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あの子にはまだ

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 一度寝付いたら起きないノアが、その晩は珍しく目が覚めた。
「ん……あ? コネハ。お前また……」
 身体が妙に重いのは、図体の大きな弟がノアを抱えて眠っていたからだ。それぞれ個室を貰っているというのに、何度言ってもコネハはこうしてノアのベッドに潜り込んで来てしまう。寒い冬はいいものの、これから徐々に温度が上がる季節には少々邪魔でもある。
 ノアにとってコネハは可愛い弟だ。子供の頃から、兄ちゃん兄ちゃんと後ろを付いてまわっていたコネハ。今は随分大きくなったけれど、それでも眠る表情は昔からあまり変わっていない気がした。
 眠るとき少し開く唇も、スッと通る鼻も、今は閉じられている長い睫が彩る目元も。きっと何も変わっていないのだろう。穏やかに眠る弟の頬を指でなぞると、迷惑そうに眉根が寄せられた。
「ふふ……」
 弟が慕ってくれるのは嬉しい。口うるさいけれど、ノアを心配して言ってくれているのは分かる。腕力が逆転した子供の頃から、ノアを守ると息巻いていたのも懐かしい。
 自分がこの村の村長になっても、コネハはきっとノアを守ってくれるのだろう。魔獣退治もノアの代わりにやってくれるに違いないし、それをコネハが苦にしないことは、火を見るより明らかだ。
 だけどそれでいいのだろうか。この家に暮らす長男だからといって、力のない自分が村長になるなんて。唯一ある治癒能力も、この村の人々にとっては無用の長物だ。
「水、飲も」
 夜は余計なことを考えてしまう。
 月明かりが差し込む部屋を後にして、ノアが台所へと向かうと、目的地を隔てる扉から灯りが漏れていた。早寝をする両親のどちらかが珍しく起きているのか、そう思うノアの耳に母の声が聞えた。
「ねえ、パパ。そろそろノアに言った方がいいんじゃないかしら。あの子最近不安定で、心配なのよ」
 その言葉に、ノアの身体は凍り付いた。すぐそこに両親がいる。しかも、自分のことを話している。そして恐らくそれは、自分が知りたかったことなのだ。
 ノアはゆっくりと、静かに床を軋ませ扉へと近づいた。
 普段なら耳の良い二人にすぐバレてしまうようなこの行動も、二人の回りに転がる酒瓶のおかげで気づかれていないのは幸いだった。
「いや、まだあの子は子供だ。身体も小さいし、本当のことを言ったら死んでしまうかもしれない。今はまだ、誤魔化して――」
「もうそれが限界だから言ってるんでしょ? ノアは小さくてももう大人よ。賢い、良い子なのよ。私たちの自慢の息子」
 その言葉にノアの胸はキュウと引き絞られる。役立たずだと卑下していた自分を、両親はいつも優しく包み込んでくれる。
「だけど、ノアがここで唯一の人間だと知ったら? この村は竜人たちの村だ。誰とも血の繋がりがないと分かったら、あの子が傷つく。きっと泣いてしまうよ」
「今までだって一緒に暮らしてきたじゃない。たとえノアが人間でも、私たちの愛情は変わらないでしょ? ノアはきっと、立派に村長を務めてくれるわ」
「そうだろうか。パパはまだ反対だよ。あの子の涙には弱いんだ。もしパパを嫌いだと言われたら、立ち直れないよ」
「もう、貴方がそんなのだから、何年も言えなくなってるんじゃない。……でも私もそうね、産んでくれた母親が気になるって言われたら、怖いのよ。あの子がいたのは……麓の人間たちの国の……なんていったかしら、アズーレ……アノーラ?」
「アノーレだよ、あの国の名は。だけど本当に、あの子にはまだ――」
 グラスを傾けながら続いていく両親の会話を、ノアは聞いていることができなかった。
 ズルズルと廊下に座り込みそうになる身体を叱責し、震える指先で扉を開くと、なんとか自分のと部屋に戻った。
 弟が眠るベッドの隙間に身体を滑り込ませ、冷えた身体に布団をかける。
「僕……僕だけ、はは、本当に違ったんだ」
 両親の会話が脳裏で反芻される。
――ノアだけ人間で
――竜人の村
――誰とも血の繋がりがない
 ノアは、自分は異分子だと常に感じていた。だけどまさか、種族すら違うとは思っていなかった。
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