上 下
14 / 65

ファルロの回想・三年前【4】

しおりを挟む
 ラズワートは杯を置き、絨毯を撫でた。狼が狩りをする図が描かれたそれをジッと見る。その暗く陰った目に混じる、星屑のような金色。ファルロと同じ狼の目の色。 

「かつてのアンジュールは、ゴルハバル帝国をはじめとする他国との交易で栄えていた。また、異国や異種族の血を受け入れることにも抵抗がなかった。事実、俺の高祖母は貴殿と同じ狼の獣人だったそうだ。だが、百年と少し前に全てが変わってしまった」

 ルフランゼ王国とゴルハバル帝国の最初の戦争のことだ。
 当時のルフランゼ王国国王がゴルハバル帝国に宣戦布告し、アンジュールから他国人を一掃させた。当時の辺境伯、ラズワートの曽祖父の采配で血は流れず済んだらしいが、以後はそうは行かなかった。
 国王は辺境軍と他領の軍を引き連れ、ゴルハバル帝国を侵略した。当然、ゴルハバル帝国側も挙兵する。
 熾烈な争いは数年続いたが、決着はつかなかった。やがて停戦協定が結ばれ、和平への道のりが拓けたかに見えた。
 しかし、正式な和平も交易の許可もいつまでも下りず現在に至る。

「当時のアンジュールは、今以上に岩山ばかりで農地も産業も少なかった。瞬く間に衰退したそうだ。同時に、より排他的になった王侯貴族は我らの血を蔑んだ。敵国、しかも獣人の血の混じった穢れた一族だとな。そのくせ戦になれば以前と同じく、いやそれ以上に気安く呼びつけて戦わせる。逆らえば、下級官人として王城に召し上げられた一族の者たちと、領民たちがどうなるか匂わせながらだ」

 ファルロも知っている情報だ。
 だが、あまりに明け透けな言葉にファルロは慌てた。

「アンジュール辺境伯。それ以上はお控えください。どこに誰の耳があるかわかりません」

「構わない。俺は間も無く……いや、すまない。貴殿を困らせた」

 ラズワートは冷静さを取り戻した顔で頭を下げた。ファルロは気にしていないと示すため微笑む。

「貴方にならいくらでも困らされたいです」

 拒絶されるか呆れられるかと思ったが、ラズワートは沈黙した。少しまなじりが染まっているのに胸が高鳴る。
 ラズワートはたっぷりとした沈黙の後、ためらいながら口を開いた。

「貴殿といると、俺は俺でなくなりそうだ。不快ではないが……困る」

 たまらず抱きしめそうになって、理性を総動員したのだった。

 ◆◆◆◆◆

 楽しい宴は終わり、別れの朝が来る。もう儀礼以上の言葉を交わす時間はない。だからしっかりと目に焼き付けた。捕虜たちに声をかけ、配下たちに指示を飛ばし、凛と馬上にある人を。
 ファルロはもう、ラズワートを攫いたいとは思わなかった。いや、その気持ちが消えたわけではないが、それ以上の強い気持ちがあった。

(貴方の助けになりたい。叶うなら、その心のままに生きれるようにして差し上げたい)

 昨夜、ラズワートは少しだけ心を開いてくれた。想像していた通り気高く強く、思いがけず鬱屈して傷ついた心を。

(私は貴方の力になりたい)

 子供たちに対する庇護欲のようであり、亡き妻に対する敬愛のようでもあり、そのどれとも違う初めての感情を抱いた。不可能だとわかっている。例え、無事に和平が成立してもファルロはゴルハバル帝国の将軍で、ラズワートはルフランゼ王国の辺境伯だ。また、ラズワート自身がそれを望むはずもない。

(けれど私は……ああ、そうか。これが恋か。私は今まで恋を知らなかったのだな)

 決して叶わない想いを抱きながらファルロは帰途についた。

 そして三年後の秋の終わり。ラズワートは全てを奪われ人質としてやって来たのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】俺の身体の半分は糖分で出来ている!? スイーツ男子の異世界紀行

うずみどり
BL
異世界に転移しちゃってこっちの世界は甘いものなんて全然ないしもう絶望的だ……と嘆いていた甘党男子大学生の柚木一哉(ゆのきいちや)は、自分の身体から甘い匂いがすることに気付いた。 (あれ? これは俺が大好きなみよしの豆大福の匂いでは!?) なんと一哉は気分次第で食べたことのあるスイーツの味がする身体になっていた。 甘いものなんてろくにない世界で狙われる一哉と、甘いものが嫌いなのに一哉の護衛をする黒豹獣人のロク。 二人は一哉が狙われる理由を無くす為に甘味を探す旅に出るが……。 《人物紹介》 柚木一哉(愛称チヤ、大学生19才)甘党だけど肉も好き。一人暮らしをしていたので簡単な料理は出来る。自分で作れるお菓子はクレープだけ。 女性に「ツルツルなのはちょっと引くわね。男はやっぱりモサモサしてないと」と言われてこちらの女性が苦手になった。 ベルモント・ロクサーン侯爵(通称ロク)黒豹の獣人。甘いものが嫌い。なので一哉の護衛に抜擢される。真っ黒い毛並みに見事なプルシアン・ブルーの瞳。 顔は黒豹そのものだが身体は二足歩行で、全身が天鵞絨のような毛に覆われている。爪と牙が鋭い。 ※)こちらはムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ※)Rが含まれる話はタイトルに記載されています。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

夕凪
BL
(本編完結。番外編追加中) サーリーク王国郊外の村で暮らすエミールは、盗賊団に襲われた際にオメガ性が顕現し、ヒートを起こしてしまう。 オメガの匂いに煽られた男たちに体を奪われそうになったとき、狼のように凛々しいひとりの騎士が駆け付けてきた。 騎士の名は、クラウス。サーリーク王国の第二王子であり、騎士団の小隊長でもあるクラウスに保護されたエミールは、そのまま王城へと連れて来られるが……。 クラウスとともに過ごすことを選んだエミールは、やがて王城内で湧き起こる陰謀の渦に巻き込まれてゆく。 『溺愛アルファの完璧なる巣作り』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/26677390)スピンオフ。 騎士に全霊で愛されるオメガの物語。 (スピンオフにはなりますが、完全に独立した話ですので前作を未読でも問題ありません)

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

白い子猫と騎士の話

金本丑寅
BL
(一話目を分割しました)  吾輩は猫である。名前はまだない。何故なら、生まれたばかりの子猫ちゃんだからである。 「みぁ」 ◇  生まれ変わったら子猫になってたので猫生満喫してる主人公と、そんな猫を見つけた男の話。  視点切り替え有。性的描写は疎か恋愛要素がまだまだ無いです。要素、精々攻めに撫でられて気持ちよくなるくらい。なにせ猫だから。そのうちいつか、人になれるかもしれない。そんな日を思いながら今日も日向で寝転がる。にゃお。  終始ただの猫が、可愛がられてる話。 ■ムーンライトノベルズより転載/素材「猫画工房」様

俺は好きな乙女ゲームの世界に転生してしまったらしい

綾里 ハスミ
BL
騎士のジオ = マイズナー(主人公)は、前世の記憶を思い出す。自分は、どうやら大好きな乙女ゲーム『白百合の騎士』の世界に転生してしまったらしい。そして思い出したと同時に、衝動的に最推しのルーク団長に告白してしまい……!?  ルーク団長の事が大好きな主人公と、戦争から帰って来て心に傷を抱えた年上の男の恋愛です。

処理中です...