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急いでいて

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 開店直前のブブの店では、脚を組んだブブの前に、ノアは小さくなって座っていた。
「で? 突然現れた弟クンと一緒になって二度寝したから、今朝は遅刻ギリギリだったってことなのぉ?」
「う、ごめん」
 頬杖をつくブブに、ノアは今日何度目か分からない頭を下げた。
 普段は始業時間よりも早めに来て、店の外を軽く箒で掃いたりしているのに、今日は本当に遅刻寸前だったせいで何もできてない。
 ブブはそんなノアにニカッと笑って、寝癖がついたままの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「あら、別に怒ってないわよ。ノアはいつも頑張りすぎだから、たまにはそれくらいでいいんじゃない? でも弟さんが訪ねてくるなんてね。ご家族とは不仲だったんじゃないなら、良かったけど」
「う……、うーん」
 ブブにはやはり、ノアが家出してきたと思われていたのだろうか。
 勝手に出てきたため家出と言えなくもないが、もう成人であるノアとしては、どこから説明したらいいのか分からず口ごもる。ブブはそんなノアに「あ、いや、聞きだそうって訳じゃないのよ」と慌てて両手を上げた。
 ブブはブブなりに、ノアを大事にしてくれている。端々に彼の思いやりを感じているノアは、別にそんな些細なことで不快になったりはしない。
「ま、今日は家に弟さんを置いて出てきたんでしょ? 今日は昼が終わったら帰っていいわ。明日は定休日だしね。せっかくだからゆっくり過ごしてちょうだい」
 そう言ってブブは筋肉を見せつけるポーズを取った。これは彼の照れ隠しなのだと、この一週間の間に気づいてしまった。
 ノアはふふっと笑って、ブブに感謝を伝える。
「よぉ~し、じゃあ今日も働きますかね~~。ノア、客席戻しといてね」
「はーい」
 そうして二人はいつものように開店準備をし、戦場のような昼食時を捌ききった。
 まかないの昼食は、ブブが箱に包んでくれた。それも二人分だ。恐縮するノアに、ブブはいいのよぉ、とあっけらかんと笑う。
「今日は大目に作りすぎただけだからね。食べて貰えた方が助かるわ」
 人気の日替わり定食はすぐに売り切れたし、他のメニューも、たとえ余っても夜の営業に回せるものばかりなのに。ブブはまた決めポーズをして、カチカチになった筋肉をムンと見せてくる。相変わらず照れ隠しの下手な人だと、ノアは吹き出してしまう。
 気を遣われてしまった弁当を両手で抱え、ノアは自宅へと急いだ。
 その途中で、ノアは最近教えて貰った、焼き菓子の美味しいお店に立ち寄った。弟はああ見えて甘党で、しょっちゅう甘いものを食べていた。常連に差し入れて貰って食べたことがあるそれは、バターがふんだんに使われていて卵の濃厚な味がした。
「多分、コネハも好きだと思う。あ、こっちもナッツが入ってるんだ? 好きなんじゃないかな」
 男一人、独り言を言いながらあれこれ悩むノアを、店内の女性たちが羨ましそうに見ている。もちろん本人だけが気づいていない。「綺麗な人ね」「馬鹿、好きな人に贈るつもりで選んでるのよ」「いいなあ」そんな声が小さな店内であちこちから囁かれる。
 自分の容姿に無頓着なノアは、もちろん自分がそんな風に言われているなんて露ほども思わなかった。あれもこれもと選んでいるうちに、気がつけば随分荷物が増えてしまった。
「ありがとう」
 やけに愛想良く品物を渡してくれる店員に、ノアは笑顔を向けた。
 すると店内のあちこちから、うっとりとしたため息が漏れる。買った焼き菓子を、夕食の入った鞄の中にそっとしまって、道路へ繋がる店の扉を開ける。
「よし、急いで帰ろう。買いすぎたかな? ううん、コネハはよく食べるもんね大丈夫。あ、飲み物もいるかな? ティーカップも一つしかないから買って帰ろっと」
 早く帰らなければと思いながらも、結局あれこれと買い物をしてしまい、気がつけば周囲は薄暗くなり始めていた。
 それに気付かないほど、ノアは目に見えて浮かれていた。
 普段ならブブに日が落ちる前の帰宅を厳命されているのに、時間を忘れて買い物を楽しんでしまった。そしていつも以上に顔が緩んで、ノアのその神秘的な美しさに親しみやすい雰囲気が加わってしまう。
 本人に自覚はないが、ノアは美しい。竜人たちの彫像のような彫りの深い美形とは違う、どちらかと言えば愛らしい部類の顔立ちだ。ブブがノアを何度も叱るのは、その自覚のながいらぬトラブルを招くことになると知っているからだ。
 歩くノアの後ろから、野太い男の声がかかる。
「よお、アンタ一人だろ。どこに行くんだい?」
「あ、の……? 僕、急いでて」
 ノアがふらふらと夜の道を歩いた結果、どこから現れたのか、よく知りもしない男たちに囲まれてしまう。
 良くない雰囲気を察したノアが後ずさりしかけるも、後ろに一人の男が回った。
 取り囲む男たちは合計四人。背こそノアより少し大きい位だったが、身体の厚みが全く違った。だらしなく着崩した服とニヤニヤとした顔つきのその男たちが、関わっては良くない人間だと流石のノアにも察することができた。
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