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第十話:セリーヌ②

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 あたしがディックと初めて出会ったのは、七歳の時だった。

 父親の仕事が行商人ということもあって売れる物、売れる場所があれば品物を仕入れては各地を回っていた。

 母親は早くに亡くして父一人だった為にお手伝いさんを一人雇ってはいたが、父も小さい子供を置いていけないと思ったのか父親の仕事に合わせて一緒に着いて行く生活を送っていた。

 そんな生活を送っていたものだから、どこかに引っ越しをして友達を作ってもすぐにサヨナラをすることになってしまう。

 これが繰り返されると小さいながらも「またこのパターンか」と理解してウンザリしてしまうので、もう友達なんて作らない方がいいんだろうなと考えていた。

 そんな考えを固めて七歳になった直後にまた引っ越しがあり次に辿り着いた村があった。

 村に着いてから引っ越しの荷物を荷ほどきしている時に視線を感じた。

 そちらの方に視線をやると隣の家の少年がこちらをチラチラ見ていた。

 その視線が鬱陶しかったから荷物を家の中に入れて荷ほどきの続きを行うと、流石に家の中までは覗こうとはしなかったみたいだった。

 作業が終わってすることもなかったから外に散歩に行くと、覗き見していた男の子が話しかけて来た。

「待ってー」

 あたしは振り向いてそっけない態度で話しかけて来た男の子に返答する。

「何か用?」

「僕はディック、君の名前を教えてよ」

「セリーヌ」

「セリーヌだね、お隣さんだからこれからよろしくね。良かったら村の中を案内するよ」

「よろしくはしないわ、どうせ直ぐ居なくなるし…… あたしには構わないでくれる?」

「来たばっかりでしょ? どうしてすぐ居なくなっちゃうの?」

 まただ…… 引っ越し先で毎回と言っていい程行われるこのイベント…… 説明するのも面倒だから男の子――ディックを突き放した。
 
「五月蠅いなあ、君には関係ないでしょ。いいから放っておいて」

 あたしは走って逃げた。追ってこない事が分かると、きっと初対面なのに突き放したあたしにガッカリしてるのかもしれないと思って少し胸が痛んだ。
 
 数日たったある日の事――
 
 お手伝いさんのリーザさんから森に山菜や茸が取れる場所を村の人から聞いたから一緒に行かないかと言われた。あたしもやる事ないし暇だったから着いていくことにした。
 
 森の中に入ってしばらくすると陽の光が届きにくいような暗い場所に差し掛かって怖くなってきたが、リーザさんが一緒だったから怖い気持ちはあっても何とか耐える事が出来た。
 
「セリーヌさん、そこに山菜が生えているか見て貰えますか?」

 リーザさんが指を刺した場所は崖の付近だった。あたしはゆっくりと近づきつつ山菜が生えていないかを確認した。
 
 が、それらしいものは見当たらなかった。
 
「うーん、見つからないなあ」

 暗いせいか中々気付きにくかったが、自分が崖すれすれにいたことが分かって怖くなり一旦引き返そうとした時の事だった
 
 
 
 『ドンッ』
 
 
 
 と何かに押されたあたしは崖の下に落下した。
 
 そこまで高さがある訳でもなかったけど、落下の衝撃で足を捻挫した痛みで立つことが出来なかった。
 
「……っ……、一体何が……」
 
 いったい私は何に押されたのか分からず崖の上を見上げるとこちらを覗いていたのは笑顔のリーザさんだった。
 
「あら、無事だったんですね。もっと勢いをつけた方が良かったかしら?」

「な、何で……? ど、どうして?」
 
 あたしは訳が分からなくなった。小さい頃からお世話してくれたリーザさんの事を母親の様に思っていたのに…… なんでこんな事になっているのか理解が出来なかった。
 
「『何で?』ですか…… 簡単です。あなたがいるとあの人は私を見てくれない。あなたが消えてくれればあの人は悲しみの余り私に依存してくれるようになる。そうすればあの人の心は私のモノになる…… そういう事です」

 あの人って…… 父さんの事? リーザさんが父さんの事を? 全然分からなかった。そんな素振りを見た事すらなかったから。
 
「この辺って実は村の人でも来ない様な場所だそうですよ。何でかって言うと、夜には肉食の獣が結構出るそうなんです。だから、あなたをここに置き去りにして獣の餌になって貰いまーす」

 この人正気なの? 何でそういう事が平気で言えるの? なんで…… そんなに嬉しそうなの? あたしがそんなに邪魔だった? 鬱陶しかった? だったら言ってくれれば良かったのに…… まさか殺したいほどに憎まれているなんて思ってもみなかった。
 
 あたしはきっと絶望していたんだと思う。信じていた人はあたしをここまで疎ましく思っている人だったなんて……。
 
「ま、待って…… 父さんにはあたしから説明するから置いて行かないで」

「ダメです。貴方が生きているだけであの人は貴方中心の生活になってしまう。だから大人しく死んでください、私の幸せの為に。そうですね、数日後に骨くらいは拾いに来て上げます」
 
 リーザさんは「フフッ」と笑いを漏らしながら一人村に戻っていった。
 
「お願い! 置いて行かないで!」
 
 何を叫んでも無駄だった。一人薄暗い森の中に取り残されて急に怖くなってきた。
 
 風が吹き木々が揺れて葉擦れの音が余計に怖さを増してあたしは耳を塞いだ。
 
「イヤ、イヤイヤイヤ! 誰か助けて!」

 そんなことを言っても誰も来ないのは分かってる。でも言わずには居られなかった。
 
 時間が経ち、寒くなってきた上にどんどん辺りは暗くなっていき、只でさえ薄暗かった場所が暗闇一色になるまでそんなに時間は掛からなかった。
 
 『夜には獣が出る』そう言われた事を思い出して声は出しちゃいけないと分かっていても、それでも怖くて泣いてしまった。
 
 暗くて、寒くて、心細くて…… 死にたくないって…… そんな時だった。
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