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第14幕 桃の花

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 桃童トウホン。ミツテルの言い放った言葉に、美翔達その場にいた全員が静まり帰った。
「髪の毛の色、桃童にしかない色だろ。それに、桃の実の匂いもする」
ミツテルの指摘に真幌は固まった。
「おいお前! なんやねんいきなり! 真幌が桃童でも関係ないやろ」
美翔は二人の間に入り真幌を庇う。
「ああ、別に桃童がダメってわけじゃないんだ。ただな」
「は?」
美翔はミツテルを睨む。
「クオーツさんがこの子呼んだのは、『桃童だから』って思ったんだよ」
「は?」
「それってどういうことですか?」
美翔と真幌は何を言われたのかわからなかった。
「え? 君ら知らなかったのか? 桃童の血のこと」
「血がなんや?」
「それはな、」
ミツテルが説明しようとすると、式部が止めようとする。
「ミツテル! やめろアル!」
「式部、止めんといて」
しかし、美翔は続けさせた。
「桃童の血ってなんのことや? 説明せえ」
「おう、君ら知らないみたいだし」
ミツテルは『桃童の血』がどういうものかを語り出した。
「桃童の唾や涙とかの体液が桃みたいに甘いのは知ってるだろ」
「知っとう」
「桃童の血はな、治癒と体力上昇の効果があるんだ」
その話は、美翔は初めて知る話だった。
「怪我人に飲ませればその場ですぐに傷口が塞がり治るし、病人に投与すればどんな難病でも治療できる。それに……」
「……」
真幌は美翔の腕を掴む。
「怪我してない状態で飲むと、飲んだ奴は戦闘力が一時的にいつもより上がる。スイートポイズンのような安いドーピングじゃない、疲労回復するわ技の威力も上がるわで、本物の秘薬だ」
ミツテルは、自分が師匠から知った桃童についてを語った。
「クオーツさんがその子を中央区に呼んだのは、その子の血が目当てじゃないかって思ったんだよ。この先やってくるかなりキツイ闘いのために」
ミツテルが話し続けるのを美翔は止めた。
普段は使用しない槍の刃先をミツテルの顔に向けて。まるで真幌と、クオーツを侮辱しているように思ったから。真幌は桃童だという事実が彼を苦しめていると思っているから。
「……マスターが、そんな理由で真幌呼ぶ人や思ったんかい」
美翔は見上げるようにミツテルを睨む。
「ミツテル、お前いい加減黙れアル」
式部も、睨む。
「……ああ悪い。言い過ぎた」
ミツテルは黙る。
「……真幌いこうや」
「兄ちゃん」
槍をブレスレットの姿に戻すと美翔は真幌の手を引いて歩き出す。
「あ、待って……」
小空は二人を追っていく。

