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25、唄声
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リル達が居なくなって、ゆうちゃんはもう中学生になった。
三杉悠香とは悠香が私立を受験して離れてしまった為に疎遠になった。
今となってはリルがいた事が夢だったのではないかと思ってしまいそうになっていた。
光彩が教室の埃を映し出している。
それをぼんやりと眺めながら頬杖をつく。
退屈な授業を聞き流しながら今でも思い出すリルの面影を想っていた。
授業よりかは身の入る部活を終えて真っ直ぐ家に帰る。
家には黒猫がしなやかな身体を伸ばし切って弓の様な格好で寝ている。
この黒猫はリルに懐いていた黒猫の子供だ。
ある日また子供を連れて噴水までやって来たので、一匹もらって来た。
なんとなく、リルと繋がっていられる様な気がしたから。
父親に頼み込んで自分が世話をする約束で飼う事をやっと許してもらえた黒猫の名はルリ。
大学生になった姉は最近忙しいらしく、あまり顔を合わせない。
自分達が大きくなった事によってずっと頼んでいた家政婦さんは契約を切った。
なので買い出しは自分で行かなければならない。毎日の日課だ。
公園を通過して噴水の前を通る。
そうして通っていればリルとまた会えるかもしれないと思った。
やっぱり今日もリルはいない。
いない事が当然になってしまっている。
しばらくはやって来ていたルリの母親も来なくなってしまった。
猫を飼い始めて初めて知ったが、野良猫の寿命は短い。
きっともう生きてはいないんだろう。
噴水に目をやり、ふぅとため息をつく。
スーパーに行き、今日は面倒なので自炊はやめる。簡単に食べられる物を買ってまた公園を通過した。
噴水に近くなると聴き覚えのある唄声が風に乗ってやって来た。
耳に焼き付くその唄声に、ゆうちゃんの心臓はドキリと高鳴る。
知らぬ間に走っていた。
走って走って、噴水まで辿り着く。
そこには夕焼けに照らされて、会いたかった姿があった。
噴水に座ったその人の長い緑の髪が風に揺れている。
その透明感のある唄声が大気を優しく撫ぜる様に耳に届く。
その姿を見つけた途端、ゆうちゃんは何故だか硬直してしまう。
リルは幾分も変わっていない。
全然老いていない。
最後にいつもリルに着いてる男が言った、「魔界に帰る」という言葉。
人外としか思えない、美しい唄声。
…もしかしたら、リルは人間じゃないのかもしれない…。
ずっとそんな予感はあったけれど、自分の中で否定していた。そして沈めていたのだが、ここに来て確信に変わってしまった。
「…リル?」
唄が終わった頃、恐る恐る、声をかける。
その人は振り返った。
しばらくじっと見つめて、ハッと笑顔を見せた。
「…あ!ゆうちゃんだぁ~!」
リルは立ち上がる。
そしていつもの様に腕を広げた。
ゆるゆるとリルに近づき、最後は走り出した。
そして思わずギュッと抱きしめてしまう。
今やリルより高くなった背でリルを包み込む。
「…ゆうちゃん、おっきくなったねぇ」
リルはゆうちゃんの頭を撫でながらにっこりと笑っている。
「リル、会いたかったんだ…。ずっと、会いたかったんだ…」
リルはゆうちゃんの背中に腕を回し、ポンポンと優しく叩く。
「リルもゆうちゃんにあいたかったよ」
何も変わらないリル。
きっと自分が老いても彼女は何も変わらない。
自分がもっと大人になって、例えば働いて、結婚して、子供を持って、そんな風に時間に流されて行っても、リルは何も変わらない。
美しい姿のまま、きっと今の様に笑ってるんだろう。
この瞬間、リルはゆうちゃんにとって永遠の聖母様の様な存在になった。
「…リル、元気だった?」
ゆうちゃんはリルに笑いかける。
「うん、げんきだったよ!あのね、リルね、あかちゃんうんだんだよ!」
「赤ちゃん?」
「うん、それでね、まかいにかえってたの」
「…そっか…。赤ちゃんは一緒にいないの?」
「まかいにいるよ。おるすばんしてくれてるの」
「リルの赤ちゃんはもう大きいの?」
「うん、もうおにいさんだよ。とってもつよいんだって」
「そうか…。リルはもうお母さんなんだ…」
「ゆうちゃんは?」
「俺?俺は中学生になったよ」
