってやるよ」
そう言いながらもコネハは最後にそのでっぷりとした腹を蹴った。とうとう気を失ったのか、大進館長はもはや何も言わなかった。
「なあおっさん。二度と俺らの前にこいつの姿を出すなよ。うっかり殺しかねぇから」
「ああ分かってる。譲ってくれて感謝する」
それからコネハは身体にグッと力を込めると、一瞬で大きな竜へと変化した。光を受けて輝く銀の鱗が美しい。その爪がついとノアを摘まんだ。そしてそのまま竜の手の中に身体ごと包み込まれる。
「ひえっ? な、なに、コネハ」
『おいおっさん。これで全部解決したんだろ? もうノアがこの国に残る理由はねえはずだ。帰るぞ』
言うが早いか、竜は翼を大きくはためかせ空へと舞い上がった。
「ちょ、ちょっとコネハ! 僕、まだ聞きたい話がっ」
『おっさんも、なんかあれば連絡しろ。じゃあな』
眼下では、王が微笑みながら手を振っている。
「ああ、また追って連絡しよう。竜王にもよろしく伝えておくれ」
『ケッ。親父はそんな大げさなもんじゃねえよ。ただの村長だ』
美しい竜はノアを抱えたまま高度を上げ、大空を舞う。爪の隙間から見える街では、豆粒のように見える人々が、コネハを指さし何か叫んでいる。
明日にはきっと、街中大騒ぎになっているだろう。
だが当の本人は気にした様子もなく、ただ一直線に山へ――竜人たちの住まうあの村へと進路を定めて飛んでいた。
『疲れただろ、着くまで寝てていいぜ。おっさんの長話は終わらねぇからな。適当に切り上げねぇと』
コネハの言葉に、ノアは噴き出した。どれだけ王との話が面倒だったのか。だが王の隣で、嫌がりながらも会話に付き合っているコネハを想像するだけでおかしかった。
『父さんも母さんも、ノアに会いたがってたぜ』
「うん……ごめんね」
両親に会いたい。大切な家族に謝りたい。今のノアは、素直にそう思うことができた。
『直接言ってやってくれ。二人とも、俺が何言っても聞かねぇんだ。全く、昔っからノアを可愛がりすぎなんだよな。俺のノアなのに』
コネハも全くぶれることがない。だけどそんなコネハにノアは何度も救われていた。そしてこれからもきっと、何気ない言葉ひとつで救われるのだろう。
「コネハ。大好きだよ」
大きく傾いた竜の身体は、愛する男の動揺がそのまま現れていて。ノアはそれがおかしくて、嬉しくて、幸せそうな顔で微笑んだのだった。
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