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前編
『それじゃあ、元気でね』
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「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は頭の整理がつかない。あまりにも混乱していた。
「りんは……あの時の伊修館の子だったのか?」
『うん、そうだよ。気がついてなかったでしょ?』
「……全然気がつかなかった」
俺はその事に全く気がつかなかった。だって……そりゃそうだろう。
「だって……見た目も念話の声も全然違うじゃないか」
『そうだよ。だから言ったじゃない。これは生前の『なりたかった自分』なんだって』
りんはいつもの調子で、明るくそう言った。
『小柄で髪の毛もおしゃれじゃなくって、おまけに声だって暗くて……そんな自分がずっと嫌だったんだよ』
りんは何でもないようにそう言っているが……俺にとっては、今はそんなことはどうでもよかった。
「りん……りんが俺に会ってさえいなければ……それに……俺がそのキーホルダーを自転車に忘れてさえいなければ」
俺は罪悪感で押しつぶされそうだった。
「りんはまだ生きてたかもしれないじゃないか!!」
俺は絶望のあまり、泣きそうだった。そんな……俺がりんから人生を奪う手伝いをしていたなんて……こんなことがあっていいのか!
『あーもう……だから言うの嫌だったんだよね。最後まで言わない予定だったんだけどなー』
この場に及んでも、りんはヘラヘラと笑っている。
『ナオ、いい? 朝のワイドショーでもやってたけど、交通事故はある一定の確率で絶対に起こるんだよ。それがたまたまアタシの起きたってだけ。それにね』
りんは言葉を続ける。
『事故の後、魂となってすぐにこの部屋に戻ってきたじゃない? 最初アタシ、どうしてってずっと思ってたの。でもナオが来てくれて、ようやくその意味がわかったんだ。これはね、神様が気まぐれて与えてくれた『おまけ』なんだだって』
「……おまけ?」
『そう。なんていうかさ、サッカーで言えばアディショナルタイムみたいな? このまま死んで天国へ行っちゃったらあまりにも可愛そうだから、最後に霊となって思い出を作りなさい的な? 神様がそういう配慮をしてくれたんだと思う。そうじゃなかったらナオがこの部屋に住むことになるなんて、辻褄があわないよ』
俺はりんの話を黙って聞いていた。隣の花宮も驚いた表情でりんの話に聞き入っている。
『ナオがこの部屋に来てくれてから……アタシ、毎日が本当に楽しかった。一緒に買物に行ったり学校に行ったり。この部屋で一緒に料理して一緒に食べて……ナオの実家のお寺にも行けた。皆でゲーセンにも行けた。そしてなにより、琴ちゃんみたいな素敵な女の子と友だちになれた。アタシの体はもうなくなっちゃってるけど……魂だけだけど、こんなに幸せな最後を送れるなんて思ってもみなかったよ。全部ナオのおかげ。あ、あと琴ちゃんもね』
「りん……」「りんちゃん……」
俺はまだなんて声をかければいいか、言葉が見つからなかった。
『でも……もうこれで最後だと思う。ナオも気づいてるよね? アタシの霊力、もうほとんどないみたいなんだ』
りんは寂しそうにそう呟いた。やはり、りん自身も気づいていた。
『そろそろママのところに行かないとね。ママもきっと『もー遅い! 何してるの!』って怒ってるよ。だからナオ……最後にアタシのわがまま、聞いてくれないかな?』
