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ファルロの蜜月【1】*

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 一時間後。ファルロはラズワートの寝室の扉を叩いて招かれた。部屋の中はランプの小さな光が一つだけで、薄暗く肌寒い。
 ラズワートは寝台の端に座っていた。ファルロと同じく、ゆったりした前開きの夜衣を着ている。隷属の首輪はしているが、夜衣以外は下着すら着ていないはずだ。しかも、枕元にはこれ見よがしに閨のための香油と軟膏が転がっている。ファルロは頭の血管が切れそうだった。

「来てくれたか」

「ええ。隣に座ってもいいですか?話したいことがあります」

 ラズワートは頷き、少し困ったような顔になった。

「貴殿は慎重だな。まだ手を出さないのか?」

「出したくて仕方ないです。ですが……私は貴方を傷つけたくない」

「俺が傷つく?ああ、確かに腕の傷は多少開くかもしれないな。尻も使った事がないから勝手がわからんし……。一応、教えられた通りに洗ってゆるめたが」

 やはり男同士は初めてなのか。というか、自分でゆるめただと?ファルロの欲望が喝采を上げてラズワートに飛びかかろうとしたが、なんとか理性で捩じ伏せた。尻尾はちょっと揺れた。

「そうではなく!……貴方たちの国では私の想いは罪でしょう。同性同士なのですから。それに……貴方はいつか、アンジュール領に帰るべき人だ」

「なるほど……杞憂だな。アンジュール領では同性愛は忌避されていない。それに」

 ラズワートは優しい笑みを浮かべる。
 腕を伸ばし、ファルロの頭と背中を抱き寄せ……。

「安心しろ。俺が……」

 そして、あることを囁いた。
 しばし、ファルロは戸惑い固まった。それほどに、囁かれた内容は衝撃だった。しかし、これまで感じた幾つかの疑問に説明がつくのは確かだった。

「では……貴方は……なるほど、そういう事でしたか」

「幻滅したか?」

「まさか!アンジュール卿、私が貴方に幻滅するなどあり得ません!」

 ファルロは即座に否定し、ラズワートの目を真っ直ぐ見つめて宣言した。金混じりの青い目が、安堵からか微かに潤んだ。

「ラズワートだ。その名はもう……。だから呼んでくれ」

 声と手のひらがわずかに震えた。目に縋るような色が混じる。

「俺を呼んでくれ。貴殿の声で、ただのラズワートの名を呼んでくれ。俺はずっと呼ばれるのを待っていた。もう待たせないでくれ」

 懇願する声と眼差し。ファルロはようやく腹を括った。

「ラズワート」

 呼んだ瞬間、蕩けるような笑みが浮かんだ。
 微笑む唇に唇を重ねる。ラズワートの唇は柔らかくファルロを受け入れた。ほんのりと青葡萄酒の香りと味がし、さらにその奥からラズワートの唾液の味や肌の匂いを感じた。

「んっ……ふぅ……っ!……はぁ……」

 甘い吐息を食らうように口付けを深くする。ラズワートは陶然とした顔で応えた。舌使いのたどたどしさに喉が鳴る。
 夜衣の上から肌を撫でつつ、寝台の上に押し倒す。外れた互いの唇の間に唾液の糸がかかり、ランプの光がいやらしく照らした。
 糸が切れ、たらりとラズワートの口元を濡らす。金混じりの青い目は潤み、健康的な色の肌は赤みを増し、壮絶な色気を放っていた。
 このような顔もするのかと、静かに感動した。ファルロの想い人は、どんな表情も愛しい。いくら見つめても飽きない。

「ラズワート。貴方を愛しています。私は……私は、初めてお会いした時からずっと貴方が欲しかった。戦いたくて、番にしたくて堪らなかった」

「俺もだ。苛烈で容赦のない戦い方も、俺を食いたくてたまらないと叫ぶ目も、深くてよく響く声も、明るくて甘ったるい笑顔も……十幾つも歳下の人質相手に、臆病な恋をしているところも愛している」

 金混じり青い目が、夜の香りの甘い笑みが、欲をくすぐる声が、ラズワートの全てがファルロの理性を奪う。ファルロは、ラズワートを喰らい尽くすことを望みながら、その日が来るのを恐れていた。だが違う。逆だった。ようやく気づいた。ラズワートは哀れな獲物などではない。ファルロの欲望ごと、ファルロを食い尽くす者だ。

「私の名も呼んでください。ファルロと、貴方の唇で呼ばれたい」

「ファルロ……んんっ!」

 感極まり、再び口付けた。先ほどよりも激しく舌を絡め合う。ラズワートの口から唾液が溢れるまで味わった。
 唇を解放し、夜衣を脱がしていく。
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