 ※


 体育館を出てすぐの休憩所。ベンチに左から美翔、真幌、小空の並びで座っている。
「……真幌くんのさっきのあれ」
小空は真幌が桃童だと知り、なんと返せばいいかわからなかった。
「小空は、桃童のこと知っとった?」
「桃童のことは知ってたけど、真幌くんがそうだとは思わなかったわ。髪だって染めてるものだと思ったし、桃の匂いも私の気のせいって思ってた。そもそも人間の涙が甘かったり、血が薬になるだなんて都合いい話があるわけないじゃない」
美翔の問いに小空は答える。
「……やっぱそう思うよな」
「……」
真幌は黙ったままだった。
「……あの隊長、デリカシーないわねぇ。皆本さんが怒って嫌がる気持ち、なんかわかるかも」
小空は立ち上がり目の前の自販機の前に立つ。よさげな飲み物を三つ選ぶ。
「はい」
「あ、謝謝」
彼女から小さい缶ジュースを美翔は渡される。
「真幌くんも」
「うん、ありがと……」
真幌も渡される。
美翔は渡されたジュースを上を向いてぐいと飲む。
「ぷは! つめた!」
半分飲むと美翔は一息ついた。真幌もゆっくりと半分ほど飲む。
小空はまた真幌の隣に座る。
「兄ちゃんごめん、あの時ボクが自分で言い返さないといけなかったのに」
「お前のせいちゃうがな」
真幌は落ち込んだままだった。
「桃童がどうの言われるん、真幌が嫌とかアイツなんも考えんかったんかい……、ほんま許さん! やっぱしばいてくる!!」
ジュースを飲み切ると美翔は立ち上がり叫ぶ。彼が歩き出そうとすると、
「おーい……」
「あ、ナガレ?」
「お! 美翔の旦那達よかった! まだいた」
ナガレが走ってきた。
「なんやお前?」
「えっと、心配だから探したんだよ。三人とも帰ったかと思って」
「なんか出ていくのも嫌やったからここおるんよ。今からあの隊長殴りに行こう思って」
「ああ、それだけど」
ナガレは美翔達が体育館を出てからの出来事を語った。
「皆本さん、旦那達が体育館出たの確認してからシティナイツの隊長にすんごい怒ってたぜ。俺の弟弟子に何言ってるんだって」
「式部が……」
式部も、まだ会って間もないが兄弟子として思うことがあったらしい。
ナガレは真幌の前でしゃがむ。
「……まほちゃん、大丈夫か?」
「え、ええ、まあ……まほちゃんって?」
まほちゃんと呼ばれていると気付き、真幌はそれに反応する。
「なんでまほちゃんやねん」
美翔が代わりに突っ込む。
「え? なんかこう、まほちゃんって感じだから。可愛くない?」
美翔はナガレにやや呆れる。
「あとさっきから、なんであては旦那なん?」
「美翔の旦那は旦那って感じだから」
「説明になってへんやん」
会って間もない男に『旦那』と呼ばれるとは思いもよらなかった。
「ナガレくん、だったっけ? あんた心配してきたのよね?」
小空が口を挟む。
「そうだよ。小空姐シアコンあねさんもだろ?」
「!? あねさんって、私!?」
呼ばれ慣れない呼び方に小空は驚く。
「うん。だって姐さんって感じだから」
「あー、小空そんな感じやな」
「どういう意味よ!」
ナガレに美翔は乗っかる。
「しかしさっきのあれすごかったぜ。旦那もまほちゃんも姐さんも、実力マジモンで」
「それどういうベクトルのあれ?」
「確かになんかひっかかるわね」
ナガレの褒め方に少し引っかかる美翔と小空。それを見てナガレは少し慌てる。
「ちょ! 見下してるとかはねえよ! なんて言えばいいんだろ、馬鹿にしてたとかじゃねえよ」
ナガレは訂正する。三人の実力に関心したのは確かだ。うまく言えないが、とにかくすごいと思ったのだ。女子供なのに、という感情はないと自分では思っている。
「とにかく! 『女子供なのに』とか思ってないから!」
「ほんまぁ? 次対戦する時はあて加減せんと骨全部潰すで?」
「私もキョウヤさんの時みたく頭狙うわよ?」
「信じて! 俺の説明不足を責めないで! 長文の説明求めないで!」
ナガレは美翔と小空に睨まれナガレは慌てる。
「ほー?」
「つまり?」
二人はナガレを問い詰める。
「……とにかく! 旦那は『旦那だから』、まほちゃんは『まほちゃんだから』、姐さんは『姐さんだから』、すげえって言ってるんだよ!!」
ナガレは言い切った。
「……お、おう、謝謝」
「そこまでまっすぐ言われちゃねえ……」
美翔と小空は彼の真っすぐさに圧倒されるのであった。そして申し訳なくもなる。
それを、真幌は見ていた。
「……くす」
「ん?」
真幌のクスリとした笑いに美翔は気付く。
「真幌くん?」
「まほちゃん?」
小空とナガレも気付く。
「あ、なんか三人が話してるの見てて、ちょっと笑っちゃった……変だった?」
「真幌……」
美翔は、少し笑う真幌を見て少し安心する。
「変ちゃうよ! ようわからんけどよかった!」
「わ!」
美翔は真幌を抱きしめる。
「美翔兄ちゃん……」
「……」
美翔は抱きしめたまま静かになる。
「んと、これは俺役に立った感じ?」
「あんたちょっと黙って」
ナガレと小空はそれを見ていた。
「兄ちゃん、もうボク大丈夫だよ。兄ちゃんが怒ってたのと、さっき小空ちゃんとナガレさんと騒いでるの見てなんか吹っ切れたよ」
「そないか……」
美翔は真幌から離れる。
「……旦那達、あの隊長は皆本さんに怒られて帰ったけどどうする?」
「……もうあてと真幌は出るわ。小空は?」
「私も今日はもう帰るわ。パパにお兄ちゃんに会ったって伝えたいし」
本当はミツテルに言い返したかったが、肝心の本人がいないので三人は武道場を出ることにした。
「俺も寺での修行あるし帰るぜ。あ、旦那とまほちゃんは皆本さんとこ行ったほうがいいかも。ついてに姐さんも」
「え?」
ナガレは帰る前に最後にそう言った。


