アイツのきもち

うにたん

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第7話 三学期

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 この日は年が明けて三学期の初日。
 
 長期連休でだらけている生徒もいれば、大学受験に向けて目を血走らせて必死に勉強をしている生徒、就職が決まって落ち着いている生徒、就職も決まらず諦めている生徒、さまざまである。
 
 そんな毎年同じように見られる光景も今年は若干クラス毎で雰囲気が異なっていた。
 
 悠馬のクラスでは、久しぶりに会った生徒同士が新年の会話をするが、それが終わればもっぱら一人の生徒の話をしている。
 
 ――高峰 悠馬
 
 サッカー部のキャプテンであり、クラスの…… いや、学校のマスコット、アイドル的存在。
 
 文化祭の悠馬の雄姿(?)に魅了されて特製団扇を自作で作成する生徒も現れ、長期休暇でアイドルに会えなかった生徒たちは一斉に悠馬に群がったりする。
 
 去年までは……。
 
 三年の三学期という人によっては最も重要な時期に学校のアイドルは影も形も見せる事は無かった。
 
 ホームルームの時間になり、担任の教師が入ってきて、学級委員の号令により挨拶が行われる。
 
 全員が着席したことを確認した担任が口を開く。
 
「あけましておめでとうございます。三年生としてこれから大変な時期になる生徒が多いかと思いますが、最後まで気を抜かない様に頑張ってください……。次に皆さんも気付いているかと思いますが、高峰君についてになります」

 まさに全員が待っていた情報が今から公開されようとしている。
 
 クラスメートは今か今かとそわそわしており、周りの反応が自分と同じ様なのか確認する生徒までいた。
 
 悠馬が三学期は何時から来れるのかを聞きたいはずだったが……。その期待は無残に崩れ落ちる事となる。
 
「高峰君は三学期は登校できないと保護者の方から連絡がありました。始業式の直前に一度会える機会があったので、ご本人ともお話をした結果になります」

 クラスの雰囲気が一気にお通夜ムードへと移行する。
 
「た、高峰君は元気だったんですか?」

「はい、元気でしたよ。見た感じ学校休む程だったのかは先生はわかりませんが、本人の心の問題ですからね」

(確かにおかしな所はなかった。 病んでいる訳でも無いように見えたし…… むしろ晴れ晴れとしていた様な…… そのせいか、雰囲気も前と違っていた気がする)
 
 全員がこの話題について聞きたいけど、聞く勇気が無い中、一人のクラスメートが声を上げる。
 
「高峰君はもしかして退学になるんですか?」

 いくら三年の三学期とは言え、学校に一日も来れない以上、可能性はゼロじゃないかもしれない。 

 全員が固唾を飲んで担任教師の声に耳を傾ける。
 
「いえ、高峰君は成績優秀で今までほぼ休みが無かったことから、自宅による自習と課題の提出をすることで問題なく卒業できます」

 担任から悠馬の今後に聞かされて、退学にならないと理解して安堵する生徒と会えなくなる事に肩を落とす生徒様々であるが、きっと悠馬と卒業式には会えるだろうと思っていた。





 ところ変わって明日奈のクラス。
 
 悠馬が三学期をまるまる休みとするという情報は既に伝わっており、遠巻きから直接的な原因を作ったと思われる明日奈の事をチラ見しながら陰でこそこそ何かを呟いている生徒も結構いる。
 
(チッ、言いたいことが有るなら私の前でハッキリ言いなさいよ)
 
 そんな渦中の人物に近づく一人の女子生徒がいた。
 
「よっ、人気者」

「瑞樹…… アンタ今の私に近づかない方がいいわよ。変なとばっちり食らっても知らないから」

 明日奈の数少ない・・・・同性の友人である瑞樹。
 
 中学からの友人であるため、悠馬と明日奈の関係についても知っている。
 
 現在は周りから避けられながらも周囲の視線だけ受けて機嫌の悪い明日奈に平気で近寄れる数少ない人物の一人でもある。
 
「明日奈にちょっかい出す程、根性の入った奴ももういないでしょ」

「どうだか……」

 明日奈は肩肘をつきながら仏頂面でチラチラ視線を送ってくる方に目をやり、目が合ったかと思ったら、相手が目を逸らすという繰り返し作業にため息を尽く。

「ちょうど一年前くらいだっけ? 明日奈に言い寄って来たバスケ部の先輩をこっぴどく振った後に取り巻き?追っかけ?の女子生徒が腹いせに男友達を使って明日奈に暴行させようとして返り討ちにされたアレ…… 三人だっけ?」

