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第3幕 中央区

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 車の窓から、不思議な風景が見えた。
東洋の王朝時代の街並みの中に現代のビルが建ち、植えられた桃の木が花を咲かせている。美翔メイシャンと真幌はそんな風景を車から見ていた。
「すげぇ! なんかめっちゃすごい!」
「うん! すごく綺麗!」
ストリートから車で二時間程の距離でこんなに輝く場所があるのだと思いもしなかった。
美翔は緑の瓦の大きな屋根の巨大な施設を見つける。
「あの緑の城みたいなんてもしかして?」
「あれが『中央武道場』アル。あそこで二人には修行してもらうアル」
式部が説明する。
「修行ってどんなことをするんですか?」
真幌が問う。
「あの武道場で選手登録してな、他の選手らと戦って勝ってランクを上げるアル」
「あて等はあそこで戦うんやね」
美翔は修行の場をなる建物を見つめる。
「あそこで強くなって、マスターと一緒に戦えるようにならないとだね、兄ちゃん」
「せやね! マスターも今頑張っとうんや、あて等もはよ追いつかなあかんわ!」
クオーツとの再会に繋がると思った美翔と真幌は鼓舞し合う。
「なんか呑気な気がするよな」
「おい黙れ、クロ」
前の席の黒影と太志郎は小声で話す。
「太志郎、お前は美翔と真幌にちょっと中央区を案内してやってくれアル。俺と黒影は本部にヒューマノイドの件も報告しに行くアル」
「え? ああはい」
式部から、予想もしなかった指示に太志郎は少し驚く。
「俺も報告行くんすか?」
「ああ、お前美翔と真幌に何するかわからんのはさっきので見たアルからな」
「式部さんの護衛も任務だぞ」
「はぁい」
黒影はしぶしぶ従う。
「案内してくれるん?」
「え、ああ……」
嬉しそうな美翔にも太志郎は少し驚く。
「しかし、ヒューマノイドを一気に持って帰れなかったのはアレでしたね。鉄子がいればすぐ持って帰れましたのに」
「タイ兄、相変わらず鉄子ちゃんばっかだなぁ」
「ヒューマノイドいるってわかってたら鉄子連れて来たってだけだよ」
太志郎と黒影の会話の中に見知らぬ人物が出てきたのに美翔は気付く。


 ※


 「ハヤテ。お前はがガレージに帰って」
五人が車から降りると、太志郎は車に指示する。車に搭載された人工知能が指示内容を理解すると車は、ハヤテは自動操縦で走っていった。
「ハヤテって今の車の名前?」
「そうだよ」
美翔に太志郎は答える。
「じゃあ俺達は報告行ってくるネ」
式部は黒影を連れて歩いて行った。
太志郎は美翔と真幌を見る。
二人は初めて見た中央区、柊市の華々しい風景に目を奪われている。
「すごいわぁ! 人もたくさんおるし建物がキラキラしとう」
「本当に桃の花がたくさん咲いてる、もう五月なのに」
植えられた桃の木の花に真幌は見とれる。
無邪気な笑みを浮かべる二人を見て太志郎は少し心苦しくなる。こんな子供を危険物をばら撒く組織と戦わせないといけないのか……と。
「……あのさ、二人はこの先の修行とか、これから得体の知らない連中と戦うかもしれないってことは怖くないかい? 俺が口出すのもおかしいかもしれないけど」
太志郎は少しかかんで美翔と真幌に目線を合わせる。
「? なんでや? 師匠マスターに会えるかもしれへんねんで? マスターが今頑張ってるって思ってたら怖いなんて思わんよ!」
「ボク達ずっとマスターに会いたかったんです。会えるかもしれないって思ったらすごく嬉しくて……」
「……二人とも」
美翔と真幌はだた大事な人に会いに来たと言わんばかりの反応だった。太志郎はそれが決して強がりではないと思うと少し安心した。
「そっか……とりあえずもうすぐ昼だしなんか食べたい物ある? 店案内するよ」
「あてハンバーガーがええ!」
「ボクも!」


 ※


 中央区には色々な飲食店がある。どこにでもあるようなハンバーガーショップももちろんある。美翔と真幌と太志郎は一セットずつ頼み、席に座る。
「こういうとこでよかったの? もっといい店あったけど」
「ええよ。こういう店ストリートじゃなかなかあれへんかったし」
太志郎に訊かれながら美翔はハンバーガーに大きくかぶりつく。
「店はあるんですけどボク達のお小遣いじゃちょっと高いし望月さんにもなかなか連れてってもらえなかったんです」
真幌も小さい口を開けてハンバーガーにかぶりつく。
「あのおっさんこういう店の感じ苦手っぽいねんなー」
美翔はジュースを飲む。
「そうかそうか。二人とももっと食べていいよ」
「ええの!? 謝謝! もう二個食べる!」
太志郎の粋な対応に美翔は喜ぶ。
無邪気にハンバーガーを食べる二人を見て、太志郎は思った。
本当にこの子達はあのクオーツの弟子なのか? どこにでもいるような普通の子供じゃないか?と……
太志郎は美翔の左耳のピアスに気付く。
「……綺麗だね、そのピアス」
「! そうやろ? 真幌とお揃いやで」
「はい、ボクも同じのしてます」
真幌は右耳のピアスを見せる。
緑色の石と小さく細い金のチェーンとスターチャームで出来た所謂スウィングスターのピアス。流れ星のようにも見える。
「二年くらい前にストリートの店で見つけてな。二人で分けて付けてるんよ」
美翔はにっかりと笑う。
「穴開けた時兄ちゃんちょっと泣いてなかった?」
「泣いてへんよぉ!」
思い出話に華を咲かす二人を見て、やっぱり太志郎は二人はどこにでもいるような子供に思えた。


