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194、閑話ー科戸2ー
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船上は俄かにざわつき、その騒ぎは船室の軍師の元にまで届く。
船室を出た軍師は高甲板のレイティアの隣に立った。
「どうされました? 姫」
「あそこに人が流されているんです! お願いです! 早く助けてあげて下さい! 本当に死んでしまう!」
今までのやり取りだけでもずいぶん経っている。
あんな海原に浮かんでいては本当に早くしなければ命はないだろう。
「賜りました。姫」
軍師は恭しくレイティアに頭を下げる。
その様子に海兵達は驚き、戸惑った。
軍師、ヴィルヘルム・ラリ・ヴィルッキラはこのグリムヒルトではベネディクト王の次に尊敬を集める人物だ。
ヴィルッキラ家は古く初代の海賊団の時代から代々王に仕え、しかもその王達皆が、代々の当主を重臣として扱った。
特にヴィルヘルムは同じ歳のベネディクト王の成人前から右腕として戦場を共にし、軍功を上げ、ギネゼ領主としてもその手腕は一目置かれ、更には炎のセイレーンを娶った事でその名声を不動のものとした。
ベネディクト王が即位したと同時に軍師に抜擢され、そのほぼ全権を預けられているにも関わらず、ベネディクト王への忠誠を忘れない。
そんな彼がベネディクト王にする様に恭しく頭を下げるという事は、このグリムヒルトにとって大変重要な人物だという事になる。
「救助に向かわせろ。今すぐに」
軍師が静かにそう命じると、海兵達は全員即座に敬礼をして、舵を取り、ボートの用意を始めた。
「ありがとうございます、軍師様」
「姫のご命令とあらば」
軍師はそれが当然の如く自然に腰を折り、礼を尽くした。
その様子を悉に見ていた海兵達はレイティアへの非礼は軍師の怒りを買う行為なのだと理解した。
船はその救助対象者の方へ向かい、ある程度の距離になった段階でボートを降ろす。
そして粗末な木片と言っていい程度の木板にしがみついている男が浮かんでるのが見えた。
海兵達はその男を救い上げて、ボートに乗せてそのボートごと軍船に引き上げた。
レイティアは自分の一張羅が汚れる事も厭わず、その海水でずぶ濡れの男の頭を抱えた。
「大丈夫? もう助かったわ!」
男の容貌にレイティアはぎょっとした。
その男は枯れ枝の様な体躯をしている。風貌はなんとなく自分達、原住の民に近い。
頬は瘦せ、目は窪んで、目の下にはくっきりと青黒い隈が出来ていた。
レイティアの声に反応したのか、男はうっすらと目を開ける。
虚ろに空を見つめて、そして男の視線の先にはマストの上の旗がある。
その様子を見守っていると、虚ろだった男の目に突如光が戻り、その光は仄暗く、でもとても強い、目を逸らしたくなる様な怨嗟の光だった。
男はよろよろと手を差し伸べる。
そして自分の頭を抱えるレイティアの両頬をがっちりと掴む。
その強さはその細腕からは考えられない程の強さで、レイティアは硬直する。
何も出来ず、そのまま男を見つめていたら、男の視線がレイティアに移った。
目が合うと、男は乾いた唇から絞り出す様にレイティアの目を睨み付けて呪いの言葉を吐いた。
「……絶対に、許さない……っ!! 、絶対に……っ!!」
そう、かすれた声が響いた。
レイティアの頬にグッと爪を立てられたかと思うと、ふっと力が抜けてぱたりと両の手は床に投げ出された。
男の双眸はもう虚を覗いている。
レイティアはただただ茫然とした。
マグダラスでは頻繁に城下に降りていた。
なので、人の死に接した事は何度かあった。
もちろん、悲しい深い後悔の中亡くなった人もいたけれど、それでも最後は何か救いの様なものがあったし、穏やかに死んでいった。
レイティアは怨嗟の中、なんの救いもなく亡くなっていく人間を初めて看取った。
この男の容貌はとても裕福に恵まれ幸せを享受してきたとは思えなかった。
体は痩せこけて、手はあか切れだらけでゴワゴワと固い。
きっとたくさん働いてきた人の手だ。そしてその働きは全く報われる事はなかったのだろう。
そんな男の手をしっかり握ると自然と涙が出て来た。
レイティアの後ろには軍師とヘリュが立っていた。
その様子を二人は黙って見守っている。
「……私、ちゃんとグリムヒルト王に伝えるから……。貴方の思い、ちゃんと伝えるから……」
それ以上は言葉にならなかった。
この男の最後が、あんなにも悲しく辛いものだった事がレイティアには耐えられなかった。
マグダラスは貧しい国だったけど、こんな風に憎しみで胸を焦がして亡くなる人は少なくとも自分の周りにはいなかった。
悲しくて悲しくて涙が止まらず、ずっとその苦労の刻まれた手を握っていると後ろからそっと、肩に手の平が乗せられたのが分かった。
「……その男を憐れんで下さるか?」
そう、ヘリュに問われて、レイティアは頷く。涙で声が詰まって言葉は出てこない。
