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第20幕 腕相撲

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 「美翔くん、今日はあの女の人は来るッスか?」
「小空のことか? 来るんちゃう?」
「あ、小空ちゃん今日来るって」
学校が終わり中央武道場に向かう美翔と冬乃と真幌。真幌は電子端末で小空からの連絡を確認する。武道場の建物が見えてくると聞き覚えのある声が聞こえた。
「美翔! 真幌くーん!」
「あ、小空!」
小空が中央武道場の入り口の前にいた。三人は彼女を見つけて、彼女の元に走る。
「あらあなたは、こないだの」
「秋原冬乃ッス。こんにちはッス!」
小空は冬乃に気付く。
「お前も学校帰り?」
「まあね。あんた達来ると思ってドレスに着替えながら待ってたわよ」
小空にとってはチャイナドレスは戦闘服である。ちなみに今日はタイツではなくズボンを履いている。
小空の加わった四人は、中央武道場の入り口の向こうに入る。


 ※


 美翔達が中央武道場に入って約一時間後。遅れてやってきたのは作務衣に銀と白のスカジャンを着た男子高校生、ナガレだ。
僧兵として戦闘力を付けるのは彼のいる寺の住職の意向なのだが、正直僧侶にそんなものが必要なのかナガレはわからない。
「今日も賑やかだなー」
登録した選手らが戦う声がする。武道場内の通路を歩いていると、内部に設置されたカフェテリアから更に賑やかな声がした。食堂に入ってみると、見慣れない光景が見えた。
見覚えのある少年、美翔と腕の太い大男がテーブルに肘を付き、腕相撲をしていたのだ。審判は真幌と戦った少年、冬乃がしている。
しかもその光景を周囲の大勢の人間が盛り上がりながら観戦していたのだ。
「坊やいけー!」
「おっさんも子供に手ぇ抜くなよー!」
観戦する周囲らは美翔が少年なのも気にせず相手の大男も応援する。
「メ、美翔の旦那!? 何してんだ!?」
ナガレは異様な光景に驚く。
「あらナガレくん!」
そんなナガレを見かけたのは、小空だった。その傍には真幌もいる。
「小空あねさんとまほちゃん! 旦那はこれ今何してんの?」
驚くナガレに真幌は説明する。
「どこの体育館も他の選手達の対戦で今混んじゃってて、空きが出るまでここにいる人達で腕相撲しようってなったら、美翔兄ちゃんも参加し出してさっきから連勝してるんだ」
「え? 旦那連勝してんの?」
ナガレは美翔と大男の腕相撲を見る。大男はかなり全力に見えるが、美翔は疲れを見せていない。
「せりゃ!」
「おわあっ!?」
どすっ!!
大男の手の甲はテーブルに付き、美翔は勝利した。
「美翔くんの勝ちー!」
「また勝ったでー!」
冬乃は美翔の右腕を上げる。
「すげー!!」
「十連勝したぞ! あの坊ややるなぁ!」
見ていた周囲の選手らは大いに盛り上がり歓喜する。
「旦那……やっぱ思った以上にパワーあるな」
ナガレは腕相撲とはいえ大柄な大人の男に勝った美翔に驚くしかなかった。
小学六年生にしては少し背は小さめで振る舞いもやや幼め。そこからは予想出来ない腕力と身体能力があるのが美翔なのだと痛感させられる。
「坊主、アメいるかい? 友達と食いな」
「いる! 謝謝(シエシエ)!」
腕相撲の見ていた選手の一人が美翔に数個飴玉を上げる。美翔は嬉しそうに持ち、真幌と小空の元に走る。
「アメちゃんもらったで! お前らも食う?」
「兄ちゃんありがとう」
「じゃあ私も」
美翔は真幌と小空に飴玉を二つずつ渡す。
「あ、ナガレやん。お前も食う?」
「お、おお」
美翔はナガレに気付き彼にも飴玉を渡す。腕相撲に勝利したり飴を貰ったりで喜んでいる姿は普通の子供に見える。美翔は飴玉をひとつ食べ口の中でガリっと噛む。
「旦那飴すぐ噛むなよ……」
無邪気に振舞う美翔を横にナガレも飴玉をなめる。そうしていると、さらに来客は来た。
「タイ兄、なんかここうるさいぞ」
「うるさいって?」
黒影と太志郎だった。
「タイシとクロ!」
美翔は二人に気付く。
「あ! シティナイツの太志郎と黒影だ!」
先程まで腕相撲を観戦していた選手らは太志郎と黒影に注目する。シティナイツのメンバーは全員名の知れた戦士達でもあるからだ。
「美翔さん、修行かい?」
太志郎は美翔に気付く。
「うん! さっきまでここのおっさんらと腕相撲しとったんよ。お前もせえへん?」
「それでうるさかったんだ……まあやるけど」
美翔と太志郎はテーブルに向かい、お互いの手を握り腕相撲の体制になる。冬乃がまた審判になる。
「レディ~、ファイト!」
冬乃の合図で勝負が始まり、美翔と太志郎はお互い力を入れ出す。
「おんどりゃああ!!」
「んぎぎぎ……」
お互い本気だ。手を抜くのは失礼だとわかっている太志郎は全力を右腕に入れる。それは美翔もだ。数分もの間、腕は動かず固まっているように見える。
十戦しても息切れ一つしなかった美翔もだんだん体力が無くなっていくような気分になっていく。張り上げていた声も小さくなる。
「んぐぐ」
「ぎぃ」
太志郎も疲労はしていない身体なのだが、だんだん体力を奪われていくような感覚になる。
お互い、腕が千切れそうだ。
(これ普通に俺が負けたら美翔さん確実に手抜きされたと思って怒るよな……絶対勝つしかねえ!!)
太志郎は少なくなった力を振り絞った。
「せいっ!!」
「!!」
――ゴンっ!!
勢いよく手の甲がテーブルに着いたのは、美翔のそれだった。
「……名谷太志郎さんの勝ち!」
冬乃は太志郎の名を言った。
「おーっ! さすがシティナイツ!!」
「坊主もがんばったなー!」
見ていた周囲の選手らは、歓声を上げ二人を称賛する。
しかし、美翔と太志郎にはそれは聞こえてなかった。
「……」
お互い全力の腕相撲で痺れた手をじっと見つめる。
(美翔さんの手、思ったより小さかったなけど……あんなに力あるのか)
太志郎はちらりと、負けを痛感している美翔を見る。
その光景を黒影と真幌、小空、ナガレは見ていた。
「アイツ、バカヂカラの塊のタイ兄と最後まで互角かよ……」
「兄ちゃん、いつもなら大人と腕相撲してもすぐ勝っちゃうのに……」
黒影と真幌は結果に衝撃を受けていた。それぞれ違う理由で。
「なんかすごいの見たわね……とりあえず二人ともパワー系なのはわかったわ」
「俺多分、旦那との腕相撲勝てねえや」
小空とナガレは圧倒されている。
「……美翔さん? 手とか腕とか痛かった?」
太志郎はまだ黙っている美翔を見る。だが美翔は笑顔で顔を上げた。
「……やっぱすごいやん! タイシ強いわ!」
「!」
「あてより腕相撲強い奴初めてやで!」
負けを引きずることなく、美翔は太志郎に笑いかける。
「美翔さん……」
勝敗は関係なく、美翔は太志郎と対峙できたことが嬉しかったのだ。
「よし! 次誰が相手や!?」
「いや元気過ぎだろ!?」
勝っても負けても美翔は続けるのであった。
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