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32、進路
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美優はバイト先のスタッフルームで木之崎に頭を下げる。
「わかったよ。じゃあ、本部の人に話通すね」
「お願いします」
「待遇は本部の人から直接聞いてね。俺とは違うと思うから」
「わかりました」
美優は結局一旦、バイト先の漫画喫茶はうはうでの雇用条件を本部の人と話し合ってみる事にした。
条件が折り合えば、このまま就職するつもりだ。
そしてこの日は仕事をこなして店を出た。
この所インフルエンザが従業員に蔓延して美優はその代理で連日長時間シフトに入っていた。
せっかく付き合いだしたのに壱弥とはあまり会えずにいたが、それでも毎日頻繁にメッセージのやり取りと、一日の終わりの通話は必ずしていた。
自転車に乗って帰宅する。
マンションの駐輪場に自転車を停めて、エントランスに行き、郵便受けを見る。
いつもの様に少しのチラシと事務的な通知の郵便を取り出してエレベーターに乗り込んだ。
自分の部屋まで辿り着いて鍵を閉めていつもの定位置に鞄を置く。
コートを脱いでクローゼットに仕舞い、カフェオレを淹れてソファに座り込んでスマホを覗き込んで壱弥からのメッセージを確認した。
【バイトお疲れ様。気を付けて帰ってね?】
【今帰って来たよ。一息入れてるとこ】
そう返信すると、すぐに壱弥からの着信があった。
それにすぐに出ると壱弥の優しい声が美優を労う。
『お疲れ様、美優ちゃん。今日も長時間だったね。この所毎日長時間働いてるけど大丈夫?』
「うん、大丈夫だよ。仕事自体はそんなに無理しなきゃいけない内容じゃないから」
『でも職場、インフル流行ってるんでしょ? ホントに気をつけてね?』
「うん、気を付ける」
『あ、そうそう。美優ちゃんの誕生日4日と5日、ホテル取れた。パークチケットも一緒に取ったから空けといて』
「ホント? 凄く楽しみだな。ありがとうね、壱弥君」
『うん、楽しもうね』
「私、ワイルドスタジオ前に友達と一回行ったんだけどジェットコースターは凄く苦手なの」
『あそこは特にショーに力入ってるみたいだから、ハード系アトラクションダメでも全然楽しめるんじゃないかな?』
「私ダンスとか歌とか見るの凄く好きなんだ。なんか今から浮かれちゃう」
『俺もかなり浮かれてる。俺はどっちかって言うと映画かアニメのアトラクションが楽しみかな』
「ああ、なんか半分ホントの役者さんが演じてるヤツでしょ? それも楽しみだね!」
『うん、そうそう。当日は平日だし二日間入れるし比較的のんびり回れるだろうから、ゆっくり散策しながら行こっか』
「うん、就職しちゃったら大変になると思うんだよね、休み取るの。だから今回は貴重な二日間だと思うんだ」
『……本当にはうはうに就職するの?』
「まだ条件とか話し合ってないからわからないけど、そのつもりでいるよ」
『そっか……』
「壱弥君はあまり賛成じゃない?」
スマホの向こうの壱弥はしばしの沈黙の後、少し溜息を吐いた。
『接客は心配だな。美優ちゃん可愛いから、お客さんにいい人が現れたらどうしようって』
壱弥のあまりに真剣な声音に美優は少しだけ呆れてしまう。
そして安心させるように朗らかに言った。
「そんな事ないよ。大丈夫だよ。私本当に心配しなくてもモテたりしないし。それを言うなら壱弥君の方が心配だよ? とっても格好良くてたくさんモテるんだから」
『俺は美優ちゃんしかいないから、他なんてどうでもいい』
「私だって、こんなにいっぱい想ってくれる人なんて壱弥君だけだもん、ホントに心配し過ぎだよ」
『……美優ちゃん、自分が可愛いってもう少し自覚してよ。逆に心配だ』
「……きっと壱弥君にだけ可愛く見えてるんじゃないかな?」
美優はやはり今日もこの展開になったかと内心困ってしまった。
壱弥には何故か自分がとても可愛く見えているらしく、まるで絶世の美女を彼女に持ってしまったかのような心配を毎日の様にしている。
顔の赤くなってしまう様な誉め言葉を浴びせられて、毎日本当に恥ずかしい。
『そんな事ないんだって。誰が見たって美優ちゃんは可愛いに決まってるでしょ? ホント自覚して、セキュリティ上げて欲しいんだよね』
「あの、ホントに元カレ以来、告白してくれたのって壱弥君だけなんだよ? それに私見た目も中身も平凡だし」
『平凡な訳ないじゃん、可愛い上に性格も良くて優しい。絶対狙ってる奴いっぱいいるから。その中に美優ちゃんの好みの男がいるかもしれない』
「……あのね? そんな人いないし、好みの男の人なんて現れないよ?」
『……どうして?』
「……壱弥君しかいないから」
『……ホントに?』
「うん」
『美優ちゃん、大好きだよ。美優ちゃんは?』
スマホ越しに壱弥の優しく甘い声が囁く。
そう、こうして必ず毎日引き出される言葉。
必ず毎日こうして愛を確認される。
「……大好き」
『ホント? 嬉しい』
毎日こんな風にやり取りをして、しばらく話して通話を切る。
通話を切った後は、毎日大きな溜息を吐いてしまう。
何せ壱弥の自分に対する熱量は凄まじい。
毎日何の躊躇もなく愛の言葉を捧げられ、愛を確認され、壱弥の甘い囁きにずっと胸を高鳴らせているので、通話の後はいつも顔が真っ赤だ。
卒業式までの間、美優は基本的にほぼ毎日朝から晩までバイトに入って一日の終わりには壱弥と話をして終わる、そんな生活を送っていた。
そんな中、本部の人が訪ねて来て面談をすることになる。
美優の場合、仕事の内容は全て頭に入っているので、最初から店長候補として正社員での雇用で良いという事になった。
正社員での雇用は4月からという話で決着が付き、3月いっぱいはバイトとして勤める事になった。
それを壱弥達に報告すると、皆応援してくれ、何かあればいつでも自分の会社に来るようにと忠也に念を押された。
休日の前日の夜、また皆で忠也の港の店、[ファロル]に集まる事になった。
試合に向けて調整中の棗以外の全員集まって食事をしながら、美優の就職について話し合い始める。
「美優ちゃん、ホントにきつくなったりしたらいつでも俺らの会社おいで? 職種は色々あるから」
忠也がワイングラスを片手に美優に言った。
「うん、ありがとう。とりあえず店長候補っていうのを経験してみる。多分お店の経理も担当する事になるから、それもしっかり経験してくるね」
「そう? ホントに大丈夫? 条件とかちゃんとしてもらえてる?」
美優の隣に座る穂澄が心配そうに訊ねる。
「うん、そんなに悪い条件じゃないよ? なんかね、結構業績もいいみたいで店舗増やす予定だったから逆に助かるからって正社員雇用してくれる事になったし」
「そう? だったらいいんだけど」
「確かにはうはうってブースも綺麗だしドリンクも充実してるしシャワー室多くて清潔だし、評判良いよね」
航生もワインを呷りながら言った。
「この辺りの満喫で一番いいもんな、はうはう」
帆高は大きなボウルの中の野菜をトングで掴みながら誰にともなく言う。
「うん、はうはうの面接に行ったのも、お店が綺麗で清潔感があるからって理由だったんだ」
本当は元々、美優の父親のアドバイスだった。
店の中のどこを見ても綺麗にしてある店がいい、従業員の、ひいてはその雇用主の人柄が出るから、と。
幾つか行ったバイトの面接の中で、一番父親のアドバイス通りだったのがはうはうだった。
掃除が行き届いていて、訪ねていった時の従業員の人達の対応が良かった。
受かったバイト先の中からはうはうを選んだ。
「それはいい判断だよ。清潔な店は従業員がしっかり働けるいい環境を雇用主が作ってるって事だから」
帆高が美優を見て微笑む。
「うん、本当に。私の判断じゃなくてお父さんからアドバイスしてもらったの」
「そっか。お父さん、先見の明のある方だったんだね」
帆高の笑顔が更に深まって優しくなる。
「あ、話変わるんだけどさ?」
壱弥が突然皆に向けて声を上げた。
「1日さ、美優ちゃんの卒業式なんだけど、皆予定空けられる?」
「そうなの? 勿論空けるわよ? お祝いしないとね!」
穂澄が興奮気味に壱弥に同意する。
「え、そんな、もう日も無いし無理しなくてもいいよ?!」
美優は慌てて皆に固辞する。
「いや、無理じゃないし。お祝いするし」
航生が楽し気に美優にそう言うと、帆高も頷く。
「ま、これを口実にして皆で集まって酒が飲めるって事で。美優ちゃんは遠慮なく祝ってもらおうね?」
「ええ……?」
帆高の強引な言い分に困り顔で答えていると、隣に座る壱弥が美優の手をテーブルの下で握った。
