6 / 8
半年後
しおりを挟む
半年後。
ピッツラ商会の売り上げは目に見えて上がった。
義父に見せてもらったそれは、素人の私でも理解できるほどに右肩上がりだった。
モリノー茶を皮切りに、様々な商品が飛ぶように売れたのだ。
微力ではあるが、私も空き時間を利用して街の人々に宣伝した甲斐があるというものだ。
西に転んで身動きが取れないという老女がいれば助けに走り、お礼をと熱心に言ってくれる老女にいつか使ってほしいと家業を宣伝した。
東に原因不明で泣いてる赤子がいれば培った知識を総動員して原因を突き止め、他国の人間だという彼らのために適切な医者を紹介して通訳し、お礼をしたいと言うその家族にさりげなく家業を宣伝した。
その結果、身分を隠した貴族だったという老女が商会を懇意にしてくれたり、泣いている赤子の両親が他国の大商会で新しいパイプができたり、とにかく全ての物事がうまい具合に転がってくれた。
もちろん、今の売り上げが全て私のおかげではない。
もともとあった素晴らしい商会を築いた義両親と夫ロア、そして頑張ってくれる従業員たちの努力があったお陰なのだ。私のしたことは些末な事でしかない。彼らの頑張りが実を結んだだけだ。
そんな店に身を置いている事は、私にとって誇らしかった。
働き者の夫は街でも一目置かれた存在だし、私の質問にも面倒くさがらずに応えてくれる誠実さがあった。気が付けば私は、彼の事を異性として意識するようになっていた。
だけど私とは形だけの結婚だ。
たとえ妻としてでは無理でもいち従業員として、好きな人のそばにいられる事は幸せなものだ。
そう思っていたのだが。
夕食も済み、いつも通りそれぞれの自室で過ごそうとした今、なぜか夫が床に土下座をしているのだ。
謝られる筋合いは何一つないため、混乱を隠しきれない私に夫は謝罪を口にする。
「アラーラ……本当にすまない。俺が悪かった」
「なにも謝る事はありませんが……? どうされましたか。夕飯でピーマンを残したことを気にしているんですか」
「いやそれはそれで申し訳ない。ピーマンだけは昔から食べられなくて……じゃない! ええっと……その、夫婦としての義務を果たしていない事についてだ」
夫の言葉で合点がいった。
私と夫は結婚しているにも関わらず、いわゆるそういった夫婦の営みがない「白い結婚」というものだった。
だが私のような女を押し付けられた夫に同情し、そしてあたたかく接してくれる夫や義両親に感謝こそすれ、恨む気持ちは全くない。
むしろ商会で働くことも、家族のために家事をすることも楽しくて仕方がないので、私としてはロアを責めるもりはなかった。
薄い身体の私は、女性として魅力がない事も知っていたし。
そう伝えるとロアは突然身を起こして私の両腕を掴んだ。
「ち、違う! 俺がいくじなしだったからだっ! そ、その……タイミングを逃がしてしまって……どうにも言い寄るきっかけがなくてだな」
ごにょごにょと呟く夫だったが、こう見えて仕事の時はバリバリと働く良い跡取りなのだ。てきぱきと指示を出し書類をさばくその姿は実に恰好良くて、そんな姿に私も惚れてしまったのだが。
「今更だと思うが、……アラーラ、君が好きだ。愛している」
「愛してる!?!?!?!?!?!? 私をですか!!!!!」
まさかの告白に、私はびっくり思わず大きな声を出してしまった。
ハッとして口元を押さえるが、旦那様は怒りもせずにただ穏やかな笑みを浮かべていた。
「そうだ。俺はきみを愛しているよ」
いざという時にはキメてしまう、旦那様はやっぱりできる商人だ。
「旦那様……私もですわ。お慕いしております」。
初めてのキスは柔らかくて、そしてロアからはなぜか、完売御礼のモリノー茶の匂いがした。
ピッツラ商会の売り上げは目に見えて上がった。
義父に見せてもらったそれは、素人の私でも理解できるほどに右肩上がりだった。
モリノー茶を皮切りに、様々な商品が飛ぶように売れたのだ。
微力ではあるが、私も空き時間を利用して街の人々に宣伝した甲斐があるというものだ。
西に転んで身動きが取れないという老女がいれば助けに走り、お礼をと熱心に言ってくれる老女にいつか使ってほしいと家業を宣伝した。
東に原因不明で泣いてる赤子がいれば培った知識を総動員して原因を突き止め、他国の人間だという彼らのために適切な医者を紹介して通訳し、お礼をしたいと言うその家族にさりげなく家業を宣伝した。
その結果、身分を隠した貴族だったという老女が商会を懇意にしてくれたり、泣いている赤子の両親が他国の大商会で新しいパイプができたり、とにかく全ての物事がうまい具合に転がってくれた。
もちろん、今の売り上げが全て私のおかげではない。
もともとあった素晴らしい商会を築いた義両親と夫ロア、そして頑張ってくれる従業員たちの努力があったお陰なのだ。私のしたことは些末な事でしかない。彼らの頑張りが実を結んだだけだ。
そんな店に身を置いている事は、私にとって誇らしかった。
働き者の夫は街でも一目置かれた存在だし、私の質問にも面倒くさがらずに応えてくれる誠実さがあった。気が付けば私は、彼の事を異性として意識するようになっていた。
だけど私とは形だけの結婚だ。
たとえ妻としてでは無理でもいち従業員として、好きな人のそばにいられる事は幸せなものだ。
そう思っていたのだが。
夕食も済み、いつも通りそれぞれの自室で過ごそうとした今、なぜか夫が床に土下座をしているのだ。
謝られる筋合いは何一つないため、混乱を隠しきれない私に夫は謝罪を口にする。
「アラーラ……本当にすまない。俺が悪かった」
「なにも謝る事はありませんが……? どうされましたか。夕飯でピーマンを残したことを気にしているんですか」
