上 下
198 / 200

198、閑話ー白眉ー

しおりを挟む
 鳥を腕に乗せる。
 その鳥の足首には小さな筒が取り付けられている。
 ウルリッカはその筒を取り外して中の小さな羊皮紙に書かれた内容に満足した。
 自分の命じた事は正確に遂行されたようだ。
 ウルリッカは鳥を放ち、足早にベネディクト王の執務室に向かった。
 衛士に取次ぎを頼むと入室の許可が出た。
 その扉を不躾にガチャリと開けた。
「陛下~~! バッチリよ!」
「何がだ?」
「マイナルディの件。しっかりけじめ付けたわよ」
「……委細を話せ」
 ベネディクト王は執務の手を休めずに目線もウルリッカに移す事無く訊ねた。
「マイナルディとその家族は攫って痛めつけて殺したわ。で、その遺体を王子個人の4件ある別邸の庭先にそれぞれ投げ込んでおいた」
 ウルリッカはにこりと笑い、楽し気に報告した。
 ここで初めてベネディクト王の手が止まった。
「……一切の躊躇が無くていっそ小気味良いな」
「やるなら徹底的に、でしょ?」
「まあ、それだけされればあの似非王子も今後は下手な手出しは出来んだろうな」
「マイナルディは色々ゲロってくれたみたいよ? 追及する?」
 ベネディクト王は顔を上げ、机に頬杖をついてウルリッカを見た。
「いや、どうせ行きつく先はプトレドの高級官吏になるだろう。そこまで行ってしまえばプトレドも本腰を入れて調査せざるを得なくなる。そうすれば暗部達の身が危ない。これ以上はもう良い」
「じゃあ、マイナルディのすぐ上は脅すだけでやめておくわ。つまんないけど」
 ウルリッカは執務机の前に置かれたソファにドカリと座った。
「プトレド王には素知らぬ顔してマイナルディの死の調査も依頼して~~、更には外交カードにすればいいわよね~~♪」
「こちらは向こうの悪意に晒された被害者であるという立場を通せばいい」
「実際、王妃が攫われそうになったんだもの。うちの可愛い王妃を慰み者にしようなんて信じられないわ」
「あれが欲しかったとして、実際プトレドに連れて行っても正妃にする事はもちろん、妾妃にする事すら出来んだろうがな」
「まあ、そうよね。同盟国の王妃を穏便に自分の妃にする方法なんてないわよねぇ。互いの同意がない限りは」
「どんなに欲しても、レイティアの立場を守った形での婚姻は無理である以上、慰み者にする位しか方法はなかっただろうな」
 ウルリッカは少し考えた様子を見せて、ベネディクト王に視線をやった。
「ねえ? それってさ? レイティア様がもし妾妃だったらどうだったかしら?」
「……何が言いたい?」
 ウルリッカは脚を組みその膝に肘を乗せて思案するように口許に指をやった。
「だって、あくまでも妾妃でしょ? 正妃である以上の重要性は無いし、本人不在で帰国を嫌がってるって言っちゃっても正妃ほどの問題は起こらないわよね~~? で、ほとぼりが冷めたら自分の妾妃にでもすればいいわけだし」
「…………」
「むしろ嫌がって亡命して表にも出てこない妾妃如きにムキになる王にきっと他国は冷ややかな目を向けるわ。今回の問題でプトレドに借りを作れたのはレイティア様が正妃だったから、というのは大きいと思うの」
 ウルリッカはベネディクト王の顔をじっと見つめる。
 たっぷりの間の後、とどめの一言を見舞った。
「太公様に感謝しなきゃね、陛下」
 ベネディクト王は盛大に眉を顰めた。
 ただ、レイティアを正妃にした経緯は確かに太公の遺言があってこそだ。あれがなければきっとそのままなし崩しに妾妃として輿入れさせていただろう。
 ベネディクト王はあまり体裁を気にしない王だ。出来得る限りの面倒ごとは省きたい質であるし、自身の威信にもあまり興味がない。
 それらを整えているのはあくまでも重臣達で本人ではない。
 逆に先代のエルネスティ王は大変に体裁を重んじた。他国に対する体裁を整える事にその治世を費やしたと言っても過言ではない。
「陛下? 今回の事で少しはわかったでしょ? 確かに体裁には面倒ごとが付随するけど、国として大事なものを守る為の詭弁としては大変に重要だったりするのよ? わかった?」
 ベネディクト王は不服そうに眉を顰めたが、大きく溜息を吐くと一言だけ返事をした。
「わかった」
「最近の陛下は物分かりが良くて本当に助かるわ~~。それもこれも王妃が可愛いおかげよね~~♪ で、ヴィカンデル様の処遇は決まったの?」
 ウルリッカは小首を傾げてベネディクト王に訊ねた。
「ああ、流刑だ」
「あれ? ホンカサロ様と同じ流刑地?」
「ああ、そうだ」
 第三妾妃であったレニタ・ヴィルヘルミーナ・ホンカサロはセオ島よりも更に南にある諸島群の小さな南の島にある流刑地に幽閉されている。
 彼女への処罰は斬首だったが刑はベネディクト王の婚姻式まで延期され、その後恩赦で減刑となって流刑に処された。
「まだ認めてないんでしょ?」
「あの女は絶対に認めんだろうな。そういう女だ」
 ベネディクト王はその話題には関心がなさそうに執務の手を動かし始めた。
「ラルセン様も無事にお嫁に行かれたし、これでお妃様はレイティア様だけになったわね~~」
「もうあれ以外は要らん」
 執務の手を休めず、視線は書類にやったままベネディクト王はサラリと答えた。
 書類にささっとサインをして、更に新しい書類を手に取る。
 そんなベネディクト王をウルリッカはニマニマと笑い頬杖をついて眺めた。
「……なんだ?」
「いや、陛下もすっかり愛妻家になっちゃったなぁ~~って。だって王妃可愛いもんね~~。レイティア様はご自分の事を普通だと思ってるみたいだけど」
「……あれは自分の目に見える能力しか測っておらんのだろうな」
「そうね~~。レイティア様は自分は剣が振るえないとか、政治が出来ないとか外交が出来ないとか、そんな事に目が行きがちよね」
「あれには人を惹きつける魅力がある。人の上に立つ者としては不可欠な能力だろうな」
 どんどん書類を分類しながらベネディクト王はレイティアを想う。
 想えば想うほど、その笑顔にいち早く会いたくなり作業と化している書類整理のスピードを上げていく。
「そうよね、レイティア様の為なら何でもやってあげたくなっちゃうもの」
「そういう意味では儂ですらあれに使われておるようなものだろうな。さ、これで政務は終わった。お前は暇そうだな。宰相にこの一角をもう一度吟味するように言っておけ」
 時間は昼過ぎ。今ならレイティアと昼食を摂れるかもしれない。
「はいはい、陛下。賜りましたわ」
 その返事を聞くとベネディクト王はウルリッカを置いて、さっさと執務室を出て行った。
 ウルリッカはそんなベネディクト王を微笑ましく見送り呟いた。
「そうね、グリムヒルトの実質の支配者はレイティア様だものね~~……」
 彼女の為ならば、汚れ仕事も進んでする程に心掴まれた自分達。
 
