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RESTART──先輩と後輩──
狂源追想(その十八)
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煌々と燃え盛る紅蓮の炎をそのまま流し込んだような赤髪に、衝撃によって俺の思考は一瞬にして奪われてしまい、動揺によって意識がこれでもかと掻き乱される。
──そんな、まさか……いや、でもッ!
間違えるはずがない。見間違えるはずがない。俺がその人のことを、見間違えるはずがないのだ。
だって、子供の頃から。夢と希望を信じ切れるはずだったのに、生まれと家と親によって歪められ捻られ曲げられ、自由や意思の尊重など微塵の欠片もなく、最悪の絶望の、底よりもさらに底の真っ只中にいた頃の、齢一桁の頃から。それを救いに、それだけを救いに何度も何度も繰り返し繰り返し、ずっと見ていたから。見続けていたのだから。
謂うなれば、その人こそ夢と希望の象徴。だから、見間違えるはずなんてない。……しかし、あまりにも突然な、これ以上になく唐突な、どうしようもなく非現実めいた現実を。何の覚悟もなく、ただの日常の最中で目撃し受け止めてしまい、結果俺はその場で硬直する他なく、ただただこの位置から眺めることしかできないでいた。
そんな、およそ己の人生の中で最も肝心で大事で大切な瞬間だというのに、一切の行動を起こせないでいる俺の視界の中で。その人は紅蓮の赤髪を小さく揺らし、その顔に頼もしげな笑みを浮かばせながら、依然快活とした声で周囲の冒険者たちに言葉をかける。
「おいおい、お前ら何間抜け面してんだぁ?挨拶くらい返せよな」
と、その人は非難の言葉を呟くが、それはあくまでも言葉だけで、そこに怒りや悪意の類などは一切込められてなどいない。そして、言葉をかけられたことにより我に返ったのか、周囲の内の一人が恐る恐るその口を開かせ、訊ねる。
「い、いや、おい……ラグナ、だよな?お前ラグナなんだよな!?」
そう訊ねられたその人は────────《SS》冒険者、『炎鬼神』ラグナ=アルティ=ブレイズさんは、怪訝そうな表情になりながらも、さも当然のようにはっきりと、こう答えた。
「あぁ?んなの当たり前だろ。俺が一体誰に見えてんだよ」
瞬間、広間は静まり返り。そしてそれは数秒続いた後────
「はあああ!?いや、はああああああッ!?」
「おまっ、今までどこほっつき歩いてやがったんだよ!ホントお前、消える時も急なら現れるのも急だなッ!」
「ていうか、遂に我ら『大翼の不死鳥』の『炎鬼神』様が帰って来やがったよ、おい!」
────という、喧騒に次ぐ喧騒の前に破れ去り、跡形もなく呑み込まれてしまった。凄まじい勢いで騒ぎ立てる『大翼の不死鳥』の冒険者たちに囲まれ、ブレイズさんは不愉快そうに眉を顰めかせ、堪ったものではないと彼が叫ぶ。
「煩えわお前らぁッ!!俺が帰って来ただけでどんだけ馬鹿騒ぎするつもりなんだっ!?」
しかし、そんなブレイズさんの言葉に対して。
「「「三年間何の音沙汰もなかった奴が何言ってやがんだ!!!」」」
と、冒険者たちは全員口を揃え、透かさず反論した。それには流石のブレイズさんも悪いと思っていたようで、彼は口を小さく開いたまま、何も言えずばつが悪そうな表情を浮かべ、ただ固まっていた。
「全く呆れたもんだぜ。俺たちゃぁお前が何も知らねえ子供の頃から面倒見てやってたってのによお。大の男になって、『世界冒険者組合』お気に入りの《SS》冒険者になって、その途端にこれだもんなあ」
「お前さんは世界最強の一人、『炎鬼神』様だけどさぁ。その前に『大翼の不死鳥』の一員でもあるだろうに。なのに三年も勝手にいなくなっちまって……せめて連絡の一つくらいでも寄越せや!」
「そうだそうだ!俺たち『大翼の不死鳥』を軽んじ過ぎてんだ!この恩知らず!」
