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3章 6歳

第二十六話:少年と二人の女性冒険者

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 少年は常闇の森に向かって走っていた。
 
 祖母の容体が急変したため、急ぎで薬の素材となるグランドホーンの角が必要になったからだ。
 
 少年は幼い。本来であれば街の外に出る前に衛兵が止めるべきなのだろうが、顔みしりなのか簡単に通してくれた。
 
 衛兵は冒険者ギルドから常闇の森に規制をかけていることは知っていたが、少年の祖母が薬草を必要としていることも知っていた。
 
 薬草は常闇の森の全域で入手する事ができる。そして、今回規制の対象となったグランドホーンの異常個体は森の中心部付近にいるという事を知っていたため中心部に行かない限りは問題ないだろうと考え、念の為に中心部にだけは行かない様に注意を促して通してしまった。
 
 少年もその時は衛兵の言う事を理解したかのように頷いていた。
 
 だが、衛兵は知らない。
 
 少年の本当の目的が一時しのぎの為に薬草を取りに行くのではなく根絶治療の為にグランドホーンの角を探しに行こうとしていることを。
 
 事情を話したら間違いなく止められる。少年は衛兵には敢えてグランドホーンの話を意図的に避けた。
 
 衛兵に騙して申し訳ないという気持ちはありつつも、少年は自分の目的を最優先したのだ。
 
 しばらく走っていると少年の視界に常闇の森が入り始めた。それと同時に徒歩に切り替えて息を整え、付近を見渡すと森の外縁付近をうろうろしている女性二人がいることがわかった。
 
 少年は女性達の目的はわからないが、恐らく自分には無関係だろうと女性達を気にせず素通りしようと考えていた。
 
 少年は常闇の森入口に差し掛かったところで少年は女性のうち一人に呼び止められた。軽装で帯剣をしている女性だった。
 
「そこの少年、止まりなさい。今この森はギルドから規制がかけられているの。解除されるまで入らないでね」

少年は現在常闇の森に規制が掛かっていることを知らなかった。ただ、衛兵から詳細までは聞かされていなかったが、中心部には行くなという警告をされていたことだけは覚えていた。

「もしかして中心部に何かまずいものがあるってことですか?衛兵さんからそういった話は聞いています。中心部に近づかなければいいんですよね?」

「そういう問題じゃないわ。今は中心部付近にいたとしてもいつどこに移動するかわからないのよ?だからこそ全面封鎖しているの。理解してほしいな」

「いや、でも僕は森の中にある素材がどうしても必要なんです。おばあちゃんの命がかかってるんです」

 少年が必死に訴えていると、もう一人のローブを纏った女性がフードを取ってため息を尽きながら面倒くさそうに近寄って来た。

「ねえ、本当かどうかは知らないけど、そうやって情に訴えれば何とかなると思った? 何で私たちがここにいると思ってるの? これ以上、余計な犠牲者を出さないためだよ。
 大体キミさあ、戦う力あるわけ? ないよね? おばあちゃんの前にキミが犠牲者として追加されちゃうから。無駄な死人を増やさない為にギルドの方で封鎖してるのになんで解らないかなあ?」

「それは……」

 少年は情に訴えればどうにかなると思っていたが先読みされていた。がっくりと項垂れている所を見かねた軽装の女性が割り込んできた。
 
「チェスカ、ちょっと言い過ぎだよ。少年にだって事情があるんだろうし、もうちょい言い方ってものだね……」

「薬草が必要だったらそこのお姉さんが代わりに取ってきてくれるから我慢しなさい。というわけでルーシィよろしくぅ」
 
「はぁ? ふざけんじゃないわよ! アンタが昨日酒場で隣の席のオッサンと飲み比べとかやりだして飲み過ぎたせいで余計な出費がかさんだのよ! しかも負けて何時の間にか費用がこっち持ちになってるし、そのせいで宿賃足りなくて急遽見張りなんて余計な仕事をやるハメになったってのに……。 アンタがやりなさいよ、チェスカ」

「出た出た! 昨日の終わった話を蒸し返すとかさあ、細かい女はモテないぞー、ルーシィ」

 チェスカと呼ばれたローブの女性がルーシィと呼ばれた軽装の女性と仕事の押し付け合いから口論に発展していたのを見ていた少年は今ならコッソリ抜けられそうだと判断してスキを見計らって森の中に駆け出して行った。

「大体アンタはいつも「待って待って」」

「何よ……?」

 チェスカはルーシィの死角となっている箇所を指さした。ルーシィが振り返ると少年がいない事に気付き周囲を見渡すと、森の中に走っていった少年を見つけた。

「チェスカ、アンタ早く言いなさいよ!」

「だってルーシィの愚痴が終わらないんだもん」

「バカ、万が一見殺しにしちゃったらご家族になんて説明するのよ。兎に角追いかけるわよ」

「はぁ、面倒だけどしょうがないかあ」

 二人は少年の入っていった後を追いかけるように森の中に入っていった。

 少年はルーシィとチェスカから逃げるように一直線に奥へと進んでいった。

「コラー、待ちなさい」

「ルーシィ、そんな大きい声だすと見つかっちゃうって」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。早いところ少年を連れ戻さないと」

