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『気を遣ってあげて』

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 夜になると気が滅入るが、朝ともなればやはり気分は少し上を向いた。
 悩みはあれど、生きていくためには生活をしなければいけない。ノアに甘い家族ではあるが仕事は仕事としてきちんとこなしなさい、と注意されてしまった。
「ま、しょうがないか」
 ノアとていい年をした大人だ。なにもせずに養われている訳にはいかないだろうと、あぐらをかく。今日は母に乾燥させた籐(ラタン)の束を渡された。広場で遊ぶ村の子供を見守りながら、籠作りだ。実際ノアは力が弱い代わりに手先が器用で、作った籠は村で使われるばかりではなく、獣人の国に売っているのだ。
「ノア! こっち、こっち見て! すごいでしょ!」
「ああ、見てるよ。凄いねえ」
 少女はグッとしゃがみ込んでからぴょんと飛び、その高さを誇らしげに見せてくれた。それを見た他の子供たちも、自分も自分もと次々ノアにジャンプをして見せる。そのたびにノアは作業の手を止めて拍手を送るせいで、籠は一向に進まない。だが楽しそうな子供たちを前に、籠編みだけを優先することは野暮に思えた。
 集められた子供たちは三人で、五歳から十歳までだ。
 この村では結婚し番いを得た場合、独立して家を建てる。その多くは子供が増えると建て増しするため、今はめでたく若い親たちは建築ラッシュで忙しい。ノアが子供たちを見てくれるおかげで捗ると、お世辞でも感謝されれば嬉しいものだ。
 昼になれば各自持たされた昼食を広げ、安全な木陰で昼寝をした。遊び疲れてようやく眠る子供たちを微笑ましく見ながら、ノアはその隣でせっせと籠作りに精を出す。用意した霧吹きで籐を濡らし、湿って柔らかくなったところをグイと曲げる。慣れれば手際よく編むことができる。時々編み目を変えたり、編み方を変えるのも面白い。
 そよそよと流れる風は心地良く、今日は二つの籠が完成していた。小さいものの凝ったデザインの手持ち籠と、果物を入れて置いておく籠だ。気付かぬうちに凝ってしまった肩を鳴らすノアは、ほどよい充実感に満たされていた。
 しばらくすると子供たちが目を覚ます。それから再び飽きもせず、楽しそうに遊びに興じるのだ。危険がないかだけを見守りながら、ノアは彼らの側で黙々と籠を編む。
 ふと気がつくと、いつからいたのかノアの隣にコネハが座っていた。だがいつものことだったので、ノアも驚かなかった。気配を感じることがなくとも、ノアの隣には当たり前のようにコネハがいる。
「こっちは終わった。チビたち送って、そろそろ帰ろうぜ」
 コネハはそう言って笑う。それから立ち上がり「おらチビども~!」と魔獣のフリをして襲いかかると、子供たちはキャアキャア笑って逃げ回る。素早い動きのコネハに追い立てられ、子供たちも本気で逃げ回り、周囲には砂埃が立つ程だった。本気を出した子供たちは、普段以上に足が速い。ノアが相手にする時の彼らは、もっとゆっくり走るのに。 
 ノアはただそれだけで、先ほどまで上を向いていた気持ちが落ち込んでいくのが分かった。コネハは悪くないのに、どうして嫌な気持ちになるのだろうかと自己嫌悪してしまう。
 次第に俯くノアの耳に、少女の鋭い声が飛んできた。
「あっ、竜になったら、メッなんだよ~!」
 見れば子供の一人が、コネハから本気で逃げるあまり竜体になっていたらしい。空を飛ぶ灰緑色の竜はまだ小さい。時折、狩り場の方から見える翼とは大きさからして可愛らしいものであった。
 竜人は、人間の姿と竜としての姿、その両方を持っている。これだけ幼い子供すら竜体をとれるのに、ノアはまだ一度も竜になれたことがない。子供の頃はそれでも竜体になるために努力してきたが、今ではもう諦めていた。
 子供竜はハッとしたような顔をして、緩やかに地面へ戻ってきた。コネハがその首を摘まみ上げる。子供の竜とはいえ、その大きさは猪よりも大きい。
「ほら、戻れるか?」
「ううう~」
 どうやら無意識に竜体になったようで、コネハに抱えながらも子供竜は元に戻ろうと必死で唸る。その様子を他の子が周囲ではやし立てた。
「いけないんだいけないんだ~。ノアの前で竜になったら駄目なんだよ!」
「そうだよ! 『気を遣ってあげて』ってママがいってた!」
 その言葉にノアの身体は凍り付いた。コネハまで動きを止めている。
 傷つくべきじゃないと分かっている。この子たちの母親はきっと、ノアへの思いやりから子供たちに言い含めてくれているのだ。ノアが竜体をとれないのは、村の全員が知っている。いつの頃からか、村内では一切竜を見かけなくなっていた。それがノアへの気遣いだと、気付かない程鈍くもなかった。
 だがこんな小さな子供にまで我慢を強いてしまっているのかと、自分が情けなくなるのも事実だ。ノアは、まだ元の人間の姿になろうとする子供竜の前にしゃがみこんだ。
「僕のことは気にしなくていいんだよ。好きな時に竜になってよ。凄くかっこいい」
 ノアがそう微笑むと、子供竜はパッと明るい顔をした。
「だろ! かっこいいよな! うろこはパパと同じ色なんだ。あとね、あとね――」
 楽しそうに教えてくれる話を頷いて聞いていると、「僕も」「私も」と次々竜体をとっていく。薄赤色や黄土色の鱗や翼を嬉しそうにノアに見せてくれる。
 自分に対する複雑な気持ちはあれど、楽しそうな子供たちの話は聞いてて嬉しいものであった。だが一人だけコネハは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。兄に対して過保護な弟は、複雑な気持ちなのかもしれないとノアは思った。だがノアは、コネハに対して竜体にならないようにお願いしたことは一度もない。コネハだけではない。両親も、村の者たちも皆、先回りしてノアを傷つけまいとする。
 そのたびにノアは、自分がか弱く未熟だと言われているような気持ちになってしまう。
「おい。ガキども、そろそろ終わりだ。家へ帰るぞ」
 コネハはノアの周囲に集まる子供たちの間に割って入り、子供竜たちを摘まみ上げる。
「まだノアとあそぶ!」
「しってる、コネハってブラコンってやつなんだろ! ノアをひとりじめする気だ!」
「へっ。チビたちがなに言っても効かねぇなあ! ノアは俺のだからな、悔しかったら俺を倒してみろ」
 大人げなく応戦するコネハの身体を子供たちが叩くが、鍛えられたその身体はびくともしない。それからノアは自分の腕をそっと触って、その差にまた少し落ち込んだ。
「ノアー! 帰ろうぜ!」
 コネハは子供竜たちを腕にぶら下げながら、気がつくと籐の束までその手に持っていた。当たり前のように重いものを持ってくれる。それはコネハの優しさだと十分に理解しているのに、その一方で卑屈な自分が顔を出すのが嫌だった。
 そうして傾いていく太陽と同じように、今日もノアの気持ちは沈み込んでいったのだ。
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