ブレイズさんが黙っているのを良いことに、当人たち曰くまだ子供だった彼の面倒を見ていたらしい『大翼の不死鳥』の冒険者たちは皆口々に、そして好き勝手に文句をぶつける。
……しかし、それはブレイズさんも看過できなかったようで。彼は眉を引き攣らせながら、わなわなと怒りで震えている声をゆっくりと絞り出す。
「……こっちが、黙ってりゃ……好き放題、言いやがって……!!」
例えるならば、それは噴火直前の活火山。もう既に秒読み段階までに突入しており、このままでは確実に大噴火を起こしてしまう────かに、思われた。
「ていうか、お前まずメルネの姐さんに謝ってこい。一体姐さんがどれだけお前の心配してたか……」
という、一人の冒険者の言葉に。ブレイズさんは硬直した。
「!……ッ」
その上、さらに────いつの間にか受付台から移動していたメルネさんが、気がつけばブレイズのすぐ目の前に立っていた。……それも、今すぐに泣き崩れてしまいそうな表情で。
「……ねえ、ラグナ」
そしてその表情と同様に、メルネさんの声音も弱々しく震えて、掠れていた。彼女の涙で濡れて潤んだ瞳に見つめられながら、そんな声音で話しかけられたブレイズさんの表情が、一気に気不味いものへと様変わりし、その頬に一筋の汗が伝う。……誰がどう見ても、彼は今酷く狼狽していることが手に取るようにわかったことだろう。
だがしかし、そんなブレイズさんの様子など知ったことではないし、構わないとでも言わんばかりに。メルネさんが続ける。
「私、心配したのよ?本当に、心配してたのよ?それに私だけじゃないから。GMやジョニィたちだって、貴方のこと……ずっと、ずっと……」
言っているその途中で、メルネさんは俯いてしまう。そんな彼女に対してブレイズさんは動揺し、たじろぎながらも。何とかその口を開かせた。
「い、いや。えっと、ま、待て。待ってくれ。その何だ、俺にも色々あったつーか、何つーか……あ、あんまり知られたくねえ、事情があっていうか……」
……なんとも言えない、歯切れの悪い返事。そんなブレイズさんの言葉に対して、俯いていたメルネさんがゆっくりと顔を上げる。その瞳は見開かれており、まるで信じられないとでも言いたげに口元を手で覆い隠していた。
「……事情?私やGM、ジョニィたちにも、他の冒険者たちにも言えない、そんな事情があったっていうの……?一体いつの間に、ラグナは『大翼の不死鳥』をそこまで信頼できなくなっていたというの……う、ぅぅぅ……!」
と、メルネさんは悲哀に満ち溢れた言葉を繰り出し、その終いには嗚咽するかのような呻き声を残す。それを間近で目撃してしまったブレイズさんは、溜まったものではないとでも言わんばかりの慌てぶりで、急いで弁明し始めた。
「ばっ……はあっ!?いや何でそうなんだよっ?俺は別に信用とか信頼とかできなかったから話さなかった訳じゃなくて、本当に知られたくねえ事情だったからって訳で……だああああっ!もう面倒くせぇえええッ!?」
依然騒ぎ立てる冒険者たち。今や泣き崩れん様子のメルネさん。そして、この場の雰囲気に完全に圧され、もはやどうしようもなくなっているブレイズさん。結果、あまりにも混沌めいた状況が作り出され、事態の収拾がつけられなくなり始めてしまっていた。
それをどうすることもなく、呆然と傍観していた俺だったが────気がついた時には、もう歩き出していた。
「クッソが!俺が一体何したって……あぁ?」
堪らず今自らが置かれている状況に対して文句を溢すブレイズさんであったが、その途中で胡乱げな声を上げる。それはきっと、こうして目の前にまで俺が来たからだろう。
その髪と同じく、真紅の瞳が俺の姿を捉える。それから物珍しそうに、ブレイズさんが口を開かせた。
「お前、初めて見る顔だな」
すると、透かさずメルネさんがその調子のまま、ブレイズさんに説明する。
「それはそうよ……だって彼、一年前に新しく『大翼の不死鳥』に入ってきた冒険者なんだから。紹介するわね、ラグナ。彼はライザー=アシュヴァツグフ。この一年間、冒険者稼業をしながらもずっと貴方のことを捜し続けていた子よ」
