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自由に生きて欲しいから

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 クレナイは何か言いたげだったが何も言わず、結局僕たちはいつも通り黙々と食事を終わらせ、宿屋の2階に上がった。

「はぁ~、クレナイのおかげで今夜はお布団で寝れるよ~嬉しいっ」

 ベッドに飛び込んで布団にスリスリする。
 野営では味わえないこの感触。今日は固い土の上で寝る覚悟をしていただけにありがたい。お風呂にも入りもう寝る準備は万端だ。

「クレナイ、あんなに早く走れるなんて知らなかったよ!ほんと凄いなぁ」

「ん」

 クレナイは隣のベッドでもう布団に入っていた。
 彼の体が大きくなってからは寝台をもう一つ作り、家でも一緒に寝ることはなくなってしまった。
 あの温かい体を抱きしめることが無くなったのは、少し寂しい。
 抱きかかえられて走り抜けた今日は、久しぶりにクレナイに密着したなと思い返す。

「でもそっか、最近はクレナイ一人で森に行くもんね。知らないうちに大きくなったんだなぁ。もうすっかり狩りも上手だし……僕いつもクレナイに助けられてばかりだ」

「そんなことはない。スイがいないと駄目だ」

 ほーら、こういうトコが優しい。
 クレナイは何でも上手だ。最初の頃こそ僕があれこれ教えたけども、言葉も文字も早くに達者になったし、力もあるし器用だから家のことも何でも出来る。悲しいことに狩りだって料理だって草むしりだって僕より上手だ。
 僕の親代わりだったおじいちゃんが居なくなってから、淋しかった僕の家は彼が来たことで毎日が楽しかった。
 ほんとに、楽しかったんだ。

「ねえクレナイ、あの家出ていってもいいんだよ」

 息を呑む気配がする。
 そうだね、こんな話は初めてする。でも決して、クレナイが嫌いで言うんじゃない。

「クレナイはもうオトナになったみたいだし、僕に合わせて森にいなくてもいいんだよ。気にせず、君は自由に生きていい」

「嫌だ」

 間髪入れずに否定された。
 うん、優しい子だもんね。分かってた。

「クレナイには色んな可能性がある。この町に住んでも良いし、どこかの国を周っても良いだろうし……そうだ、君の故郷を探しても良いんじゃないかな」

「そんなのいらない。スイ、俺はスイの傍がいいんだ。何で急に、そんな事」

 隣のベッドを抜け出し、クレナイが僕の寝転がるそこに腰掛けた。
 ベッドが重みを受けてギシリと鳴る。
 僕も起き上がり、クレナイと向き合った。

「ずっと考えてたんだ。クレナイの気持ちは嬉しいけど、クレナイはもっと可能性がある。若いんだし色んな人と触れ合って見聞を広めて……恋をして。家族を作ってもいいんじゃないか?」

 クレナイはモテる。僕以外にはちょっと愛想が無いけど、それを補うだけの男らしい整った顔立ちと、恵まれた身体。
 この小さな町ですら皆の視線を惹き付ける彼は、ここでもいいし、何処かで出会いを探して、そして幸せになるべきだ。

「俺の家族はスイだけでいい」

 うっ、殺し文句だよ……。
 顔がかあっと赤くなる。
 嬉しいけど、僕じゃ駄目だ、ただの育ての親なんだから。それに僕はあの森の小さな家からは出られない。
 今はいないおじいちゃんに任せられた家だから。僕の大切な場所だから。

 でももし子供が生まれたら、僕をおじいちゃんだと思って遊びに来てくれたら嬉しい。

 そう伝えたら、クレナイは眉間にシワを寄せた。

「へ?」

 急にベッドへと押し倒された。
 何事かと見上げれば、ライトに照らされるクレナイの顔が近い。

「ん……っ!」

 唇が温かいものに塞がれると、口の中にぬるりと舌が入り込んできた。

「ん…、んう……っ!」

 好き勝手に動くそれに驚いて、思わず唇を噛んでしまった。クレナイの。
 あ……血が。
 怪我をさせてしまった事に血の気が引く。

「ご……ごめ……っ」

クレナイは少し驚いた顔をしたが指で唇を拭った。その指についた血を見るとペロリと舐めて。

 ゾクッとするような熱の篭もった視線で僕を眇めた。
 ニヤリと笑うその顔は、今まで育てた僕の可愛い養い子のものでは無かった。

「ちょ……っ!痛ぁ」

 もう一度唇を合わせてきたクレナイは、僕の唇にその尖った犬歯をあててプツリと噛んだ。
 ズキズキと痛むそこからは血が出ている気がする。
 クレナイはそれを気にしないどころか、音を立てて舐める。
 口の中に錆びついた味が広がった。これは僕の血だろうか、それとも彼の?
 混ぜ合わせるように捏ねられる舌が、絡み合う舌にゾクゾクする。

 ぴちゃぴちゃ、じゅるると、聞いたことのない恥ずかしい音が耳に流れ込む。

 僕はなぜか必死になって入り込む舌を受け入れていた。
 驚いたし恥ずかしい。大人の僕が養い子にこんなこと。そう思いながらも初めての口付けが気持ち良くて夢中になった。
 
 舌も頭もしびれてうまく動かなくなった頃、ようやくクレナイが離れた。目をやると顎に伝う唾液をペロリと舐めとる仕草に鼓動が強く跳ねた。
 なんだか、彼がまるで知らない男のように思える。
 こんな男、僕はしらない。


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