 ※


 「すまんかったアル。アイツがたまにデリカシーないのはわかっていたけど、まさかこんな……」
体育館の観客席。式部は美翔と真幌に謝る。二人の傍には小空もいる。
「式部は悪くないで? 止めても止まらん奴なんていくらでもおるし」
「式部さんが頭下げることじゃないですよ」
美翔と真幌は式部を責めなかった。
「よかったアル……今日はもういいアル?」
「うん。ほんまはあの隊長に言いたいことだらけだったけど、もうおらんもんはしゃあないし」
「武道場出てどうするアル?」
「タイシが夕方迎えに来るって言ってたから、夕方まで鏑木町におるわ」
「そうかネ」
式部はまだ気にしているように見えた。
「真幌、」
「はい」
式部は真幌のほうを見る。
「クオーツさんはお前の血が目当てなんかじゃないアル。お前の戦力を見てここに呼んだアル。俺はクオーツさんを信じてるアル」
「式部さん……」
真幌も式部に向き合う。
「ボク、桃童だけど桃童のことあんまりよくわからないんです。血のこともさっき初めて聞きました」
真幌は桃童としての自分をよく知らないでいた。しかし、自分の事実を受け入れないといけないとも思っていた。
「真幌?」
「兄ちゃん、ボクは大丈夫だよ。さっきはちょっと落ち込んだけど、落ち込んだままじゃいられないし」
「それって?」
美翔は心配の視線を見せる。かつて真幌が髪の色のせいでいじめられたのを思い出してしまうのだ。
「式部さん、桃童のことボクに教えてくれませんか? ボク……真幌は、自分の種族のことちゃんと知りたいです」
「……」
桃童に関する真幌の本音を美翔は初めて知った。
「……そうかアル。わかったアル真幌、明日俺とちょっと来てほしいとこあるネ。桃童のこと詳しい奴に会わせるネ」
「はい」
式部は真幌が自分の事実を知ろうとするのを感じた。
「真幌、こわないんか?」
「うん。大丈夫。わけわからないこと言われてもう泣きたくないし」
「そうか……」
美翔は、まだ心配する目線を送る。
「……美翔、ちょっと」
「小空?」
美翔は小空に視線を向ける。
「あんたは明日私と来なさいよ」
「え? は?」
美翔も小空に提案される。
「明日ことは決まったアルネ」
式部がそう締めくくった。


 ※


 「小空、明日あてとお前はどこに行くんや?」
「そーねー、デパートとかゲーセンとか」
「なんか普通のお出かけみたいだね」
美翔と真幌と小空は中央武道場を出て鏑木町に向って歩く。
すると、美翔の通信端末が鳴った。太志郎からの連絡だ。
「もしもし、タイシ?」
『美翔さん、うちの隊長と修羅場ったってマジか?』
「え? あー、式部がキレて追い出したっぽいから大丈夫やで?」
先程の一件はすぐに太志郎の耳にも入ったらしく心配になって電話したらしい。
『あの隊長、俺達部下にもデリカシーないからヒヤヒヤしたよ。ひどいこと言われなかったかい?』
「そこまではないで。あても勝手に怒ったようなもんやし」
『そうならいいけど……』
「夕方までお前まっとくわ。じゃあな」
美翔は電話を切る。
「タイシさんにも心配させたかな?」
真幌は電話する美翔を見ていた。
「多分な。アイツにとっても隊長はデリカシーないって」
「あの人嫌われてない?」
ミツテルは評判悪いのかもしれないと三人は思うのだった。


 ※


 中央武道場の奥にある他の体育館より狭い道場の一室。一人剣技の稽古をする男がいた。
立花恒星だ。ミツテルと胡蝶は帰ってしまったが彼はまだいた。
剣を振るい型の練習をしながら思い出す。
桃色の髪をした少年、真幌の戦いようを。彼の髪の色と顔に見覚えがある気がしたのだ。
今朝桃の木の下で会う以前にあの顔に見覚えのあるように思えたのだ。
「アイツに似た誰かに……俺は会ったことあるのか……?」
自分に問うように恒星は剣を振るい続けた。
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