「は?俺のことを、一年間……?」
メルネさんの言葉を聞いたブレイズさんが、当惑したようにそう呟く。当の俺といえば、まだ何も言えないでいた。
──……信じられない。まるで現実じゃないみたいだ。まさか、本当に今……俺の目の前に、立っているだなんて。
早く、早く言わなければ。今すぐ閉じているこの口を開いて、声をかけなければ。そう、本能は急かすのだが、未だに理性が追いつけないでいる。そんな最中、不意に俺の脳裏で想起される、一つの記憶があった。
それは、部屋の中で新聞紙に載せられた一枚の写真を、飽きもせず眺めている子供の自分の姿。その時抱いていた感情が、鮮明に呼び起こされていく。
そして、気がついた時には──────
「……ずっと、ずっと追いかけていました。俺は、あなたのことを……子供の時から、ずっと……!!」
──────そう、俺は心からの言葉を吐露していた。
だが、しかし。
「…………」
ブレイズさんは、黙り込んでいた。彼が浮かべているその表情は────何故か申し訳なさそうなもので。何処か、苦しそうにも思えた。一体それが何を意味しているのか、俺が理解するよりも先に。沈黙していたブレイズさんがその口を開かせる。
「そうか。……でも、悪いな。お前のそれに……俺はもう、応えられねえんだ」
……一瞬、ブレイズさんが何を言っているのか、俺はわからなかった。理解ができなかった。そしてそれをわかろうとする間も、理解させてくれる時間すらも、俺には与えられなかった。
ギギィ──『大翼の不死鳥』の扉が、突如として開かれる。それも遠慮気味に、この上なく静かに、そっと。必然、その場にいた誰もが反射的に開かれた扉の方を振り向いた。
「……あの、すみません。冒険者組合『大翼の不死鳥』って、ここで合ってます……か?」
という、やたらおっかなびっくりに呟かれたその質問に。広間全体に響き渡る、良く通る声でブレイズさんが答える。
「ああ、合ってるよ。ここが『大翼の不死鳥』だ。……お前ら、紹介するぜ」
そして、ブレイズさんはこう言った。
「クラハ。クラハ=ウインドア。今日から俺の────後輩になる奴だ」
──そんな、まさか……いや、でもッ!
間違えるはずがない。見間違えるはずがない。俺がその人のことを、見間違えるはずがないのだ。
だって、子供の頃から。夢と希望を信じ切れるはずだったのに、生まれと家と親によって歪められ捻られ曲げられ、自由や意思の尊重など微塵の欠片もなく、最悪の絶望の、底よりもさらに底の真っ只中にいた頃の、齢一桁の頃から。それを救いに、それだけを救いに何度も何度も繰り返し繰り返し、ずっと見ていたから。見続けていたのだから。
謂うなれば、その人こそ夢と希望の象徴。だから、見間違えるはずなんてない。……しかし、あまりにも突然な、これ以上になく唐突な、どうしようもなく非現実めいた現実を。何の覚悟もなく、ただの日常の最中で目撃し受け止めてしまい、結果俺はその場で硬直する他なく、ただただこの位置から眺めることしかできないでいた。
そんな、およそ己の人生の中で最も肝心で大事で大切な瞬間だというのに、一切の行動を起こせないでいる俺の視界の中で。その人は紅蓮の赤髪を小さく揺らし、その顔に頼もしげな笑みを浮かばせながら、依然快活とした声で周囲の冒険者たちに言葉をかける。
「おいおい、お前ら何間抜け面してんだぁ?挨拶くらい返せよな」
と、その人は非難の言葉を呟くが、それはあくまでも言葉だけで、そこに怒りや悪意の類などは一切込められてなどいない。そして、言葉をかけられたことにより我に返ったのか、周囲の内の一人が恐る恐るその口を開かせ、訊ねる。
「い、いや、おい……ラグナ、だよな?お前ラグナなんだよな!?」
そう訊ねられたその人は────────《SS》冒険者、『炎鬼神』ラグナ=アルティ=ブレイズさんは、怪訝そうな表情になりながらも、さも当然のようにはっきりと、こう答えた。
