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ARKADIA──それが人であるということ──
ARKADIA────本当にすみませんでした
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依頼の調査対象である森は、オールティアの付近に広がる森と大体同じようで、しかし大気に漂う魔素の量は倍以上だ。それにオールティアの森よりも緑は濃く、見たことのない摩訶不思議な植物も数多く発見した。
だがその反面、魔物は少なかった。森に入ってから一時間ほど経つが、遭遇したのはこの森の魔素の影響を受けて、生態が若干変化したスライムくらいだ。まあスライムは全大陸にかけて生息しているので、特徴と言える特徴にはならないのだが。
『輝牙の獅子』から受けたこの依頼はあくまでも森林調査であるが、別に魔物退治を制限されている訳ではない。なので調査がてら、先輩のLv上げに魔物も倒したかったが……ここまで遭遇しないとは。
森を進みながら、ふと僕は思い出す。『輝牙の獅子』から出る前に、GMであるアルヴァさんに声をかけられたことを。
────アンタら、今日馬鹿娘……フィーリアと会ったかい?────
そしてその後にぽつりと呟かれた、選択という単語。……これがどうしても、頭の片隅に引っかかる。
──それに……。
『輝牙の獅子』を出た後、僕と先輩は偶然サクラさんにも会った。彼女も彼女で『輝牙の獅子』に用があったらしい。
そして訊ねられた──フィーリアさんの行方を。話を聞けば、サクラさんも昨日からフィーリアさんとは全く顔を合わせていなかった。これを聞いて、流石に僕もおかしいと思ってしまった。
──フィーリアさん、なにか……なければいいんだけど。
今思い返せば、このマジリカに訪れてからフィーリアさんの様子は、何処かおかしかったように思える。いや、おかしいというよりは……思い詰めているような、なにかに追い詰められているような。余裕のない切羽詰まった雰囲気をどことなく発しているようだった。
僕の心に、言い様のない不安が染み込んでくる。今この瞬間にでも、自分の知らないところで重大な出来事が起きているんじゃあないかと、そう考え込んでしまう。
──気の、せい……そうだ。たぶん気のせいだ。フィーリアさんだぞ?フィーリアさんに限って、なにかあるなんてない……。
それら全てを振り払うように、僕は頭を振るう。そして視線だけを後ろの方へやった。やって、少しばかり後悔する。
──先輩……まだ、機嫌が直ってないのか……。
先輩は、仏頂面で黙って僕の後ろを歩いている。余談ではあるが、森に入ってからその口を一切開いていない。会話らしい会話など、一つもなかった。
今日の先輩は凄まじかった。凄まじい機嫌の悪さだった。正直こんな先輩は初めてだ。もうどうすればいいのか、僕はわからない。
そもそもの話だ。一体どうしたって先輩はこんなに怒っているんだろう。今朝の罵倒といい、この不機嫌といい……本当になにがあったんだろうか。いや、一体僕がなにをしたというのだろうか。
胃が痛くなる沈黙に堪えながら、僕は視線を前に戻し振り返る。僕が知らない内に、または気がつかない内に先輩の機嫌をすこぶる損ねるような行いを働いていたのかを。昨日から今この瞬間まで己の行動を思い出してみるが──駄目だ、なにも見当たらない。思い当たる節がない。
──そろそろ、僕の心が限界を迎えそうだ。
どうにかしてこの状況から脱したいと必死に考えた末────ふと、僕は思い出した。
──あ。
無意識に零れる声と共に、想起される昨夜の光景。寝台に横たわり、あまりにも無防備な寝姿を曝け出していた先輩。寝間着と表すのにはいささか頼りない、薄布一枚に身を包んだその艶姿に、男としての本能を刺激され手を出してしまいそうになり、辛くも抑え込んだ僕の行いを。
……いやしかし。あの時先輩は眠っていた。すうすうすやすやと可愛らしい寝息を漏らしながら、あの寝台の上で眠っていたはずだ。
…………まさか、とは思うが、しかし。考えてみればみるほどに、原因らしい原因がこれしか思い当たらない。これしか、見つけられない。
「…………」
じっとり、と。僕の背中に冷や汗が滲み出す。突如として浮上してきた一つの可能性を前にして、僕はこの二十年間生きてきた人生の中で、恐らく一番と言えるだろう焦燥感と切迫感に呑まれそうになっていた。
僕は一体どうするべきなのか。どうしたらいいのか──その答えは、数秒と経たずに頭の中で弾き出される。それと同時に、僕はその場で足を止めた。
「……?クラハ?」
目の前を歩いていた僕が、唐突に止まったことにより、先輩が否応なしにその口を開く。この森に入ってから、初めての第一声である。
「先輩」
僕は先輩の方に振り返らず、言った。
「休憩、しましょう」