ゆうちゃんは昔の様に自分の今までの事をたくさんリルに話して聞かせた。
小学校での印象的だった出来事、運動会で一番を取った時の事や、林間学校や修学旅行の話、卒業式、入学式、ここに来ていた黒猫の子供を一匹飼っている事、色んな事を尽きる事なく話して聞かせた。
リルはいつもの様にうんうんとニコニコ笑って話を聞いてくれる。
話が尽きる頃には日が落ちて、辺りはすっかり宵闇だった。
話尽きてふぅと一息ついた時、ふとゆうちゃんの中に込み上げた思い。
きっとリルと会えるのはこれで最後だ。
なんとなく直感した。
リルは、ニコリと笑って唄を唄い出す。
上手くいえないけど
君に伝えたい言葉が思いがあるんだ
君はいつだって僕の支えだったんだ
僕は一人ぼっちでは無いんだと君の唄声が教えてくれたんだ
一人の夜も
君の唄声を想えば勇気が湧いた
大きな石に蹴つまずいた日も悔し涙の横には君がくれた唄がいた
君は僕の支えだったんだ
支えだったんだ
支えだったんだ
君に伝えたいのはありがとう
愛してるって事
僕達の日々はきっと時間に溶けて消えていくんだろうけど、
君の唄声はずっと僕の胸にいる
君の唄は僕の支えだったんだ
支えだったんだ
支えだったんだ
お別れしたくないけどお別れの時間だね
ありがとう
ずっとずっと愛してる
唄い終えるとリルは笑う。
「リル。そろそろ戻ろうか」
リルにいつも着いてる男の一人が声をかけた。
「うん、ゆうちゃん、リルもういかなきゃ」
「…うん。ありがとう、会いに来てくれたんだろ?」
「うん、オタマさんにもあいたかったなぁ」
「あの黒猫はもういないけど、俺んちに子供はいるから、そいつは元気だよ」
「よかったぁ。オタマさんのあかちゃんげんきなんだね」
「…じゃあね、ゆうちゃん!またね!」
手を振って去り、二人の男の所へ向かう。
「うん、また。リル…」
宵闇の中に三人のシルエットが溶けて消えた。
きっと、もうこれで時間が自分とリルを別つだろう。
別の時間を生きてる生き物であるリルは次会った時自分だとは気付かないかもしれない。
それでも、自分の中からリルはきっと消える事は無い。
ゆうちゃんはいつまでもいつまでも、リルの去っていた方を見つめ続けていた。
今も耳に残る唄声を聴き取る様に、ジッと、耳を澄まして。
三杉悠香とは悠香が私立を受験して離れてしまった為に疎遠になった。
今となってはリルがいた事が夢だったのではないかと思ってしまいそうになっていた。
光彩が教室の埃を映し出している。
それをぼんやりと眺めながら頬杖をつく。
退屈な授業を聞き流しながら今でも思い出すリルの面影を想っていた。
授業よりかは身の入る部活を終えて真っ直ぐ家に帰る。
家には黒猫がしなやかな身体を伸ばし切って弓の様な格好で寝ている。
この黒猫はリルに懐いていた黒猫の子供だ。
ある日また子供を連れて噴水までやって来たので、一匹もらって来た。
なんとなく、リルと繋がっていられる様な気がしたから。
父親に頼み込んで自分が世話をする約束で飼う事をやっと許してもらえた黒猫の名はルリ。
大学生になった姉は最近忙しいらしく、あまり顔を合わせない。
自分達が大きくなった事によってずっと頼んでいた家政婦さんは契約を切った。
なので買い出しは自分で行かなければならない。毎日の日課だ。
公園を通過して噴水の前を通る。
そうして通っていればリルとまた会えるかもしれないと思った。
やっぱり今日もリルはいない。
いない事が当然になってしまっている。
しばらくはやって来ていたルリの母親も来なくなってしまった。
猫を飼い始めて初めて知ったが、野良猫の寿命は短い。
きっともう生きてはいないんだろう。
噴水に目をやり、ふぅとため息をつく。
スーパーに行き、今日は面倒なので自炊はやめる。簡単に食べられる物を買ってまた公園を通過した。
噴水に近くなると聴き覚えのある唄声が風に乗ってやって来た。
耳に焼き付くその唄声に、ゆうちゃんの心臓はドキリと高鳴る。
知らぬ間に走っていた。
走って走って、噴水まで辿り着く。
そこには夕焼けに照らされて、会いたかった姿があった。
噴水に座ったその人の長い緑の髪が風に揺れている。
その透明感のある唄声が大気を優しく撫ぜる様に耳に届く。
その姿を見つけた途端、ゆうちゃんは何故だか硬直してしまう。
リルは幾分も変わっていない。
全然老いていない。
