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ファルロの蜜月【9】

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 三日後の朝、屋敷に皇帝アリュシアンからの使者たちがやって来た。ちょうど晴れ間だったこともあり、一連の儀礼は中庭で行われることになった。
 雪の上をラズワートが進む。ファルロが用意した礼服はよく似合っていた。深い青色の生地に、金糸銀糸で品のいい刺繍が施されており、ラズワートの凛とした佇まいを引き立てている。あらゆる伝手と権力を使った甲斐があったと頷く。
 ラズワートは使者たちの前に跪き、口上を静かに聞いた。堂々とした振る舞いは、やはり辺境伯という重責を全うしただけあった。

「そなたの名をラズワート・アールジュに改める。新たな帝国の民よ。皇帝の臣下よ。誇りある我らが同胞よ。そなたの身分、義務、自由は、例え何人たりとも奪うことは出来ない」

 やがて、ラズワートに帝国民籍が与えられ、隷属の首輪が外されることが宣言された。名は変わらないが、姓名はゴルハバル帝国風に改められた。

「この時より、隷属の首輪は破棄する。そなたの生と魂に幸あれ」

 口上の後、魔法使いによって首輪が外された。瞬間、屋敷中の使用人と配下たちが歓声を上げて寿いだ。

「おめでとうございます!アールジュ様!」

 ラズワートは軽くなった首筋を軽く撫でてから立ち上がった。周囲に身体を向け、右手で拳を作り左手でそれを包む。ゴルハバル帝国における最敬礼だ。この国で生きていく覚悟を示したことに、ファルロの胸がいっぱいになる。

「皆に感謝を捧げる。俺はまだ、この国について学び始めたばかりだ。迷惑をかける事もあるだろうが、これからもよろしく頼む」

「我らにお任せ下さい!ご心配はいりません!」

「どちらかというとルイシャーン閣下の方が迷惑……いや、なんでもありません」

「おめでとうございます!痴話喧嘩はほどほどにして下さいね!」

 ファルロは、好き勝手に叫ぶ者たちに苦笑いを浮かべつつラズワートの側に行き、跪いた。緊張する。少しだけ声が揺れた。

「ラズワート・アールジュ様。どうか私の番となり、生涯を共にして下さい」

 シン……。と、場が静まる。「何を今更」と、誰かが言ったが聞かなかった事にした。自分でもそう思うが、大事なことなのだ。
 自由になったラズワートに、自ら選んでもらいたい。
 わずかな間をおいて、衣擦れの音がした。見上げると、ラズワートが手を差し伸べている。

「ファルロ・ルイシャーン。俺はすでにお前の番だ。俺の全てはお前のものだ。生涯を共にすると誓おう」

 ファルロは差し出された手の甲に口付け、万雷の拍手を聞いた。
 その後、使者たちも交えて盛大な宴が開かれた。今日は無礼講だ。使用人や配下たちも思うままに飲んで食べる。

「さあさあ!マフドたちが腕をふるいましたよ!まだまだ出ますから食べてください!」

 食堂には、いつも以上に豪華な食事が並んでいた。ラズワートの好物と、ファルロが食べさせたかった料理ばかりが並んでいる。
 飲み物は上物の赤葡萄酒、青葡萄、花で香りづけた果汁、花紅茶などがあふれんばかりに振る舞われた。
 鍋ごと置かれているのは、銀月鳥と豆の煮込みなど煮込み料理やスープ各種。
 色鮮やかで目を惹くのは、香辛料の黄色、香草の緑、挽肉を混ぜた茶色の三層で型抜きされた焼き飯。よく肥えた赤丸魚のリモン香草焼き。
 小麦のかぐわしい香りは、焼きたての平パンとふわふわした丸パン。
 炭と脂と香辛料の強烈な香りは、銀毛羊肉、銀毛羊の挽肉団子、歌金鶏の肉、紅茄子などの串焼きたち。それに、銀毛羊肉の様々な骨つきの部位を煮込んだもの、焼いたもの。
 ピスタスやアルモンドの実の焼き菓子、雪菓子、蜜漬け焼き菓子まで用意してある。
 ラズワートがファルロ以外と食事するのは久しぶりだ。大いに食べて話している。けれど、ファルロの側からは離れなかった。柔らかく微笑みながらファルロを甘やかす。三日前はかなり照れていたが、どうやら開き直ったらしい。

「俺の可愛い狼、俺の番、そんな不安そうな顔をするな。心配で離れられないだろう?」

「ううっ!格好良い!今すぐ襲いたい!」

「ルイシャーン閣下、人前ですよー。聞いてねえなありゃ。アールジュ様をいつの間にか膝に乗せてるし」

「うわー!腰の撫で方がいやらしい!ケダモノ!節度をお忘れですよー!」

「アールジュ様も甘やかしすぎだよなアレ」

「どうかと思う」

 楽しい宴は夕方まで続いた。

◆◆◆◆◆

 宴は夜になる前に解散し、ファルロとラズワートは支度を整えた。といっても、互いに早朝の内に風呂は済ませてある。いつものように、前あわせの夜衣に着替えるぐらいだ。ただし、いつもと違って生地は絹製で薄い。肌が透けて見えている。共に上着を羽織ってはいるが、それでもファルロからすれば扇情的な姿なので、使用人や配下たちは全員引っ込ませた。覗きも禁止だ。
 改めて、ラズワートを賓客の庭園から母家に案内する。賓客の庭園から出たのは初めてだが、気もそぞろだ。宴の最中はともかく、今はこの先の行為のことしか考えられないらしい。

「お前の寝室は遠い。遠すぎる」

 母家の最上階だ。かなり距離がある。

「すみません。距離をとらないと、いつ貴方を襲うかわからなかったので……」

「そうか。これからはその必要はないな」

「ええ。貴方さえよければ近くに……いやしかし、賓客の庭園に通うのも趣きがあるんですよね」

「そういうものか?俺はさっさと触れたいが……」

「私もです。……ここです。どうぞお入り下さい」

 戯れているうちに寝室に着いた。
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