りんは恥ずかしそうに俺の顔を見上げた。何かわからないが……りんの最後の願いなら、俺はなんだって叶えてやりたい。
『琴ちゃん。最後にもう1回だけ、憑依させてくれる?』
「えっ? う、うん……」
りんはスーッと花宮の方へ移動して、体の中に入ろうとする。ところが……霊力が足りないのか、憑依するのに時間がかかった。20秒ぐらいかかってようやく花宮に憑依すると、俺の方に少しづつにじり寄ってきた。りんが必死で最後の霊力を振り絞っているのがわかる。
「ナオ……お願いがあるの」
「……なんだ?」
「キスしてほしい」
りんの顔と俺の顔の距離が30センチになった。
「アタシに最後の思い出、くれないかな? その思い出を持ったまま、逝きたいの」
「りん……」
「ナオ、好きだよ。多分初めて会った時から、ずっと好きだった」
りんは俺に悪戯をしかけたあの日と同じように……俺のシャツの胸元を軽く掴み、ゆっくりと俺の顔を見上げる。俺はただただ戸惑っていた。今俺の目の前にいるのはりんだ。でも……その潤んだ瞳も長い黒髪も、いつものシャンプーの匂いも、全部花宮だった。
りんは、ゆっくりと目を閉じた。俺は……慣れない手つきで、りんの頬に片手を添える。
俺の唇がりんの唇に少しだけ触れた。俺とりんの……あるいは花宮との……ファーストキスだった。
りんはゆっくりと目をひらいた。頬を紅潮させ、その綺麗な瞳から一筋の涙が流れる。
「ナオ、好き。大好き!」
りんは俺の首に手を回し、今度は俺の頭を引き寄せる。りんの唇が俺の唇に強く押し付けられた。りんはその感触を忘れないように、心に焼き付けるように……2度めのキスは強くて少しだけ長かった。
りんは俺の首に手を回したまま、頭を俺の胸につけてしばらく俺に抱きついていた。俺もりんの背中に手を回した。残されたわずかな二人の時間を惜しむように。
やがてりんは花宮の体から離脱した。俺は花宮を抱きしめたままだ。
『ありがとうナオ。ありがとう、琴ちゃん』
「りん……」「りんちゃん……」
花宮は意識が戻っても、俺に抱きしめられたままだ。どうやら力が入らないようだった。
『ふふっ、二人ともお似合いだよ。これからも仲良くね。喧嘩したらダメだよ』
「りん……」
「りんちゃん、逝かないで。せっかく友達になったのに……私、寂しいよ」
花宮は鼻声でそう言った。目に一杯の涙をためて。
『アタシも寂しいよ……でもそろそろ逝かないと。これから先は、二人で物語を紡いでいってね。本当にありがとう。それじゃあ、元気でね』
りんは最後にそう言って……ゆっくりと目を閉じた。
俺は頭の整理がつかない。あまりにも混乱していた。
「りんは……あの時の伊修館の子だったのか?」
『うん、そうだよ。気がついてなかったでしょ?』
「……全然気がつかなかった」
俺はその事に全く気がつかなかった。だって……そりゃそうだろう。
「だって……見た目も念話の声も全然違うじゃないか」
『そうだよ。だから言ったじゃない。これは生前の『なりたかった自分』なんだって』
りんはいつもの調子で、明るくそう言った。
『小柄で髪の毛もおしゃれじゃなくって、おまけに声だって暗くて……そんな自分がずっと嫌だったんだよ』
りんは何でもないようにそう言っているが……俺にとっては、今はそんなことはどうでもよかった。
「りん……りんが俺に会ってさえいなければ……それに……俺がそのキーホルダーを自転車に忘れてさえいなければ」
俺は罪悪感で押しつぶされそうだった。
「りんはまだ生きてたかもしれないじゃないか!!」
俺は絶望のあまり、泣きそうだった。そんな……俺がりんから人生を奪う手伝いをしていたなんて……こんなことがあっていいのか!