「あぁ?んなの当たり前だろ。俺が一体誰に見えてんだよ」
瞬間、広間は静まり返り。そしてそれは数秒続いた後────
「はあああ!?いや、はああああああッ!?」
「おまっ、今までどこほっつき歩いてやがったんだよ!ホントお前、消える時も急なら現れるのも急だなッ!」
「ていうか、遂に我ら『大翼の不死鳥』の『炎鬼神』様が帰って来やがったよ、おい!」
────という、喧騒に次ぐ喧騒の前に破れ去り、跡形もなく呑み込まれてしまった。凄まじい勢いで騒ぎ立てる『大翼の不死鳥』の冒険者たちに囲まれ、ブレイズさんは不愉快そうに眉を顰めかせ、堪ったものではないと彼が叫ぶ。
「煩えわお前らぁッ!!俺が帰って来ただけでどんだけ馬鹿騒ぎするつもりなんだっ!?」
しかし、そんなブレイズさんの言葉に対して。
「「「三年間何の音沙汰もなかった奴が何言ってやがんだ!!!」」」
と、冒険者たちは全員口を揃え、透かさず反論した。それには流石のブレイズさんも悪いと思っていたようで、彼は口を小さく開いたまま、何も言えずばつが悪そうな表情を浮かべ、ただ固まっていた。
「全く呆れたもんだぜ。俺たちゃぁお前が何も知らねえ子供の頃から面倒見てやってたってのによお。大の男になって、『世界冒険者組合』お気に入りの《SS》冒険者になって、その途端にこれだもんなあ」
「お前さんは世界最強の一人、『炎鬼神』様だけどさぁ。その前に『大翼の不死鳥』の一員でもあるだろうに。なのに三年も勝手にいなくなっちまって……せめて連絡の一つくらいでも寄越せや!」
「そうだそうだ!俺たち『大翼の不死鳥』を軽んじ過ぎてんだ!この恩知らず!」
ブレイズさんが黙っているのを良いことに、当人たち曰くまだ子供だった彼の面倒を見ていたらしい『大翼の不死鳥』の冒険者たちは皆口々に、そして好き勝手に文句をぶつける。
……しかし、それはブレイズさんも看過できなかったようで。彼は眉を引き攣らせながら、わなわなと怒りで震えている声をゆっくりと絞り出す。
「……こっちが、黙ってりゃ……好き放題、言いやがって……!!」
例えるならば、それは噴火直前の活火山。もう既に秒読み段階までに突入しており、このままでは確実に大噴火を起こしてしまう────かに、思われた。
「ていうか、お前まずメルネの姐さんに謝ってこい。一体姐さんがどれだけお前の心配してたか……」
という、一人の冒険者の言葉に。ブレイズさんは硬直した。
「!……ッ」
その上、さらに────いつの間にか受付台から移動していたメルネさんが、気がつけばブレイズのすぐ目の前に立っていた。……それも、今すぐに泣き崩れてしまいそうな表情で。
「……ねえ、ラグナ」
そしてその表情と同様に、メルネさんの声音も弱々しく震えて、掠れていた。彼女の涙で濡れて潤んだ瞳に見つめられながら、そんな声音で話しかけられたブレイズさんの表情が、一気に気不味いものへと様変わりし、その頬に一筋の汗が伝う。……誰がどう見ても、彼は今酷く狼狽していることが手に取るようにわかったことだろう。
だがしかし、そんなブレイズさんの様子など知ったことではないし、構わないとでも言わんばかりに。メルネさんが続ける。
「私、心配したのよ?本当に、心配してたのよ?それに私だけじゃないから。GMやジョニィたちだって、貴方のこと……ずっと、ずっと……」
言っているその途中で、メルネさんは俯いてしまう。そんな彼女に対してブレイズさんは動揺し、たじろぎながらも。何とかその口を開かせた。
「い、いや。えっと、ま、待て。待ってくれ。その何だ、俺にも色々あったつーか、何つーか……あ、あんまり知られたくねえ、事情があっていうか……」
……なんとも言えない、歯切れの悪い返事。そんなブレイズさんの言葉に対して、俯いていたメルネさんがゆっくりと顔を上げる。その瞳は見開かれており、まるで信じられないとでも言いたげに口元を手で覆い隠していた。
「……事情?私やGM、ジョニィたちにも、他の冒険者たちにも言えない、そんな事情があったっていうの……?一体いつの間に、ラグナは『大翼の不死鳥』をそこまで信頼できなくなっていたというの……う、ぅぅぅ……!」