「いやそれはそれで申し訳ない。ピーマンだけは昔から食べられなくて……じゃない! ええっと……その、夫婦としての義務を果たしていない事についてだ」
夫の言葉で合点がいった。
私と夫は結婚しているにも関わらず、いわゆるそういった夫婦の営みがない「白い結婚」というものだった。
だが私のような女を押し付けられた夫に同情し、そしてあたたかく接してくれる夫や義両親に感謝こそすれ、恨む気持ちは全くない。
むしろ商会で働くことも、家族のために家事をすることも楽しくて仕方がないので、私としてはロアを責めるもりはなかった。
薄い身体の私は、女性として魅力がない事も知っていたし。
そう伝えるとロアは突然身を起こして私の両腕を掴んだ。
「ち、違う! 俺がいくじなしだったからだっ! そ、その……タイミングを逃がしてしまって……どうにも言い寄るきっかけがなくてだな」
ごにょごにょと呟く夫だったが、こう見えて仕事の時はバリバリと働く良い跡取りなのだ。てきぱきと指示を出し書類をさばくその姿は実に恰好良くて、そんな姿に私も惚れてしまったのだが。
「今更だと思うが、……アラーラ、君が好きだ。愛している」
「愛してる!?!?!?!?!?!? 私をですか!!!!!」
まさかの告白に、私はびっくり思わず大きな声を出してしまった。
ハッとして口元を押さえるが、旦那様は怒りもせずにただ穏やかな笑みを浮かべていた。
「そうだ。俺はきみを愛しているよ」
いざという時にはキメてしまう、旦那様はやっぱりできる商人だ。
「旦那様……私もですわ。お慕いしております」。
初めてのキスは柔らかくて、そしてロアからはなぜか、完売御礼のモリノー茶の匂いがした。
26
お気に入りに追加
173
あなたにおすすめの小説
夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話
束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。
クライヴには想い人がいるという噂があった。
それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。
晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ
海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。
あぁ、大丈夫よ。
だって彼私の部屋にいるもん。
部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。
夫が大変和やかに俺の事嫌い?と聞いてきた件について〜成金一族の娘が公爵家に嫁いで愛される話
はくまいキャベツ
恋愛
父親の事業が成功し、一気に貴族の仲間入りとなったローズマリー。
父親は地位を更に確固たるものにするため、長女のローズマリーを歴史ある貴族と政略結婚させようとしていた。
成金一族と揶揄されながらも社交界に出向き、公爵家の次男、マイケルと出会ったが、本物の貴族の血というものを見せつけられ、ローズマリーは怯んでしまう。
しかも相手も値踏みする様な目で見てきて苦手意識を持ったが、ローズマリーの思いも虚しくその家に嫁ぐ事となった。
それでも妻としての役目は果たそうと無難な日々を過ごしていたある日、「君、もしかして俺の事嫌い?」と、まるで食べ物の好き嫌いを聞く様に夫に尋ねられた。
(……なぜ、分かったの)
格差婚に悩む、素直になれない妻と、何を考えているのか掴みにくい不思議な夫が育む恋愛ストーリー。
嫌われ王妃の一生 ~ 将来の王を導こうとしたが、王太子優秀すぎません? 〜
悠月 星花
恋愛
嫌われ王妃の一生 ~ 後妻として王妃になりましたが、王太子を亡き者にして処刑になるのはごめんです。将来の王を導こうと決心しましたが、王太子優秀すぎませんか? 〜
嫁いだ先の小国の王妃となった私リリアーナ。
陛下と夫を呼ぶが、私には見向きもせず、「処刑せよ」と無慈悲な王の声。
無視をされ続けた心は、逆らう気力もなく項垂れ、首が飛んでいく。
夢を見ていたのか、自身の部屋で姉に起こされ目を覚ます。
怖い夢をみたと姉に甘えてはいたが、現実には先の小国へ嫁ぐことは決まっており……
私はざまぁされた悪役令嬢。……ってなんだか違う!
杵島 灯
恋愛
王子様から「お前と婚約破棄する!」と言われちゃいました。
彼の隣には幼馴染がちゃっかりおさまっています。
さあ、私どうしよう?
とにかく処刑を避けるためにとっさの行動に出たら、なんか変なことになっちゃった……。
小説家になろう、カクヨムにも投稿中。
守護神の加護がもらえなかったので追放されたけど、実は寵愛持ちでした。神様が付いて来たけど、私にはどうにも出来ません。どうか皆様お幸せに!
蒼衣翼
恋愛
千璃(センリ)は、古い巫女の家系の娘で、国の守護神と共に生きる運命を言い聞かされて育った。
しかし、本来なら加護を授かるはずの十四の誕生日に、千璃には加護の兆候が現れず、一族から追放されてしまう。
だがそれは、千璃が幼い頃、そうとは知らぬまま、神の寵愛を約束されていたからだった。
国から追放された千璃に、守護神フォスフォラスは求愛し、へスペラスと改名した後に、人化して共に旅立つことに。
一方、守護神の消えた故国は、全ての加護を失い。衰退の一途を辿ることになるのだった。
※カクヨムさまにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる