淡き河、流るるままに

糸冬

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おわりに

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 別所源兵衛長行が討死したのは九月十六日、青野原においてのことだと記録には残る。

 青野原とは南北朝時代の古戦場として知られた地名であり、「関ヶ原の合戦」との名称が定着するまでの間、歴史に残る大戦さがそう呼ばれていた時期もあったらしい。
 ただし、関ヶ原の合戦が行われた九月十五日ではなく、翌日が命日とされている理由は判らない。
 単なる記録違いか、致命傷を負いながら一日生きながらえていたのか、今となっては知る由もない。
 いずれにせよ御家再興の悲願を果たせぬまま、源兵衛は若い命を散らした。
 彼には妻の千代との間に残した三人の男子、長敬、重行、長昌がいた。
 徳川家康の孫である松平頼重が讃岐の地を治めていた時代、松平家の墓所である法然寺の造営で名を残した百相の大庄屋・別所九兵衛長政は長敬の子、つまり源兵衛の孫にあたるという。
 次男の重行は母方の実家である瀧の名跡を継いで瀧源兵衛重行と名乗り、三男の長昌は源田姓に改め、源田孫兵衛長昌としてそれぞれに別所の血を残している。



 次郎がかかわった人々についても、簡単に触れておく。

 淡河新三郎長範は、城代として淡河城を何事もなく守り抜き、有馬法印の信を得た。
 有馬法印は関ヶ原においてなんら戦さ働きはなかったものの、徳川方に属したことを評価され、淡河一万石から摂津三田二万石に転封となった。長範も当然、淡河を離れて三田に赴いている。
 有馬法印が慶長七年(一六〇二年)に死没した後、三田の地は遠江国横須賀三万石から丹波国福知山六万石に加増されていた有馬法印の嫡子・有馬豊氏が飛び地として領することになる。
 豊氏はさらに大坂の陣の後、加増転封の沙汰を受けて筑後国久留米藩二十一万石の初代藩主に登りつめる。
 引き続き有馬家に仕えていた長範は、高齢を押して遠く筑後まで同行して、淡河の名を同地に遺している。
 長範の子孫は代々、久留米藩の中老として遇されたという。
 なお、淡河家ゆかりの淡河城は、元和元年(一六一五年)の一国一城令により取り壊されている。



 長宗我部盛親は、関ヶ原の地にて、けっきょくのところ身動きが取れぬまま上方勢の敗報を聞き、徳川勢の追撃を受けて手痛い損害を被りながら領国の土佐まで逃げ戻った。
 盛親の逃避行に付き従った中内惣右衛門は、その道中で率いていた五百の兵に死傷者と逃亡者が続出し、土佐に帰り着いた時には七名にまで減っていたという。
 その後、盛親は戦後処理の不手際もあって家康の許しを得ることが出来ず、所領全てを没収された。
 さらに一牢人の身の上となってもなお危険人物として京・大坂の地にて京都所司代・板倉勝重の監視下に置かれた。
 慶長十九年(一六一四年)、大坂の陣においては監視の目をかいくぐって大坂城に入城し、夏の陣においては徳川方の藤堂高虎勢を敗走させる軍功をあげた。
 しかし、豊臣方は敗れ、盛親は燃え落ちる大坂城から落ち伸びたものの捕らえられ、京の大路を引き回しのうえ、六条河原で処刑された。享年四十一。
 白州に引き出された際、高名な長宗我部元親の子息でありながら自刃もせずに捕らわれたことを徳川方の将に咎められると、「一方の大将たる身が、葉武者のごとく軽々と討死すべきではない。折あらば再び兵を起こして恥をそそぐつもりであった」と答えたとされる。



 福島正之は、義父・福島正則の実子である市松が長ずるにつれ、折り合いが一層悪くなった。
 市松が元服して忠勝と名乗るようになると、正則は露骨に忠勝を嫡子扱いするようになったためだ。
 慶長十二年(一六〇七年)、正之は正則により乱行のかどで幕府に訴えられ、幽閉の憂き目に遭う。
 正勝が家督を相続することに不満を抱いた正之が正則の暗殺を画策するも、事前に露見したためとも言われる。
 そして翌年の慶長十三年(一六〇八年)には、武将としては極めて異例なことに、餓死したと伝わっている。享年二十四。 



 関ヶ原の合戦を生き延びて坂出に帰還した淡河民部こと次郎は、姓を阿河と改め、阿河刑部義純と名乗ったとされる。
 もっとも、史料によっては赤松備中守義了の四男が別家を立てて阿河刑部と名乗ったともされており、詳細は不明である。
 時は流れて昭和五十七年(一九八二年)、淡河定範終焉の地である三木の八幡森史跡公園に供養塔が建てられた。
 建立に尽力した人々の名を記す石碑には、淡河姓と並んで確かに阿河姓が記されている。

 ただし、関ヶ原の合戦以降の次郎の事跡について、確かな記録は何もない。
 伝説がただ残るのみである。

(おわり)
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