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ファルロの回想・十二年前【4】

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 その後、一ヶ月ほど攻防を繰り返した。
 攻防の間、何度かラズワートの姿を見た。怪我をしたはずなのに動きに遜色はない。ファルロは見かけるたびに再戦しようとしたし、ラズワートもその気はあったようだ。だが、上手くいかなかった。そうこうしている間に辺境軍は撤退し、オルミエ城塞とその周辺は奪還された。
 このまま今回奪われた全ての土地を奪還するかにみえた。が、季節は秋に差し掛かっていた。
 慣例通り、ゴルハバル帝国とルフランゼ王国は停戦協定を結ぶ。ややルフランゼ王国の国土が膨れた形でだ。話に聞いていたが、あまりにあっさりとした幕引きにファルロは面食らう。実際に戦っているこちらを素通りした決定だ。

「前回はこちらが少し勝った。だから今回はあちらが少し勝ったのだ」

「もしや、オルミエに籠城し積極的に攻めてこなかったのは……」

「ああ、秋までの時間稼ぎだ」

 イブリスは苦々しく吐き捨てた。

「戦とは名ばかりだ。どちらも本気で侵略する気がない。百年前の戦を引きずっているだけだ」

 これでは互いに土地も捕虜も返ってこない。イブリスは独り言のように続ける。

「アリュシアン殿下の御代になれば正式な和平を結べるだろうか……しかし、この茶番には別の意図を感じる。……いや、老いぼれの戯言だ。忘れろ」

「わかりました」

 だが、明らかにファルロに聞かせるための発言だった。

(これからの為に覚えておけ。ということだろう)

 ダルリズ地方は、ルフランゼ王国をはじめ警戒すべき敵が多い土地。交易の拠点も多い。
 イブリスが勇退した後は、ファルロがダルリズ守護軍総司令官を継ぐ事が確定している。血統や世襲より実力を重んじるゴルハバル帝国だが、全てを兼ね備えたファルロは重用されているのだ。全てを覚えておかねばならぬ。ファルロは気を引き締めた。
 ファルロの気迫を読んだのか、イブリスは雰囲気を和らげた。身内を心配する好々爺然とした顔になる。イブリスは、ファルロの母方の叔父でもあった。

「ファルーズは幾つになった?元気にしているか?」

「十歳になりました。」

 ファルーズはファルロの長男だ。顔立ちはファルロに似ているが、内面は亡き妻に似ている。戦闘よりも学問が好きで、すでに領地経営を学び始めている。将来が楽しみな愛息子だ。他の子供たちもファルロの自慢だ。彼らについて話すのはいいが、イブリスがこの話題を出す時は……。

「そうか。時が過ぎるのは早いな。シャーディ殿の葬儀の時、ファルーズは七歳だった」

 シャーディ。亡き妻の名だ。ファルロとは政略結婚であったが、敬愛と家族愛で結ばれていた。

「ファルロや、そろそろ再婚か番を作る気はないのか?」

 またか。うんざりしながら食い気味に拒絶する。

「閣下、いえ、叔父上。どうかその話は勘弁して下さい」

「そうか……」

 結婚とは、ゴルハバル帝国においては、家同士を結びつけ次代を産み育てるための制度だ。異性婚が一般的だが、同性婚も可能である。
 番とは、愛欲による個人同士の繋がりだ。家も身分も跡継ぎも関係ない。あくまで互いの恋情と同意があって結ばれる。ゆえに、同性同士でもなんら問題はない。
 社会的には結婚が、個人にとっては番が最も重んじられる。どちらか片方だけの者、両方が同じ者、それぞれが別の者もいる。
 シャーディが亡くなって一年経った頃から、縁談と番の顔合わせの打診がひっきりなしに届いていた。
 確かに喪は開けている。後添えを娶るのも、あるいは婚姻以上の絆で結ばれる番を作るのも問題はない。
 しかし。

(私が番に望むのはあのお方だ。求愛すら難しいが……)

 あれからラズワートについて調べた。やはり、アンジュール領領主兼辺境軍総司令官アンジュール辺境伯の嫡男にして、唯一の子で間違いなかった。
 魔法の才は名高き父親ほど無い。との事だが、あの戦いぶりはどうだ。おまけに、小さい頃から領民にも辺境軍にも人望があり、すでに次期辺境伯として認められているという。番にするのが難しいどころではない。

(冷静になりなさい。あれは気の迷い。強敵を前に興奮していただけです)

 そういう事にして仕舞い込まねばならぬ。ファルロは歯噛みした。
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