「そういう事だから、諦めてね?」
いつもの有無を言わせない笑顔で微笑まれてしまって、もうお祝いと称したパーティはほぼ決定だろう。
「場所はここでいいか?」
忠也が意気揚々と壱弥に訊ねる。
「どう? 美優ちゃん」
「私は馴染みのあるここがいいかな。忠也さんや沙百合さん達にご迷惑でなければ」
丁度料理を持って上がって来た沙百合が美優に笑いかけた。
「もちろん、迷惑なんて事ないわよ。腕によりをかけてご馳走作るよう言っておくわ」
「ありがとうございます」
「よし、じゃ、そうと決まったらお前らしっかり仕事調整しとけよ?」
「「「了解」」」
「俺、美優ちゃんの卒業式出席するから、準備丸投げになるけど、構わない?」
「うん、全然いいわよ? ね?」
「うん、料理はこの店の料理でいいし。飾り付け位のもんでしょ?」
「え、そんな、そんなに大掛かりにしないでね?! ホントにお祝いしてくれるだけで充分嬉しいから」
なにやら皆は本格的なパーティを想定しているみたいでそれにも慌てて固辞をする。
「だって、美優ちゃん、5日誕生日だし、バレンタインデーに壱弥と付き合いだしたんでしょ?」
それを突然言われてびっくりして美優の顔は耳まで真っ赤になってしまう。
穂澄は微笑みながらそんな美優の顔を覗き込む。
「やだ、美優ちゃん、耳まで真っ赤よ? ホント可愛いんだから」
「ま、そのお祝いも全部兼ねてるから。寧ろ全部一緒にして悪いね」
航生が届いたローストチキンを人数分に切り分け、笑いながら言った。
「そういう事だから。ちょっと本気で飾っちゃう? なんてったって、壱弥の初カノだからな。ここは盛大に祝おう」
航生が切り分けたチキンを帆高が配りながら笑った。
「そうね! ほら、高城と三木って企画会社やってなかった? あいつらんとこなら装飾色々あるんじゃないの? 貸してもらいましょ」
「そうだっけ? じゃあ、俺高城に連絡してみるわ」
穂澄がそう言うと早速スマホを取り出して何やら連絡し始めた。
帆高もスマホを取り出して何やらメッセージを打ち始める。
話がどんどん進んでいく。もう美優が止められる様な雰囲気ではない。
急な展開に美優はあたふたと二人を眺める事しか出来ない。
そんな美優を壱弥は微笑みながら見つめていた。
「わかったよ。じゃあ、本部の人に話通すね」
「お願いします」
「待遇は本部の人から直接聞いてね。俺とは違うと思うから」
「わかりました」
美優は結局一旦、バイト先の漫画喫茶はうはうでの雇用条件を本部の人と話し合ってみる事にした。
条件が折り合えば、このまま就職するつもりだ。
そしてこの日は仕事をこなして店を出た。
この所インフルエンザが従業員に蔓延して美優はその代理で連日長時間シフトに入っていた。
せっかく付き合いだしたのに壱弥とはあまり会えずにいたが、それでも毎日頻繁にメッセージのやり取りと、一日の終わりの通話は必ずしていた。
自転車に乗って帰宅する。
マンションの駐輪場に自転車を停めて、エントランスに行き、郵便受けを見る。
いつもの様に少しのチラシと事務的な通知の郵便を取り出してエレベーターに乗り込んだ。
自分の部屋まで辿り着いて鍵を閉めていつもの定位置に鞄を置く。
コートを脱いでクローゼットに仕舞い、カフェオレを淹れてソファに座り込んでスマホを覗き込んで壱弥からのメッセージを確認した。
【バイトお疲れ様。気を付けて帰ってね?】
【今帰って来たよ。一息入れてるとこ】
そう返信すると、すぐに壱弥からの着信があった。
それにすぐに出ると壱弥の優しい声が美優を労う。
『お疲れ様、美優ちゃん。今日も長時間だったね。この所毎日長時間働いてるけど大丈夫?』
「うん、大丈夫だよ。仕事自体はそんなに無理しなきゃいけない内容じゃないから」
『でも職場、インフル流行ってるんでしょ? ホントに気をつけてね?』
「うん、気を付ける」
『あ、そうそう。美優ちゃんの誕生日4日と5日、ホテル取れた。パークチケットも一緒に取ったから空けといて』
「ホント? 凄く楽しみだな。ありがとうね、壱弥君」
『うん、楽しもうね』
「私、ワイルドスタジオ前に友達と一回行ったんだけどジェットコースターは凄く苦手なの」
『あそこは特にショーに力入ってるみたいだから、ハード系アトラクションダメでも全然楽しめるんじゃないかな?』