最後にいつもリルに着いてる男が言った、「魔界に帰る」という言葉。
人外としか思えない、美しい唄声。
…もしかしたら、リルは人間じゃないのかもしれない…。
ずっとそんな予感はあったけれど、自分の中で否定していた。そして沈めていたのだが、ここに来て確信に変わってしまった。
「…リル?」
唄が終わった頃、恐る恐る、声をかける。
その人は振り返った。
しばらくじっと見つめて、ハッと笑顔を見せた。
「…あ!ゆうちゃんだぁ~!」
リルは立ち上がる。
そしていつもの様に腕を広げた。
ゆるゆるとリルに近づき、最後は走り出した。
そして思わずギュッと抱きしめてしまう。
今やリルより高くなった背でリルを包み込む。
「…ゆうちゃん、おっきくなったねぇ」
リルはゆうちゃんの頭を撫でながらにっこりと笑っている。
「リル、会いたかったんだ…。ずっと、会いたかったんだ…」
リルはゆうちゃんの背中に腕を回し、ポンポンと優しく叩く。
「リルもゆうちゃんにあいたかったよ」
何も変わらないリル。
きっと自分が老いても彼女は何も変わらない。
自分がもっと大人になって、例えば働いて、結婚して、子供を持って、そんな風に時間に流されて行っても、リルは何も変わらない。
美しい姿のまま、きっと今の様に笑ってるんだろう。
この瞬間、リルはゆうちゃんにとって永遠の聖母様の様な存在になった。
「…リル、元気だった?」
ゆうちゃんはリルに笑いかける。
「うん、げんきだったよ!あのね、リルね、あかちゃんうんだんだよ!」
「赤ちゃん?」
「うん、それでね、まかいにかえってたの」
「…そっか…。赤ちゃんは一緒にいないの?」
「まかいにいるよ。おるすばんしてくれてるの」
「リルの赤ちゃんはもう大きいの?」
「うん、もうおにいさんだよ。とってもつよいんだって」
「そうか…。リルはもうお母さんなんだ…」
「ゆうちゃんは?」
「俺?俺は中学生になったよ」
ゆうちゃんは昔の様に自分の今までの事をたくさんリルに話して聞かせた。
小学校での印象的だった出来事、運動会で一番を取った時の事や、林間学校や修学旅行の話、卒業式、入学式、ここに来ていた黒猫の子供を一匹飼っている事、色んな事を尽きる事なく話して聞かせた。
リルはいつもの様にうんうんとニコニコ笑って話を聞いてくれる。
話が尽きる頃には日が落ちて、辺りはすっかり宵闇だった。
話尽きてふぅと一息ついた時、ふとゆうちゃんの中に込み上げた思い。
きっとリルと会えるのはこれで最後だ。
なんとなく直感した。
リルは、ニコリと笑って唄を唄い出す。
上手くいえないけど
君に伝えたい言葉が思いがあるんだ
君はいつだって僕の支えだったんだ
僕は一人ぼっちでは無いんだと君の唄声が教えてくれたんだ
一人の夜も
君の唄声を想えば勇気が湧いた
大きな石に蹴つまずいた日も悔し涙の横には君がくれた唄がいた
君は僕の支えだったんだ
支えだったんだ
支えだったんだ
君に伝えたいのはありがとう
愛してるって事
僕達の日々はきっと時間に溶けて消えていくんだろうけど、
君の唄声はずっと僕の胸にいる
君の唄は僕の支えだったんだ
支えだったんだ
支えだったんだ
お別れしたくないけどお別れの時間だね
ありがとう
ずっとずっと愛してる
唄い終えるとリルは笑う。
「リル。そろそろ戻ろうか」
リルにいつも着いてる男の一人が声をかけた。
「うん、ゆうちゃん、リルもういかなきゃ」
「…うん。ありがとう、会いに来てくれたんだろ?」
「うん、オタマさんにもあいたかったなぁ」
「あの黒猫はもういないけど、俺んちに子供はいるから、そいつは元気だよ」
「よかったぁ。オタマさんのあかちゃんげんきなんだね」
「…じゃあね、ゆうちゃん!またね!」
手を振って去り、二人の男の所へ向かう。
「うん、また。リル…」
宵闇の中に三人のシルエットが溶けて消えた。
きっと、もうこれで時間が自分とリルを別つだろう。
別の時間を生きてる生き物であるリルは次会った時自分だとは気付かないかもしれない。
それでも、自分の中からリルはきっと消える事は無い。
ゆうちゃんはいつまでもいつまでも、リルの去っていた方を見つめ続けていた。
今も耳に残る唄声を聴き取る様に、ジッと、耳を澄まして。
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