と、メルネさんは悲哀に満ち溢れた言葉を繰り出し、その終いには嗚咽するかのような呻き声を残す。それを間近で目撃してしまったブレイズさんは、溜まったものではないとでも言わんばかりの慌てぶりで、急いで弁明し始めた。
「ばっ……はあっ!?いや何でそうなんだよっ?俺は別に信用とか信頼とかできなかったから話さなかった訳じゃなくて、本当に知られたくねえ事情だったからって訳で……だああああっ!もう面倒くせぇえええッ!?」
依然騒ぎ立てる冒険者たち。今や泣き崩れん様子のメルネさん。そして、この場の雰囲気に完全に圧され、もはやどうしようもなくなっているブレイズさん。結果、あまりにも混沌めいた状況が作り出され、事態の収拾がつけられなくなり始めてしまっていた。
それをどうすることもなく、呆然と傍観していた俺だったが────気がついた時には、もう歩き出していた。
「クッソが!俺が一体何したって……あぁ?」
堪らず今自らが置かれている状況に対して文句を溢すブレイズさんであったが、その途中で胡乱げな声を上げる。それはきっと、こうして目の前にまで俺が来たからだろう。
その髪と同じく、真紅の瞳が俺の姿を捉える。それから物珍しそうに、ブレイズさんが口を開かせた。
「お前、初めて見る顔だな」
すると、透かさずメルネさんがその調子のまま、ブレイズさんに説明する。
「それはそうよ……だって彼、一年前に新しく『大翼の不死鳥』に入ってきた冒険者なんだから。紹介するわね、ラグナ。彼はライザー=アシュヴァツグフ。この一年間、冒険者稼業をしながらもずっと貴方のことを捜し続けていた子よ」
「は?俺のことを、一年間……?」
メルネさんの言葉を聞いたブレイズさんが、当惑したようにそう呟く。当の俺といえば、まだ何も言えないでいた。
──……信じられない。まるで現実じゃないみたいだ。まさか、本当に今……俺の目の前に、立っているだなんて。
早く、早く言わなければ。今すぐ閉じているこの口を開いて、声をかけなければ。そう、本能は急かすのだが、未だに理性が追いつけないでいる。そんな最中、不意に俺の脳裏で想起される、一つの記憶があった。
それは、部屋の中で新聞紙に載せられた一枚の写真を、飽きもせず眺めている子供の自分の姿。その時抱いていた感情が、鮮明に呼び起こされていく。
そして、気がついた時には──────
「……ずっと、ずっと追いかけていました。俺は、あなたのことを……子供の時から、ずっと……!!」
──────そう、俺は心からの言葉を吐露していた。
だが、しかし。
「…………」
ブレイズさんは、黙り込んでいた。彼が浮かべているその表情は────何故か申し訳なさそうなもので。何処か、苦しそうにも思えた。一体それが何を意味しているのか、俺が理解するよりも先に。沈黙していたブレイズさんがその口を開かせる。
「そうか。……でも、悪いな。お前のそれに……俺はもう、応えられねえんだ」
……一瞬、ブレイズさんが何を言っているのか、俺はわからなかった。理解ができなかった。そしてそれをわかろうとする間も、理解させてくれる時間すらも、俺には与えられなかった。
ギギィ──『大翼の不死鳥』の扉が、突如として開かれる。それも遠慮気味に、この上なく静かに、そっと。必然、その場にいた誰もが反射的に開かれた扉の方を振り向いた。
「……あの、すみません。冒険者組合『大翼の不死鳥』って、ここで合ってます……か?」
という、やたらおっかなびっくりに呟かれたその質問に。広間全体に響き渡る、良く通る声でブレイズさんが答える。
「ああ、合ってるよ。ここが『大翼の不死鳥』だ。……お前ら、紹介するぜ」
そして、ブレイズさんはこう言った。
「クラハ。クラハ=ウインドア。今日から俺の────後輩になる奴だ」
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