「私ダンスとか歌とか見るの凄く好きなんだ。なんか今から浮かれちゃう」
『俺もかなり浮かれてる。俺はどっちかって言うと映画かアニメのアトラクションが楽しみかな』
「ああ、なんか半分ホントの役者さんが演じてるヤツでしょ? それも楽しみだね!」
『うん、そうそう。当日は平日だし二日間入れるし比較的のんびり回れるだろうから、ゆっくり散策しながら行こっか』
「うん、就職しちゃったら大変になると思うんだよね、休み取るの。だから今回は貴重な二日間だと思うんだ」
『……本当にはうはうに就職するの?』
「まだ条件とか話し合ってないからわからないけど、そのつもりでいるよ」
『そっか……』
「壱弥君はあまり賛成じゃない?」
スマホの向こうの壱弥はしばしの沈黙の後、少し溜息を吐いた。
『接客は心配だな。美優ちゃん可愛いから、お客さんにいい人が現れたらどうしようって』
壱弥のあまりに真剣な声音に美優は少しだけ呆れてしまう。
そして安心させるように朗らかに言った。
「そんな事ないよ。大丈夫だよ。私本当に心配しなくてもモテたりしないし。それを言うなら壱弥君の方が心配だよ? とっても格好良くてたくさんモテるんだから」
『俺は美優ちゃんしかいないから、他なんてどうでもいい』
「私だって、こんなにいっぱい想ってくれる人なんて壱弥君だけだもん、ホントに心配し過ぎだよ」
『……美優ちゃん、自分が可愛いってもう少し自覚してよ。逆に心配だ』
「……きっと壱弥君にだけ可愛く見えてるんじゃないかな?」
美優はやはり今日もこの展開になったかと内心困ってしまった。
壱弥には何故か自分がとても可愛く見えているらしく、まるで絶世の美女を彼女に持ってしまったかのような心配を毎日の様にしている。
顔の赤くなってしまう様な誉め言葉を浴びせられて、毎日本当に恥ずかしい。
『そんな事ないんだって。誰が見たって美優ちゃんは可愛いに決まってるでしょ? ホント自覚して、セキュリティ上げて欲しいんだよね』
「あの、ホントに元カレ以来、告白してくれたのって壱弥君だけなんだよ? それに私見た目も中身も平凡だし」
『平凡な訳ないじゃん、可愛い上に性格も良くて優しい。絶対狙ってる奴いっぱいいるから。その中に美優ちゃんの好みの男がいるかもしれない』
「……あのね? そんな人いないし、好みの男の人なんて現れないよ?」
『……どうして?』
「……壱弥君しかいないから」
『……ホントに?』
「うん」
『美優ちゃん、大好きだよ。美優ちゃんは?』
スマホ越しに壱弥の優しく甘い声が囁く。
そう、こうして必ず毎日引き出される言葉。
必ず毎日こうして愛を確認される。
「……大好き」
『ホント? 嬉しい』
毎日こんな風にやり取りをして、しばらく話して通話を切る。
通話を切った後は、毎日大きな溜息を吐いてしまう。
何せ壱弥の自分に対する熱量は凄まじい。
毎日何の躊躇もなく愛の言葉を捧げられ、愛を確認され、壱弥の甘い囁きにずっと胸を高鳴らせているので、通話の後はいつも顔が真っ赤だ。
卒業式までの間、美優は基本的にほぼ毎日朝から晩までバイトに入って一日の終わりには壱弥と話をして終わる、そんな生活を送っていた。
そんな中、本部の人が訪ねて来て面談をすることになる。
美優の場合、仕事の内容は全て頭に入っているので、最初から店長候補として正社員での雇用で良いという事になった。
正社員での雇用は4月からという話で決着が付き、3月いっぱいはバイトとして勤める事になった。
それを壱弥達に報告すると、皆応援してくれ、何かあればいつでも自分の会社に来るようにと忠也に念を押された。
休日の前日の夜、また皆で忠也の港の店、[ファロル]に集まる事になった。
試合に向けて調整中の棗以外の全員集まって食事をしながら、美優の就職について話し合い始める。
「美優ちゃん、ホントにきつくなったりしたらいつでも俺らの会社おいで? 職種は色々あるから」
忠也がワイングラスを片手に美優に言った。
「うん、ありがとう。とりあえず店長候補っていうのを経験してみる。多分お店の経理も担当する事になるから、それもしっかり経験してくるね」
「そう? ホントに大丈夫? 条件とかちゃんとしてもらえてる?」
美優の隣に座る穂澄が心配そうに訊ねる。
「うん、そんなに悪い条件じゃないよ? なんかね、結構業績もいいみたいで店舗増やす予定だったから逆に助かるからって正社員雇用してくれる事になったし」