 ふと、その王妃から個人的に賜ったお守りに目をやる。
 お守りを手渡された時のレイティアの可愛らしさを思い出すと今でも顔に微笑みが乗る。
 ウルリッカはそれをきゅっと握って自分達の大切な王妃に想い馳せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?

季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

イケボな宰相と逃げる女騎士

ほのじー
恋愛
イケボな宰相×腰がくだけないよう踏ん張る女騎士 【Hotランキング2位ありがとうございます!!】 生真面目なジュリアは王妃の女騎士となり、二年が経った。22歳となり行き遅れとなった彼女はもう結婚も諦め一生王妃に仕えると心で誓っていた。 真面目で仕事中感情を乱さない彼女にも苦手な人物がいる。それは誰もが恐れる“氷の宰相”サイラスだ。なぜなら彼の中性的な声が腰にくるからで・・・ サイラス:「ジュリア殿、この書類間違ってませんかね」 ジュリア:「っ・・・もう一度確認しておきます!失礼します!!」 ーバタンー ジュリア:「はぅぅ・・」(耳元で話しかけないでー!!) ※本編はR15程度です。番外編にてR18表現が入ってきます

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

設定めちゃくちゃな乙女ゲームのモブに転生したら、何故か王子殿下に迫られてるんですけどぉ⁈〜なんでつがい制度なんてつくったのぉ

しおの
恋愛
前世プレイしていた乙女ゲームの世界に転生した主人公。一モブなはずなのに、攻略対象の王子に迫られて困ってますっ。 謎のつがい制度と設定ガバガバな運営のせいで振り回されながらすごす学園生活 ちょっとだけR18あります。 【完結保証】 つがい 男性 ハデス     女性 ペルセポネ ↑自分でもわからなくなっているので補足です 書きたいものを好きに書いております。ご都合主義多めです。さらっと雰囲気をお楽しみいただければ。

美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る

束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。 幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。 シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。 そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。 ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。 そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。 邪魔なのなら、いなくなろうと思った。 そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。 そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。 無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。

処理中です...