僕と先輩はある程度開けた場所を見つけ、周囲に魔物がいないことを入念に確認し、休憩をすることにした。そして真っ先に僕が起こした行動は────
「この度は……本当に、本当にすみませんでしたぁぁぁぁ!」
────先輩に土下座することであった。
だがその反面、魔物は少なかった。森に入ってから一時間ほど経つが、遭遇したのはこの森の魔素の影響を受けて、生態が若干変化したスライムくらいだ。まあスライムは全大陸にかけて生息しているので、特徴と言える特徴にはならないのだが。
『輝牙の獅子』から受けたこの依頼はあくまでも森林調査であるが、別に魔物退治を制限されている訳ではない。なので調査がてら、先輩のLv上げに魔物も倒したかったが……ここまで遭遇しないとは。
森を進みながら、ふと僕は思い出す。『輝牙の獅子』から出る前に、GMであるアルヴァさんに声をかけられたことを。
────アンタら、今日馬鹿娘……フィーリアと会ったかい?────
そしてその後にぽつりと呟かれた、選択という単語。……これがどうしても、頭の片隅に引っかかる。
──それに……。
『輝牙の獅子』を出た後、僕と先輩は偶然サクラさんにも会った。彼女も彼女で『輝牙の獅子』に用があったらしい。
そして訊ねられた──フィーリアさんの行方を。話を聞けば、サクラさんも昨日からフィーリアさんとは全く顔を合わせていなかった。これを聞いて、流石に僕もおかしいと思ってしまった。
──フィーリアさん、なにか……なければいいんだけど。
今思い返せば、このマジリカに訪れてからフィーリアさんの様子は、何処かおかしかったように思える。いや、おかしいというよりは……思い詰めているような、なにかに追い詰められているような。余裕のない切羽詰まった雰囲気をどことなく発しているようだった。
僕の心に、言い様のない不安が染み込んでくる。今この瞬間にでも、自分の知らないところで重大な出来事が起きているんじゃあないかと、そう考え込んでしまう。
──気の、せい……そうだ。たぶん気のせいだ。フィーリアさんだぞ?フィーリアさんに限って、なにかあるなんてない……。
それら全てを振り払うように、僕は頭を振るう。そして視線だけを後ろの方へやった。やって、少しばかり後悔する。
──先輩……まだ、機嫌が直ってないのか……。
先輩は、仏頂面で黙って僕の後ろを歩いている。余談ではあるが、森に入ってからその口を一切開いていない。会話らしい会話など、一つもなかった。
今日の先輩は凄まじかった。凄まじい機嫌の悪さだった。正直こんな先輩は初めてだ。もうどうすればいいのか、僕はわからない。
そもそもの話だ。一体どうしたって先輩はこんなに怒っているんだろう。今朝の罵倒といい、この不機嫌といい……本当になにがあったんだろうか。いや、一体僕がなにをしたというのだろうか。
胃が痛くなる沈黙に堪えながら、僕は視線を前に戻し振り返る。僕が知らない内に、または気がつかない内に先輩の機嫌をすこぶる損ねるような行いを働いていたのかを。昨日から今この瞬間まで己の行動を思い出してみるが──駄目だ、なにも見当たらない。思い当たる節がない。
──そろそろ、僕の心が限界を迎えそうだ。
どうにかしてこの状況から脱したいと必死に考えた末────ふと、僕は思い出した。
──あ。
無意識に零れる声と共に、想起される昨夜の光景。寝台に横たわり、あまりにも無防備な寝姿を曝け出していた先輩。寝間着と表すのにはいささか頼りない、薄布一枚に身を包んだその艶姿に、男としての本能を刺激され手を出してしまいそうになり、辛くも抑え込んだ僕の行いを。
……いやしかし。あの時先輩は眠っていた。すうすうすやすやと可愛らしい寝息を漏らしながら、あの寝台の上で眠っていたはずだ。
…………まさか、とは思うが、しかし。考えてみればみるほどに、原因らしい原因がこれしか思い当たらない。これしか、見つけられない。
「…………」
じっとり、と。僕の背中に冷や汗が滲み出す。突如として浮上してきた一つの可能性を前にして、僕はこの二十年間生きてきた人生の中で、恐らく一番と言えるだろう焦燥感と切迫感に呑まれそうになっていた。
僕は一体どうするべきなのか。どうしたらいいのか──その答えは、数秒と経たずに頭の中で弾き出される。それと同時に、僕はその場で足を止めた。
「……?クラハ?」
目の前を歩いていた僕が、唐突に止まったことにより、先輩が否応なしにその口を開く。この森に入ってから、初めての第一声である。
「先輩」
僕は先輩の方に振り返らず、言った。
「休憩、しましょう」
僕と先輩はある程度開けた場所を見つけ、周囲に魔物がいないことを入念に確認し、休憩をすることにした。そして真っ先に僕が起こした行動は────
「この度は……本当に、本当にすみませんでしたぁぁぁぁ!」
────先輩に土下座することであった。
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