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第一章サラリーマン、オークの花嫁になる

サラリーマン、オークの花嫁になる【4】

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「俺は平元ツカサと言います。ツカサが名前なので、どうかツカサとお呼び下さい」

「わかった。君も陛下ではなくクオーンと呼んでくれたまえ」

 なんとか自力で蘇生して、前菜を食べながら名乗り合った。蕪とハムの温サラダっぽい料理だ。盛り付けがお洒落で味も美味い。
 そこから話は赤花国との戦争の背景に移る。

「一方的に攻め入られたが、珍しくもない話だ。私たちオーク族は多種族から嫌われている。全ては先祖の罪が原因だ」

 ファンタジーでお馴染みの設定だ。しかし、先祖の罪は何千年も前の話。今のオークは善良に暮らしているのに、いまだにそれを引きずるのはどうかと思う。スープを飲みながら理不尽さに憤った。人参スープかな?美味いなコレ。

「いや、例え時を経ても許せない、許してはならない事もある。だから赤花国の心情を責める気にはなれない。とはいえ、無用な戦や対立は避けるべきだ。それこそが、かつて先祖が傷つけた者たちに対する償いでもある。だからあの不戦条約を求めたのだが……」

 理知的だ。なんて賢くて優しくてカッコいい人なんだ。また心肺停止の危機に落ち入りそうになった。意識を逸らすため焼きたてパンをちぎってスープに浸して食べる。美味しい。だめだ。クオーンがかっこよすぎて味に集中できない。

「ツカサ殿には悪いことをした。経緯はどうあれ、君を望んだのは私だ。元の世界に帰れるよう尽力しよう。それまではどうか城に止まっていて欲しい」

 渡に船の提案だ。つまりクオーンと一つ屋根の下という……。いやいや、俺はゲイでもないのに何を考えているんだ。お尻いじりが好きな変態アラサーがこんな良いオークとなんて……。考え込んでいるのを誤解されたのか、クオーンは少し悲しそうな顔になった。

「不用意に近づかないことも誓う。私のようなオークは、君たち人間にとっては恐怖の対象だと理解しているつもりだ」

「え!それは嫌です!というか貴方全然怖くないですよ!」

「は?」

 あ。めちゃくちゃビックリした顔だ。なんだか可愛いな。キスしたい。牙も舐めたい。どんな顔するんだろう。

「怖くない。のか?私はオークだぞ」

「種族がどうとかは俺はよくわかりませんが、少なくともここにいるオークの皆様は親切で怖くないです。何も知らない異世界人をさらって生贄にする人間の方が怖いですよ」

 クオーンは大声で笑った。うわ太陽みたい。無茶苦茶かわいい。

「確かにその通りだ。ツカサ殿は勇敢だな」

 勇敢だなんて言われたのは生まれて初めてで照れる。だけど、心からの言葉だと伝わっているから嬉しい。

「クオーン様こそ、聡明で優しくて素敵です。顔立ちも身体つきもがっしりしててカッコいいし、わざわざ花嫁なんて探さなくてもモテるでしょう?」

「ふふっ。そんなことを言われたのは初めてだ。私はオークの中でも大きく力が強いので、怯えられることの方が多い」

「そうかなあ。こんなに素敵な人なのに」

「君こそとても朗らかで美しい」

 驚きすぎて飛び上がった。

「ええ!美しいって冗談でしょう?」

 びっくりしたけど、クオーンの目は本気だった。

「気に障ったなら謝ろう。ただ、私の目に映る君はこの上なく美しい」

「はわわ」

 俺は生まれて初めて「はわわ」と言った。なんだか自分が砂糖菓子とリボンとレースで出来た女の子になった気分だった。恥ずかしくて嬉しくて……身体が熱い。たぶん、クオーンにもそれが伝わっていたのだろう。
 クオーンは俺の手を取る。俺の手なんてすっぽり包める大きな手が、丁寧で繊細な仕草で触れる。

「……どうやら私は、君に惹かれているらしい。赤花国の勝手は許せないが、君に会わせてくれたことは感謝しなければならないな」

「あの、クオーン様……俺も……」

「元の世界に返してしまえなくなりそうだ」

 クオーンの唇が手の甲に落ちる。その瞬間、俺は元の世界だとか、大切な家族だとか、親しい友人だとか、褒めながら無茶振りする上司だとか、膨大な仕事の引き継ぎだとか、平気で休日に呼び出す面倒な営業先だとかが遠くに消えていった。後半は永遠に消えたままでいてくれ。

「いいです……クオーン様、貴方と一緒なら……俺は帰れなくていい」

「ツカサ殿……」

「ツカサと呼んでください」

「ツカサ……私も君に呼び捨てて欲しい」

「クオーン……」
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