 三人はまだ気づいていなかった。グランドホーンは案外近くまで近づいていたことを……。
 
 ルーシィはなんとか少年を捕まえると息を切らしながら尋問を開始した。
 
「ちょ、ちょっと君ィ! 薬草ならお姉さんが取ってくると言ったでしょう、なんで森の中に入っちゃうのよ!」

 少年は観念したのか、俯きながら本当に必要な素材について語り始めた。
 
「その…… 実はおばあちゃんの病気の治療に必要な素材が薬草じゃなくてグランドホーンの角なんです」

「「は?」」

 少年の唐突な内容に二人は唖然としていた。

「いや、それが本当だとしたらちょっとまずいよ。今はグランドホーンの異常個体しか見つからなくて通常個体は異常個体に怯えてるのか隠れてるっぽいのよね」

「でも冒険者さんの角の取りこぼしとか落ちてないかなと思って……」

 ルーシィは少年の意見に頭を抱えている。たしかに取りこぼしが落ちているようであれば渡すことは可能ではあるが、現在は緊急事態ということもありルーシィは応じることは出来ない表情をしている。
 
「おばあさんの容体次第かしら。どのくらい急ぎなのか解らないけど、出来れば異常個体が討伐されるまでは待ってほしい。今は中堅の冒険者ですら常闇の森に入らない事態になってるのよ。それだけ危険なの、それはわかって頂戴」

 少年は何もできずに言う事を聞くしかできない自分が悔しいのか腹が立っているのかズボンの裾をこれでもかというほど握りしめて震えている。
 
「……はい」

 ルーシィは少年をようやく説得できた安堵から大きく息を吐きだし一仕事終えたような顔つきになった直後、顔面が青ざめているチェスカに服の裾を引っ張られていた。
 
「ル、ル、ル、ルーシィ……」

「何よ?少年の説得も終わったし入口に戻るわよ」

「あ、あれ、あれ、静かにゆっくりとあそこを見て」

 指を震わせながら指示した方向を眺めると想定以上に大きいグランドホーンが視界に入っていた。
 
 あ!やせいのグランドホーンが とびだしてきた!
 
「な、な、何あれ…… でかすぎじゃない?ちょ、え?あれがグランドホーンなの? 実物見たの初めてなんだけど、あれがCランク?噓でしょ?」

 ルーシィは自分が思っていたイメージと実物があまりに違い過ぎて驚愕していた。

「異常個体なんだからあれだけでかいんじゃないの?」

「と、とにかく殺気とか飛ばさなければ大丈夫はなずだから、バレない様にゆっくり退避しましょう。いいわね?」

 ルーシィは少年の口元を手で押さえて少年に言い聞かせると少年は首を縦に振って頷いていた。

 三人はグランドホーンに背を向けてゆっくりを音を立てないように入口に向かって歩こうとした
 
 
 
その時!
 
 

「ハァ…… ハァ…… エッ、キシッ」
 
 チェスカの くしゃみ!
 
「チェスカアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 ルーシィの いかりのボルテージが あがっていく!

「ごめええええええええええええええええん」

 チェスカの しゃざい!
 
「謝って済むか! コラアアアアアア」
 
 ルーシィには こうかが ない みたいだ……
 
 グランドホーンはチェスカのくしゃみとルーシィの叫びに反応したのか殺気を飛ばした状態になっており非常に興奮している。
 
「な、なんで? チェスカのくしゃみに殺気が混じってたんじゃないの?」

「いや、どう考えてもルーシィの『いかり』が原因じゃない?」

 二人が責任の押し付け合いをしているとグランドホーンはお構いなしに三人に対して殺気を込めた雄叫びで威圧してきた。
 
「ヴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」

 グランドホーンの雄叫びは周りの木々を揺らして葉が枝から落ちてくるほど響き渡り、もはやその声量は森全体に鳴り響くほどだった。

「「「ひっ」」」

 三人はその雄叫びを聞いただけで竦み上がってしまい、地面にへたり込んでしまった。
 
(い、息が…… 息が上手くできない……)

 グランドホーンはゆっくりと三人に近づいてくるが、その三人は呼吸すら困難な状態で顔面が真っ青になりながらも近づいてくるグランドホーンを唯々眺めていることしかできなかった。

 三人はゆっくり近づいてくるグランドホーンへのあまりの恐怖に身体が震えだし、歯がガチガチ鳴り出しているも本人たちは頭が真っ白になっており何が起きているのかさえ理解できない程錯乱していた。
 
(死ぬ…… 死んじゃう…… 助けて…… 誰か…… お願い……)

(マルミーヌちゃん……)

 錯乱しながらも今はこの場にいないはずの少女へ助けを懇願するが無情にもグランドホーンはすぐ目と鼻の先まで来ていた。
 
 グランドホーンは三人のすぐ近くまで歩いてくると足を上げ、三人を踏みつぶそうとしていた。
 
 
 
 
 
 その時!!






「だあああああああああああああああああああああああ!」

 ルーシィとチェスカは聞き覚えのある声を聞いて我に返った。声の方を向くと嘗て自分たちを死ぬ寸前で救ってくれた恩人が猛ダッシュでこちらに向かってくる姿を目撃した。
 
「どけええええええええええええええええええええええ!」
 
 恩人と思しき少女は全高5メートル程に位置するであろうグランドホーンの顔面に目掛けて飛び蹴りを入れてグランドホーンを仰け反らした。
 
 二人は夢を見ているのか幻覚を見ているのかすら理解できていない状態で少女の行動をただ呆然と眺めていた。
 
 
 
 
 
 
 
 あ!やせいのマルグリットが とびだしてきた!
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