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おじいちゃんとクレナイと僕と

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 積もる話もあるだろうと、クレナイは狩りに出て行った。少し遅い昼食を用意すると言っていたから、外で肉を焼いてくれるのかもしれない。
 僕は少し赤いだろう目元をタオルで擦って、チラリと向かい合うおじいちゃんを見た。

 さらさらと優美な銀髪のかかる、少し長めの耳は竜人の証と昔聞いた。僕の耳とはまるで違うけど、僕にも少しはその竜の血が入っていたのだと、番いを意識した今日、初めて自覚した。

「泣き止んだかいスイ」

「な……泣き止んでるよ……」

 にこりと笑えばそれだけで女性はきゃあきゃあ言う容姿だろうな、おじいちゃんは。おじいちゃんと呼ぶようになってからも全く容姿の衰えもなく、そう呼びかける事への戸惑いもあったけれど本人の希望で呼び続けるうちにすっかり癖になってしまった。
 クレナイとも少し方向は違うけれど、二人とも整った容貌をしているから並んで町に行ったらきっと目立つだろうな。

 そんな風にぼんやりと考えていると、少しおじいちゃんが改まった声を出す。

「のう、スイ。竜界に来るか?」

「へ……?リュウカイ?」

「私の息子が今治めている竜人の住む世界だ。スイの暮らすこの世界では竜人は空の上に住んでいると言われているがそれは違う、正確には我々は違う世界にいるのだが……まあそれは良かろう。
 今までは人族を入れる事は叶わなかった。それ故お前を連れて行ってやる事も出来ず――この森の中で共に暮らしたが風向きが変わった」

 おとぎ話のようだがこの大陸を治める竜人と、それを束ねるこの世界の神「竜王」。

「うん?おじいちゃんの息子が……竜王陛下?」

 という事は、おじいちゃんは前竜王だった、という事?
 驚いて凝視しても、本当ならまさに雲の上の方でひれ伏すのが正しいのかもしれない、けれどもそこにいるのは僕を育ててくれた優しいおじいちゃんだった。

「ああ、あやつに番いが現れたそうでな。その相手が人族だという事で竜界は大荒れだったのだよ。過去に竜界に人族を入れたことなどないからのお……。結局私が中に入る必要もあってな、それでここを留守にしておったという訳だ」

「そう、なんだ。おじいちゃんの……息子さん。竜王陛下にも人族の番い……。おめでとうおじいちゃん」

 僕をこの森で育ててくれたのはそんな理由があったのか。ひょっとして、幼い僕を竜界で育ててくれようと思っていたのかもしれない。
 でもそこがどんなところかは知らないけれど、僕はこの森もこの家も大好きだ。

「誘ってくれてありがと。でも僕――ここがいい。クレナイもいるこの家で、できたらずっと暮らしていきたいんだ。駄目?」

 紫色の瞳はじっと僕を見つめて――そして柔らかく細められる。

「わかっていたよスイ。おじいちゃんが来るのはちと遅かったようだとね」

 クレナイと番う前なら連れて行けたと、そう思っているのかもしれないけれどそれは違う。

「あのねおじいちゃん、番ったクレナイがいるのも理由だけど僕はここが好きなんだ。ここは幸せな思い出がたくさんあるから、僕が離れたくないんだ」

「……っスイぃぃぃぃ!!!お前って子は!!」

「ぎゃっ!」

 激しく抱擁されて、その力強さに口から何かが飛び出そうになる。そういえば子どもの頃からおじいちゃんは何にでも全力で、こうして抱きしめられ意識を飛ばした時も一度や二度じゃなかったな。
 それでも優しい育ての親の腕を振り払うことなく、僕もぎゅうと渾身の力で抱きしめ返す。

 僕を育ててくれてありがとう、おじいちゃん。

――カンッ

「へ?」

 僕たち二人しかいないはずの室内に、固い何かが飛び込んできた。おじいちゃんのギリギリ足元を掠めそうになったそれは。

「や、矢……?」

「おっとすまない手がすべってしまった祖父殿ケガはないか」

 出ていたはずのクレナイが、弓を構えてそこにいた。

「おっと???なんて白々しい男じゃなクレナイいいい?爺が孫をだっこするのすら許せんとはまあ~~狭量な番いよのおおお??」

「すまない祖父殿手が滑った」

「きいいいいい!スイ!やっぱりこの男はやめておけ!他にいい男も女も星の数ほどおるぞ!」

 ぎゃあぎゃあと二人は言い合っているけれど、それはなんだかじゃれ合いのようで楽しそうだ。スイだって当てる気なら間違いなく当てていただろうし、そもそも床に落ちた矢じりにの先は何も付いていなかったのだから彼なりの冗談だったんだろう。
 二人を見ていたらなんだかとてもおかしくて、思わず笑いが零れる。そんな僕に引き摺られたのかおじいちゃんもクレナイも笑い出して、この家はいつになく楽し気だ。

 ああ僕は今一番幸せかもしれない。


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