『あーもう……だから言うの嫌だったんだよね。最後まで言わない予定だったんだけどなー』
この場に及んでも、りんはヘラヘラと笑っている。
『ナオ、いい? 朝のワイドショーでもやってたけど、交通事故はある一定の確率で絶対に起こるんだよ。それがたまたまアタシの起きたってだけ。それにね』
りんは言葉を続ける。
『事故の後、魂となってすぐにこの部屋に戻ってきたじゃない? 最初アタシ、どうしてってずっと思ってたの。でもナオが来てくれて、ようやくその意味がわかったんだ。これはね、神様が気まぐれて与えてくれた『おまけ』なんだだって』
「……おまけ?」
『そう。なんていうかさ、サッカーで言えばアディショナルタイムみたいな? このまま死んで天国へ行っちゃったらあまりにも可愛そうだから、最後に霊となって思い出を作りなさい的な? 神様がそういう配慮をしてくれたんだと思う。そうじゃなかったらナオがこの部屋に住むことになるなんて、辻褄があわないよ』
俺はりんの話を黙って聞いていた。隣の花宮も驚いた表情でりんの話に聞き入っている。
『ナオがこの部屋に来てくれてから……アタシ、毎日が本当に楽しかった。一緒に買物に行ったり学校に行ったり。この部屋で一緒に料理して一緒に食べて……ナオの実家のお寺にも行けた。皆でゲーセンにも行けた。そしてなにより、琴ちゃんみたいな素敵な女の子と友だちになれた。アタシの体はもうなくなっちゃってるけど……魂だけだけど、こんなに幸せな最後を送れるなんて思ってもみなかったよ。全部ナオのおかげ。あ、あと琴ちゃんもね』
「りん……」「りんちゃん……」
俺はまだなんて声をかければいいか、言葉が見つからなかった。
『でも……もうこれで最後だと思う。ナオも気づいてるよね? アタシの霊力、もうほとんどないみたいなんだ』
りんは寂しそうにそう呟いた。やはり、りん自身も気づいていた。
『そろそろママのところに行かないとね。ママもきっと『もー遅い! 何してるの!』って怒ってるよ。だからナオ……最後にアタシのわがまま、聞いてくれないかな?』
りんは恥ずかしそうに俺の顔を見上げた。何かわからないが……りんの最後の願いなら、俺はなんだって叶えてやりたい。
『琴ちゃん。最後にもう1回だけ、憑依させてくれる?』
「えっ? う、うん……」
りんはスーッと花宮の方へ移動して、体の中に入ろうとする。ところが……霊力が足りないのか、憑依するのに時間がかかった。20秒ぐらいかかってようやく花宮に憑依すると、俺の方に少しづつにじり寄ってきた。りんが必死で最後の霊力を振り絞っているのがわかる。
「ナオ……お願いがあるの」
「……なんだ?」
「キスしてほしい」
りんの顔と俺の顔の距離が30センチになった。
「アタシに最後の思い出、くれないかな? その思い出を持ったまま、逝きたいの」
「りん……」
「ナオ、好きだよ。多分初めて会った時から、ずっと好きだった」
りんは俺に悪戯をしかけたあの日と同じように……俺のシャツの胸元を軽く掴み、ゆっくりと俺の顔を見上げる。俺はただただ戸惑っていた。今俺の目の前にいるのはりんだ。でも……その潤んだ瞳も長い黒髪も、いつものシャンプーの匂いも、全部花宮だった。
りんは、ゆっくりと目を閉じた。俺は……慣れない手つきで、りんの頬に片手を添える。
俺の唇がりんの唇に少しだけ触れた。俺とりんの……あるいは花宮との……ファーストキスだった。
りんはゆっくりと目をひらいた。頬を紅潮させ、その綺麗な瞳から一筋の涙が流れる。
「ナオ、好き。大好き!」
りんは俺の首に手を回し、今度は俺の頭を引き寄せる。りんの唇が俺の唇に強く押し付けられた。りんはその感触を忘れないように、心に焼き付けるように……2度めのキスは強くて少しだけ長かった。
りんは俺の首に手を回したまま、頭を俺の胸につけてしばらく俺に抱きついていた。俺もりんの背中に手を回した。残されたわずかな二人の時間を惜しむように。
やがてりんは花宮の体から離脱した。俺は花宮を抱きしめたままだ。
『ありがとうナオ。ありがとう、琴ちゃん』
「りん……」「りんちゃん……」
花宮は意識が戻っても、俺に抱きしめられたままだ。どうやら力が入らないようだった。
『ふふっ、二人ともお似合いだよ。これからも仲良くね。喧嘩したらダメだよ』
「りん……」
「りんちゃん、逝かないで。せっかく友達になったのに……私、寂しいよ」
花宮は鼻声でそう言った。目に一杯の涙をためて。
『アタシも寂しいよ……でもそろそろ逝かないと。これから先は、二人で物語を紡いでいってね。本当にありがとう。それじゃあ、元気でね』
りんは最後にそう言って……ゆっくりと目を閉じた。
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