「……そうか……」
ヘリュはそれだけ言うと、そのままレイティアが泣き止むのを待った。
船室を出た軍師は高甲板のレイティアの隣に立った。
「どうされました? 姫」
「あそこに人が流されているんです! お願いです! 早く助けてあげて下さい! 本当に死んでしまう!」
今までのやり取りだけでもずいぶん経っている。
あんな海原に浮かんでいては本当に早くしなければ命はないだろう。
「賜りました。姫」
軍師は恭しくレイティアに頭を下げる。
その様子に海兵達は驚き、戸惑った。
軍師、ヴィルヘルム・ラリ・ヴィルッキラはこのグリムヒルトではベネディクト王の次に尊敬を集める人物だ。
ヴィルッキラ家は古く初代の海賊団の時代から代々王に仕え、しかもその王達皆が、代々の当主を重臣として扱った。
特にヴィルヘルムは同じ歳のベネディクト王の成人前から右腕として戦場を共にし、軍功を上げ、ギネゼ領主としてもその手腕は一目置かれ、更には炎のセイレーンを娶った事でその名声を不動のものとした。
ベネディクト王が即位したと同時に軍師に抜擢され、そのほぼ全権を預けられているにも関わらず、ベネディクト王への忠誠を忘れない。
そんな彼がベネディクト王にする様に恭しく頭を下げるという事は、このグリムヒルトにとって大変重要な人物だという事になる。
「救助に向かわせろ。今すぐに」
軍師が静かにそう命じると、海兵達は全員即座に敬礼をして、舵を取り、ボートの用意を始めた。
「ありがとうございます、軍師様」
「姫のご命令とあらば」
軍師はそれが当然の如く自然に腰を折り、礼を尽くした。
その様子を悉に見ていた海兵達はレイティアへの非礼は軍師の怒りを買う行為なのだと理解した。
船はその救助対象者の方へ向かい、ある程度の距離になった段階でボートを降ろす。
そして粗末な木片と言っていい程度の木板にしがみついている男が浮かんでるのが見えた。
海兵達はその男を救い上げて、ボートに乗せてそのボートごと軍船に引き上げた。
レイティアは自分の一張羅が汚れる事も厭わず、その海水でずぶ濡れの男の頭を抱えた。
「大丈夫? もう助かったわ!」
男の容貌にレイティアはぎょっとした。
その男は枯れ枝の様な体躯をしている。風貌はなんとなく自分達、原住の民に近い。
頬は瘦せ、目は窪んで、目の下にはくっきりと青黒い隈が出来ていた。
レイティアの声に反応したのか、男はうっすらと目を開ける。
虚ろに空を見つめて、そして男の視線の先にはマストの上の旗がある。
その様子を見守っていると、虚ろだった男の目に突如光が戻り、その光は仄暗く、でもとても強い、目を逸らしたくなる様な怨嗟の光だった。
男はよろよろと手を差し伸べる。
そして自分の頭を抱えるレイティアの両頬をがっちりと掴む。
その強さはその細腕からは考えられない程の強さで、レイティアは硬直する。
何も出来ず、そのまま男を見つめていたら、男の視線がレイティアに移った。
目が合うと、男は乾いた唇から絞り出す様にレイティアの目を睨み付けて呪いの言葉を吐いた。
「……絶対に、許さない……っ!! 、絶対に……っ!!」
そう、かすれた声が響いた。
レイティアの頬にグッと爪を立てられたかと思うと、ふっと力が抜けてぱたりと両の手は床に投げ出された。
男の双眸はもう虚を覗いている。
レイティアはただただ茫然とした。
マグダラスでは頻繁に城下に降りていた。
なので、人の死に接した事は何度かあった。
もちろん、悲しい深い後悔の中亡くなった人もいたけれど、それでも最後は何か救いの様なものがあったし、穏やかに死んでいった。
レイティアは怨嗟の中、なんの救いもなく亡くなっていく人間を初めて看取った。
この男の容貌はとても裕福に恵まれ幸せを享受してきたとは思えなかった。
体は痩せこけて、手はあか切れだらけでゴワゴワと固い。
きっとたくさん働いてきた人の手だ。そしてその働きは全く報われる事はなかったのだろう。
そんな男の手をしっかり握ると自然と涙が出て来た。
レイティアの後ろには軍師とヘリュが立っていた。
その様子を二人は黙って見守っている。
「……私、ちゃんとグリムヒルト王に伝えるから……。貴方の思い、ちゃんと伝えるから……」
それ以上は言葉にならなかった。
この男の最後が、あんなにも悲しく辛いものだった事がレイティアには耐えられなかった。
マグダラスは貧しい国だったけど、こんな風に憎しみで胸を焦がして亡くなる人は少なくとも自分の周りにはいなかった。
悲しくて悲しくて涙が止まらず、ずっとその苦労の刻まれた手を握っていると後ろからそっと、肩に手の平が乗せられたのが分かった。
「……その男を憐れんで下さるか?」
そう、ヘリュに問われて、レイティアは頷く。涙で声が詰まって言葉は出てこない。
「……そうか……」
ヘリュはそれだけ言うと、そのままレイティアが泣き止むのを待った。
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