「…………四人」

 当時の事を振り返り、お腹を抑えながら思い出し笑いをしている瑞樹はとても嬉しそうに語っている。
 
「先生を呼んで駆けつけた時なんてマジで悲惨な現場だったもんねえ…… 一人の男は泡吹いて倒れてるかと思いきや股間から血がドバドバ流血してたもんね。男にもあの日があるのかよ!って思っちゃったもんね。残りの三人はその光景を見て顔面を真っ青にして尻もちついちゃってるし…… いやあ、本当に酷かったね」

 明日奈の事を何も知らず、ただ「顔が良いだけの女」としか当時は認識されていなかった。
 
 当然、明日奈に仕返しを考えた女子生徒は明日奈の事を知るはずもなく、男友達に何の情報も渡されていなかった。
 
 呼び出しを受け、行った先に現れたのは、呼び出し元である女子生徒と見知らぬ男が四人。
 
 女子生徒は一方的に明日奈をまくしたてる。明日奈はただ「好きな人がいるから」という至極真っ当な理由で断っただけなのだが、女子生徒は自分が追っかけている人気者の男子をこっぴどく振ったという認識でいる為、まともに話すら通じていなかった。
 
 周りからも「いけいけ」、「やっちゃえ」などと煽り立てる始末で明日奈の事を一目で気に入った一人の男が明日奈に掴みかかろうととした際、カウンターで放った前蹴りがたまたま股間を強打してしまったのだ。たまだけに……。
 
 口から泡を噴き出して股間を抑えて地面を転がり悶絶するも抑えた手からは血がにじみ出ていた。悶絶していた男はしばらくすると動かなくなってしまった。
 
 その光景を見た他の男たちは無意識で股間をそれぞれ抑えると、スキを見つけた明日奈がそれぞれ一人ずつ空いた顔面やボディに一撃ずつ入れるとあっという間に全員を制圧した。
 
 ちょうどそのタイミングで瑞樹と呼んだ教師が駆け付けた場面に遭遇したのだ。
 
 その時の明日奈は無表情で四人を見下ろし、その光景を見た生徒達は明日奈の事を陰で「仁王」と呼び始めたのだ。
 
 当該の生徒は退学処分となり、そして騒動のキッカケを作った先輩も明日奈に謝罪して仁王の前からそそくさと姿を消した。
 
「一条君と付き合うと普通は相手の女の子に絶対嫌がらせとか起きそうなもんじゃない? でも相手があの仁王様なら話は別でしょ」
 
「その呼び方は本当に止めて…… 余計に気分が悪くなるわ」
 
「いやー、流石に空手? 経験者は違うね」

「違うよ、Marine Corps Martial Arts Program(米海兵隊格闘プログラム)とModern Army Combatives(米陸軍格闘術)のミックスなんだ」

「ゴメン、何言ってるか全然分からない……」

「だよね……」
 
 



 こちらは透のクラス。
 
 こちらにも当然悠馬の三学期の動向について情報が流れていた。それについて気になった野次馬根性丸出しの女子学生が透に話しかけようとしていた。
 
「一条君、高峰君って三学期まるごとお休みするって聞いたんだけど…… やっぱり二人の関係なのかな……?」
 
(あれから年明けにもう一度悠馬の家に行ったけど、結局会えずじまいだった。ただ、心の準備・・・・が出来たら話をする機会を設けてくれるとは聞いていたけど……)
 
 悠馬の事を考えていた透は周りから話しかけられてもまったく気付いていない。
 
「一条くうううううううん」

「おわあっ! な……なに?」

 突然耳元で大声を出されて心臓が飛び出しかけた透は心臓をバクバク言わせながら女子生徒の方に振り向く。
 
「なんか考え事してたみたいだけど、もしかして高峰君の事かな?」

 心の中を覗き込まれたような気がしてゾっとしたが、如何にも「しらんけど」みたいな雰囲気で乗り切ろうとする。
 
「いやほら、今高峰君の事で学年中が噂になってるでしょ? やっぱり一条君と仁王様の関係が原因なのかなって……」

(それを本人の前で言おうものなら間違いなく骨の数本は覚悟する必要がある。命が惜しいから俺は言わないけど……)

「それ、本人の前で言わない方がいいよ。本当に嫌がってるからさ」

「ごめんごめん、もう言わないから…… 高峰君の現状について一条君なら何か知ってるんじゃないかって思って……」

(まあ、いいか。そんな大したことじゃないし)

「何回か悠馬の家には行ったんだけど、本人には会えなかったよ。瑠璃さん…… 悠馬のお母さんとは話はしたんだけどね」

「行ったんだ…… やっぱり…… 号外! 号外! 高峰君と一条君が因縁の対決に決着を着けに――」

 突如大声を張り上げた女子生徒の腕には輝く「新聞部」の腕章があったとかなんとか。

「やっ、やめてくれええええええええ」


 そんな感じで始まった高校生最後の三学期…… そしてここから最後の二カ月が……
 
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