「そう? だったらいいんだけど」
「確かにはうはうってブースも綺麗だしドリンクも充実してるしシャワー室多くて清潔だし、評判良いよね」
航生もワインを呷りながら言った。
「この辺りの満喫で一番いいもんな、はうはう」
帆高は大きなボウルの中の野菜をトングで掴みながら誰にともなく言う。
「うん、はうはうの面接に行ったのも、お店が綺麗で清潔感があるからって理由だったんだ」
本当は元々、美優の父親のアドバイスだった。
店の中のどこを見ても綺麗にしてある店がいい、従業員の、ひいてはその雇用主の人柄が出るから、と。
幾つか行ったバイトの面接の中で、一番父親のアドバイス通りだったのがはうはうだった。
掃除が行き届いていて、訪ねていった時の従業員の人達の対応が良かった。
受かったバイト先の中からはうはうを選んだ。
「それはいい判断だよ。清潔な店は従業員がしっかり働けるいい環境を雇用主が作ってるって事だから」
帆高が美優を見て微笑む。
「うん、本当に。私の判断じゃなくてお父さんからアドバイスしてもらったの」
「そっか。お父さん、先見の明のある方だったんだね」
帆高の笑顔が更に深まって優しくなる。
「あ、話変わるんだけどさ?」
壱弥が突然皆に向けて声を上げた。
「1日さ、美優ちゃんの卒業式なんだけど、皆予定空けられる?」
「そうなの? 勿論空けるわよ? お祝いしないとね!」
穂澄が興奮気味に壱弥に同意する。
「え、そんな、もう日も無いし無理しなくてもいいよ?!」
美優は慌てて皆に固辞する。
「いや、無理じゃないし。お祝いするし」
航生が楽し気に美優にそう言うと、帆高も頷く。
「ま、これを口実にして皆で集まって酒が飲めるって事で。美優ちゃんは遠慮なく祝ってもらおうね?」
「ええ……?」
帆高の強引な言い分に困り顔で答えていると、隣に座る壱弥が美優の手をテーブルの下で握った。
「そういう事だから、諦めてね?」
いつもの有無を言わせない笑顔で微笑まれてしまって、もうお祝いと称したパーティはほぼ決定だろう。
「場所はここでいいか?」
忠也が意気揚々と壱弥に訊ねる。
「どう? 美優ちゃん」
「私は馴染みのあるここがいいかな。忠也さんや沙百合さん達にご迷惑でなければ」
丁度料理を持って上がって来た沙百合が美優に笑いかけた。
「もちろん、迷惑なんて事ないわよ。腕によりをかけてご馳走作るよう言っておくわ」
「ありがとうございます」
「よし、じゃ、そうと決まったらお前らしっかり仕事調整しとけよ?」
「「「了解」」」
「俺、美優ちゃんの卒業式出席するから、準備丸投げになるけど、構わない?」
「うん、全然いいわよ? ね?」
「うん、料理はこの店の料理でいいし。飾り付け位のもんでしょ?」
「え、そんな、そんなに大掛かりにしないでね?! ホントにお祝いしてくれるだけで充分嬉しいから」
なにやら皆は本格的なパーティを想定しているみたいでそれにも慌てて固辞をする。
「だって、美優ちゃん、5日誕生日だし、バレンタインデーに壱弥と付き合いだしたんでしょ?」
それを突然言われてびっくりして美優の顔は耳まで真っ赤になってしまう。
穂澄は微笑みながらそんな美優の顔を覗き込む。
「やだ、美優ちゃん、耳まで真っ赤よ? ホント可愛いんだから」
「ま、そのお祝いも全部兼ねてるから。寧ろ全部一緒にして悪いね」
航生が届いたローストチキンを人数分に切り分け、笑いながら言った。
「そういう事だから。ちょっと本気で飾っちゃう? なんてったって、壱弥の初カノだからな。ここは盛大に祝おう」
航生が切り分けたチキンを帆高が配りながら笑った。
「そうね! ほら、高城と三木って企画会社やってなかった? あいつらんとこなら装飾色々あるんじゃないの? 貸してもらいましょ」
「そうだっけ? じゃあ、俺高城に連絡してみるわ」
穂澄がそう言うと早速スマホを取り出して何やら連絡し始めた。
帆高もスマホを取り出して何やらメッセージを打ち始める。
話がどんどん進んでいく。もう美優が止められる様な雰囲気ではない。
急な展開に美優はあたふたと二人を眺める事しか出来ない。
そんな美優を壱弥は微笑みながら見つめていた。
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