 ※


 三人はハンバーガーショップを出る。
「――中央武道場の近くまで行ってみないかい? ここから歩いてすぐだよ」
太志郎は提案する。
「うん行く!」
「はい!」
美翔と真幌は提案に乗る。
「中央武道場は中央区の一番の名物だから周りにはホテルとか店とかたくさんあってほぼ毎日お祭りみたいなんだ」
「はぁ、あてらのストリートとは大違いやわぁ、同じ柊市やのに」
美翔は中央区がまだ未知の世界に思える。
「うううあああ!!」
どこかから見知らぬうめき声がする。美翔と真幌が声がする方向を見ると、顔の一部があざのように変色した男が五人いた。
「!? なんやこいつら?」
「! 二人ともそいつらはスイートポイズンを打ってる!」
太志郎はその男らを見て叫ぶ。
「え!? これがか!?」
初めて見たスイートポイズン中毒者に美翔は驚く。
「今すぐ逃げて、ドーピングの作用で狂暴なって何するかわからん!」
男の一人は美翔に殴りかかる。だが美翔は危険を感じ綺麗に避ける。
「おわっと!」
別の男は真幌に襲い掛かる。しかし真幌は男の腹を蹴り、うまく逃げる。
「えい!」
「ぐはぁ!」
美翔と真幌は背中合わせになる。
「兄ちゃん、本気出さないでね。この人達はドーピング剤でおかしくなってるだけだから」
「わかっとうよ。こんなん槍出さんでもええ」
美翔と真幌に男達は一斉に飛びかかる。
「二人とも危ない!」
太志郎は叫ぶ。
「あああああ!!」
狂乱状態の男達は二人に迫る。
美翔は男の一人のこぶしを止めて、自分のこぶしを男の腹にくらわせる。
足を引っかけ倒れさせる。
真幌は背後に迫る男に気付き、大きく回し蹴りをする。
男達は攻撃しても何度も起き上がり二人に迫るが、二人ともそれに怯まず応戦する。
「……っ」
それを太志郎は見ていた。小学生の少年とは思えない戦闘を見せられ驚くしかなかった。
これがクオーツの弟子なのか? 思っていた以上に強くないか?
「ぐあああ! くそがぁぁ!」
真幌に男の一人が殴りかかる。
こぶしが真幌に迫った瞬間、美翔が男の首根っこを掴み、後ろに投げる。
「真幌に何してくれてんねん!」
男は倒れて後頭部を撃ち気絶した。気がつけば男は五人ともダウンして倒れていた。
「ふー! 終了!」
「はぁ、よかった」
美翔と真幌は五人が倒れたのを確認して一安心する。
「す、すごいな」
太志郎は驚いたままだった。
「タイシ大丈夫やった?」
「あ、ああ。二人は?」
「あれくらい平気やったわ!」
「大丈夫です」
美翔と真幌は少し息切れはあるものの無傷だった。
「二人とも強いんだね」
「うん! これくらい強ないとマスターに会われへんもん!」
美翔はにっかりと笑う。
「……あんた達のこと見誤ってたかも。二人とも覚悟決めて師匠を探しに来たんだね」
「せやで! マスター・クオーツはあて等の大事な人や! 会うためやったらなんでもやったるしいくらでも強くなったる!」
美翔の覚悟と強さを太志郎は知った。この覚悟は子供だとか関係ないものだと思った。
「……俺も、大事な人のために今の仕事やってるようなもんだから、なんかわかるかも」
「え? タイシの大事な人?」
「ああ、俺も大事な人の助けになりたくて柊市にいるんだよ」
太志郎の発言が美翔は気になる。
「じゃああて等と一緒やん! なんなら一緒に頑張ろうや」
美翔は更ににっかり笑う。その反応に太志郎は戸惑いつつも、胸を打たれる。
「あ、ありがとう。あんたの名前は、えっと」
「美翔! マスター・クオーツの弟子の美翔や!」
「そっか、改めてよろしくな、美翔さん」
太志郎は優しく微笑む。
「! お前笑ったやん!」
「え?」
「兄ちゃんどういうこと?」
太志郎と真幌はきょとんとする・
「お前の笑顔さっきからなんか堅かったんよ。あて等に気遣ってるみたいで」
「え?! 俺そんな変な顔してた?」
「してへんよ。むしろ優しい顔しとった。でも気ぃ遣ってる感あったで」
「うわー」
美翔に鋭く言われて太志郎は驚く。
「……でも、なんでスイートポイズンを投与した人達が街中(まちなか)に現れたのかな? しかも五人も」
真幌は倒れた五人の男をまた見る。
「コイツらもしかして、マスターを狙ってる連中からスイートポイズン買うたんかな?」
美翔も男達を見てみる。そうしていると、
「その男の人達は私が引き取るわ」
「え? 誰や?」
女の声がする。三人は女の声がしたほうを見る。
「その人達には私もたっぷり訊きたいことがあるからね」
そう言いながら、妖艶な紫色のチャイナドレスを着て、茶色の髪をシニヨンヘア一つにまとめた凛々しい目付きの美女、もとい美少女が歩いてきた。
その美少女の両足の太ももに拳銃がひとつずつ装備されていた。
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