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 そうして一週間後。
 再び兄夫婦が現れた。
「どうしたんだアラーラ。随分大人数で歓迎してくれるじゃないか」
 迎え入れた店舗内には、私だけではなく、夫のロアと義両親、そして従業員たちがそろっていた。
 私は兄に言った。
「申し訳ありませんがお金はご用意できません」
 その返事を分かっていたのか、兄はハッと鼻で笑った。
「それは構わないがアラーラ、お前はそれでいいのか? この店の評判が地に落ちても」
 兄は商会を人質にとったつもりかもしれない。
 だけど一度でも要求をのめば、一度で済むような人でもないだろう。
「調べてもらいましたわお兄様。執務を放置して、ご夫婦で遊び歩いているそうじゃありませんか。家は火の車でメイドたちまで解雇するなんて……お兄様の遊んだツケを領民が支払うのは納得いきませんわ」
「納得するもしないも、お前はもうよその人間だろう。貴族のやることに口を出すな」
「よその平民であるこの私に、お金を無心しているはその貴族のお兄様ですわ」
「ああいえばこう言う……。まったく、喋らない方がよかったなお前は」
 その言葉に私は少なからず傷ついた。
 そうだ、私は悲しかったのだ。
 実家にいたときは平気なふりをしていたけれど、兄に仕事を押し付けられて、メイドたちには陰気だと噂をされて、傷ついていたのだ。
 だけどそれは平気だと強がりだったと、知ることができたのは夫であるロアを始めとする義両親のあたたかさがあったお陰だ。
 隣に立つロアの手が、優しく肩を抱いてくれる。
 私は兄をキッと睨みつけた。
「貴方に支払うお金は!!!! 今も未来も!!!! ありません!!!!!」
 そう言った途端、私の大声をかきけすような大歓声が響く。
 見れば店外にも人々が大勢詰めかけていた。いつの間に知ったのか、常連さんたちが集まってきている様子だ。
 格下の私に啖呵を切られて、兄はいらだちを隠さなかった。
「アラーラおまえ……っ! この街にいられなくしてやるからな……!」
 自分の領地でもない場所で、一体何をどうするのかは分からない。私と違ってたしかに社交性はある兄が、どんな悪評を流すのか恐ろしいと思う。
 だけど。
「アラーラ、大丈夫だ」
 隣でロアが微笑む。
「義兄さん。アラーラと縁をつないでくれたことには感謝します。ですが要求には一切応えられません。俺たちは商人だ。貴方みたいな人間に金を出すメリットは感じられないからな!」
 そう啖呵をきる夫は実に頼もしく、カッコよく。
 私は思わずときめきを感じてしまった。
「お前たち……っ! はっ、強がれるのは今だけだ! そのうち泣いて俺に縋りつくだろう!」
 そう兄が叫ぶ。
 だけど私たち一家の方針はもう決まっているのだ。
 大丈夫、一人ではない。夫も義両親も、そして従業員も。同じ気持ちでここに立ってくれている。役立たずだった私を、受け入れてくれているのだ。
 肩を抱く夫の手から、じんわりとしたあたたかさが伝わってくる。
 兄上のいいなりにはならない、そう叫ぼうとした瞬間、甲高い馬の嘶きと激しい蹄の音が近づいてきた。
「な、なんだなんだ!?」
 兄までもが動揺する中、その豪奢な六頭馬車は店頭に止まった。
 そして中から出てきたのは。
「ハァイ、アラーラ。私たち友達でしょう? 困ってるときに頼ってもらえないなんて寂しいわ」
 以前私が助けた一人である老女、改め女傑夫人だった。
 華やかなドレスに身を包む彼女は、左右から美しい男性に手を引かれて馬車を降りてきた。
「じょ、女傑夫人……! なぜ貴女がこんな所に!」
「ん~? 貴方どなた? 末端貴族の顔までは覚えてないのよね。ごめんなさい」
 全く悪びれないその様子は、まさに貴族そのものだ。
 誓って言うが、普段の彼女はこんな居丈高に振舞う人ではない。おそらく兄のプライドを傷つけるために、あえて嫌な言い方をしていたのだろう。
 案の定ショックを受けた様子の兄に、彼女は追い打ちをかける。
「そうそう、思い出したわ。アラーラの兄よね。今度投獄される」
「はあ!?」
「あら、違法賭博に借金、禁止されている薬物に手を出しているらしいし……なによりこの半年、貴族が行うべき領地の執務を放置しているそうじゃない」
「な、なぜそれを!」
 女傑夫人の言葉に私も驚いた。
 兄がそんな事をしているとは知らなかったからだ。
「アラーラを失って、貴方の家の使用人たちもアラーラのしてきた功績を理解したそうよ。私の可愛いワンちゃんたちがちょっと調べたら、出るわ出るわ……埃しかでてこなかったわぁ」
 そういって女傑夫人は、左右に立つグッドルッキングガイたちの顎下を撫でた。
 そうして筒状に丸めた一通の書状を、美男子の一人が兄にポンと渡した。
「陛下からの書状です。男爵位のはく奪と追放、そして今の領地には貴方の従弟が代わりに治める事になっております」
「な、な……、そんな馬鹿な……そん、そんな……!」
 あまりに話がうまく運びすぎて、驚きに声が出ない私に女傑夫人は美しいウィンクをしてみせる。
「ね、アラーラ。みんな貴方の事が好きなのよ。貴方が大切に思っているこの店を、守ってあげたいと思えるくらいには、ね。感謝してくれるなら、またお手製のパンをもって頂戴な。貴方のパンが一番おいしいんだもの」
 茶目っ気を含ませながらそう言う彼女に、私は思わず抱きついてしまった。
 視界の端には脱力する兄の姿があったが、その視界はすぐに滲んでなにも見えなくなる。
「ありがとう!!!!!!!!!!!」
 いまだかつてない大声で叫ぶ私を、周囲は割れんばかりの大歓声で包んでくれた。



 そうしてそれからも店は順調に大きくなった。
 従業員を大事にする家族の姿勢は、従業員たちのやる気にも繋がってくれている。
 女傑夫人とも仲のいい付き合いをさせてもらって、辛い事なんて全く感じられない毎日だった。
 なぜか女傑夫人の一言で私が焼いたパンまで店頭に出すことになったが、皆が喜んでくれるからこれ以上嬉しい事はない。母から私へと伝わるこの不思議な力が、一体いつまであるのか分からないけど。
「幸せね」
 私の言葉には小さな祈りが籠る。
「幸せになって欲しいわ」
 この祈りだけはどうか、無限に叶っていて欲しい。
 手の中に収まる小さな命を撫でながら、私は夫の肩に身体を寄せたのだった。



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