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男娼のラヴィ

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 過去、この世界は獣しかいなかった。様々な獣が弱肉強食のもと、本能のままに生きそして死ぬ。しかしこの世界を管理する神は、ただそんな獣たちを見守る事に飽きてしまう。四足の獣を、二足歩行する獣人へと変化させた。
 彼らは道具を使い、武器を作り、家を組み立て、町を起こした。
「それが獣人の始まり。ふうん……つまりは神様の気まぐれじゃん」
 子供向けらしい絵本をぺらりとめくる。大きな文字で、分かりやすい言葉でかかれたそれは、この世界の成り立ちを知りたいと言ったラヴィへの心遣いだと分かっている。学がないラヴィは、簡単な読み書きしかできない。この娼館に売られ、身体を売り始めてからはずっと、客を喜ばせる事しか教えられてないからだ。
 ラヴィは、男の隣で仰向けにごろりと寝ころんだ。男はそんなラヴィを眺めている。
「バース、せい、について……」
 めくったページの先には、図解がしてあった。獣から、獣人へ。性別が男女のみだったものが、そこに新しくバース性が加わった、と書いてある。
「ああ、バース性か。結局それは神様の失敗だったんだろうな。アルファやオメガなんて、俺たち獣人には不要だったんだからさ」
 男の言う通り図解には、優秀遺伝子であるアルファと劣等遺伝子であるオメガ、と書かれている。その先には、バツ印が付けられていた。獣人の間では大型獣を祖に持つ血筋が一番力を持つ。それは本能的に誰もが感じるものであり、ラヴィのような小型獣の獣人はどう足掻いてもそこには這い上がれない。
 結局のところバース性は、現在殆どがベータと言われている。昔むかしに神様が失敗した歴史、というのが世界の認識だ。
 頭の先にある長い耳が、ぺちゃんと倒れた。
「なんだ、ラヴィ、落ち込んでるのか? 可愛いやつめ。お前がか弱いウサギの獣人だって、俺はお前を愛してるぜ」
「うん……ありがと」
 男はそう言いながらラヴィの尻を揉みしだいた。
「ン……っ」
 気持ちい事も嫌いじゃない。しつこい客には辟易するけれど、誰もがラヴィをお姫様のように扱ってくれたし、一度でも身体を味わえば誰もがラヴィに夢中になる。男よりも柔らかく、女よりも狭くて良いと評判だ。
 加えて可愛らしい顔立ちと、少し我儘なその態度も男たちの情欲を誘うものがあった。
 再び欲望を兆したらしい、この男もその中の一人だ。
 ラヴィはにっこりと笑って、男の身体に腕を回す。
「もう一回したいの?」
「ああ、今度は俺が動いてやるよ」
 ラヴィの両足を抱える男の頭にもまた、犬の耳がピクピクと動いていた。

※※※

 ラヴィの働いている娼館は、町の裏側に位置している。飲み屋や連れ込み宿と一緒に並んだ、少し周囲よりも立派な建物だ。
 幸か不幸か、彼が売られた店はこの街の娼館としては一二をを争う人気店だった。顔立ちが幼くも美しいラヴィは、店主に見込まれ買ってもらうことが出来た。娼館と言ってもピンキリで、夜鷹のような売り方をする者も少なくない。
 だから一人一部屋与えられ、それなりの金払いが出来る客しか取らないこの店で働けた事を、ラヴィは自分の人生で一番の幸運に思っていた。
 首の周りにグルグルとストールを巻く。そしてふと思い出して、頭にもそのストールを巻きつけた。自慢の長い耳も隠してしまえば、誰も自分だとは気付かない、はずだ。
 店が雇っている傭兵に声をかけて、ラヴィは街に出た。逃げ出さないようにと、一定間隔後ろからついてくる傭兵の姿は、ラヴィにとって当然のものだ。
 いつもの店の扉を開けた。二三人入れば身動き取れなくなるだろうこの店内に、入るのはラヴィ一人だけだ。
「こんにちは。爺ちゃん。いつものやつ、くれる?」
 真っ白い髭に長い白髪の老人は、遠目から見ると白いモップのようだ。亀の獣人だというふれこみの薬師は随分長生きで、それ故にラヴィは助けられている。
「……ああ……おまえさんかえ。いつもの……いつものじゃな」
 細かく震える皺くちゃの腕が、後ろの棚から茶色の小瓶を取った。
「獣人ですら発情期など無くなったというのに……この時代にまさか……オメガが生まれるとは……難儀よの。ほれ、受け取れ」
 薬師に手渡された薬は、発情期を抑えるものだ。かつては獣人のそれを抑える用途で、そしてバース性が現れてからはオメガ専用となったもの。バース性すら失われた今の世界では、もう売られているのはこの店だけかもしれない。
 初めての発情期でこの店に出会えたラヴィは、幸運だった。
「だが服用しすぎると子が……授からなくなる……。気を付けや……」
「あはっ、何それ。男娼の僕なら妊娠できない方が正しいでしょ。誰がこんな僕を欲しがるのさ」
 可愛くて、美しくて、少しだけ我儘で、アソコの具合がたまらなく良い。ラヴィは自分を買っていく男たちの、自分への評価をきちんと理解していた。そして「それだけ」だという事も痛い程身にしみて感じていた。
 ラヴィに愛を囁いたその口は、自宅へと帰れば妻へ同じ言葉を贈るのだ。自分を抱いたその腕は、同じように恋人を抱きしめる。
 客に期待を持つのは、男娼になって数か月で終わった。身体を売って二年も経つ今ではもう、自分を身請けする客なんていないだろうと理解していた。愛している、自分だけのものにしたいと言いながらも、誰もがラヴィに一時の快楽以上の物は求めないのだから。
「おや……いるだろう……あの……虎の……」
「ちょ、や、やめてよ! アイツは嫌!」
 噂をすれば影が差す、とはこのことかもしれない。小さな店の小さな扉を、大きな男がくぐってきた。

 

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