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最終話
しおりを挟む「おじいちゃん、本当に行っちゃうの?帰ってきたばっかりなのに」
日暮れ前になるとおじいちゃんは急に竜界へ戻ると言い出した。折角久しぶりに会えて、また一緒に暮らせると思っていただけに肩を落とす。
玄関前でおじいちゃんは一息着くと、ふわりと光って竜へと姿を変えた。キラキラと光る銀色の鱗が、夕日を受けてとても綺麗だ。
『なあに、若い二人の家で暮らしてもお互い良い事など何もないさ。番いとの蜜月は何物にも代えがたいものだからのお』
竜となったおじいちゃんの声が直接頭に響いてくる。何度聞いても不思議な感覚だ。バサ、とその翼を広げて飛び立とうとするおじいちゃんは、きっと僕が止めても聞いてくれないんだろう。どこかすがすがしい顔をした銀竜を、僕はじっと見詰めた。
クレナイは僕の隣に立ち、そっと僕の肩を抱き寄せた。
「祖父殿、オレは同居でも気にしない。スイの可愛い喘ぎ声を聞かせる気は無いが」
『お前はその辺もっとデリカシーをもて!?』
「若い二人なら抜かずの一晩は当たり前と聞く」
『お前のその知識どこから手に入れたんじゃ!?本当に心配だぞスイ!!』
最後の最後まで掛け合いのようなやり取りをする二人に、感傷的になっていた気持ちは簡単に吹き飛ぶ。そうだ、これが最後の別れではないのだ。
「ね、おじいちゃん。また遊びに来てよ。ここはおじいちゃんの家でもあるんだから」
『ああ、遊びに来よう。そうだ今度はおじいちゃんの番いも連れてこようか。スイを育てたと言ったら会いたいと言っていてなあ――そうだスイ、結界石を持っておいで』
「うん?うん、ちょっと待っててね」
おじいちゃんがこの家を出ていく時に託されていた結界石は、おじいちゃんに代わりずっとこの家を守ってくれていた宝物だ。
大切に箱にしまっていたそれを、僕は家の中から急いで外に持って行った。
『クレナイ、それが何かわかるかの?』
「これはオレの神通力と似たものを感じる。祖父殿のエネルギーの塊か」
石を手に取り矯めつ眇めつ、クレナイはそう言った。
『そうだ、それを私の口元に投げてくれるかい』
「ああ」
クレナイは乞われるままに結界石を放り投げ、それを大きく口を開けたおじいちゃんの大きな口の中に――。
――ゴクン
「え、ちょ……!えっ食べ……た!?」
小さなその石はそのまま飲み込まれ、おじいちゃんはケロリとしている。大丈夫なのか?
『ふむ、問題ない。おまえに結界石として渡した石は、竜人の間では竜塊と呼ばれているものだ。私のエネルギーを凝縮して作ったもの、ただ戻ってきただけのことよ』
「でも……でもそれは……ずっとこの家を守ってきてくれたもので……」
元々がおじいちゃんの物で、おじいちゃんが作ったものだという事は頭では理解している。でも一人きりになった不安な夜も、結界石があったから安心して眠れた、僕にとってはもうお守りのようなものなのに。
『なあに。こんなものよりもお前を守ってくれる者が傍におるではないか。むしろこんな石無い方が良いというもの。なあ、クレナイ』
「ああ。これくらいなら俺にも作れるぞスイ」
『お前本当に言い方気を付けろ!?竜王ぞ!?おじいちゃん元竜王ぞ!?』
最後の最後までじゃれ合うおじいちゃんと、僕の頭にキスを落とすクレナイ。
彼との穏やかな暮らしと、たまに遊びに来てくれるおじいちゃんとで、賑やかな日々になりそうだ。
深まる夕日が隣の番いを赤く照らす。
より一層赤みを増したその赤毛から見えるのは角が二本。この世界では他に見ないその尖りを見つめながら、僕はクレナイがこの世界に来てくれたことを静かに感謝した。
―――― 完 ――――
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