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前編

「お、おい! 嘘だろ?」

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 車両の中で俺がりんに話しかける時、霊体だけに聞こえる音域の声を出す。周りの人間には聞こえないのだが、どうしたって口が少しだけ動く。なので近くに人がいると「なにか口元でブツブツ言っているヤバい男」に見られる可能性もあるので、まわりの人影はできるだけ少ないほうがいい。

『ねえ、ああいう背後霊がさ、例えば人を恨んでホームから人を突き落とすなんてこともあるの?』

「ほとんどない。よっぽどの霊力と怨念を持った霊体じゃないと、そこまで物理的な力は持たない。ただ他の人に押されたりとか強風が吹いたりして不安定な体勢な時、最後のひと押しになってしまう可能性はあるんだよ」

 だから俺は駅のホームで怨念の強い背後霊を見つけた時は、極力こうして声を出して追い払うようにしている。もちろんそれは一時しのぎに過ぎないのだが。

 電車で2駅移動して、俺たちは降りた。人通りはそれほど多くない。改札を抜け、駅直結の大型ホームセンターに向かう。

『あーなんだか懐かしいなぁ。ここよく来たんだ』

「そうか。じゃあどこに何を売ってるかもわかるよな?」

『うん、まかせて!』

 俺はりんに先導されながら、大型カートを押していく。俺はお茶のポット、弁当箱、掃除グッズや物干しハンガー等、必要なものを次々と入れていく。

「なるほど。りん、さすがに詳しいな」

『まーねー。一人暮らしに関しては先輩だからね』

 りんは弾んだ声でそう言った。ホームセンター内を一通り回った後、レジに向かう。かなりの出費となってしまったが、これからのコストセーブのための先行投資と思うしかない。

 両手いっぱいの荷物を持ち、俺たちはホームセンターを後にする。

『結構たくさん買ったね』

「まあ最初だからな。仕方ないだろ」

 さすがにこれからスーパーで食材を買って、夕食を部屋で作るのは大変だ。俺は今日は最初から、今夜は外食する予定でいた。

「今日はなにか外で食べて帰るぞ。なにがいいかな……」

『そうだね、こんな日は外食でいいかも』

 ちょうど駅前にファミレスがあった。考えるのも面倒だったので、そこで夕食を食べることにする。

 店内に入ってメニューを見る。俺の横で、りんがマジマジとメニューを覗き込んでくる。

『うわー、どれも美味しそうだね。それに……あっ、マンゴーフェアやってんじゃん! いいなー、アタシマンゴー大好きなんだよね!』

「まありんは食べられないけどな」

『それはいいんだよ。だってお腹は全然空かないし。霊ってかなりエコだよね。でもなーマンゴーかー。いいなー、懐かしーなー』

 りんはもうマンゴーで頭の中が一杯のようだった。店員が注文を取りに来たので、俺はチーズinハンバーグのセットを注文する。

『マンゴーは注文しないの?』

「俺はあまりマンゴーは得意じゃない」

『なんでよ? あんなに美味しいのに』 

 俺はマンゴーが得意じゃないのは確かだが……それより、りんの真横で一人だけマンゴーを美味しそうに食べられるほど、俺の心臓は強くない。

 俺は店内を見渡す。客はまばらだが、ちょうど俺たちの真横の席に若いお姉さんが一人座っていた。スマホを熱心に弄っている。

 そこへ店員がお姉さんのところに、注文したものを運んできた。それは……

『あーー! マンゴーパフェだ!』

「あ、おい!」

 隣のお姉さんに運ばれてきたマンゴーパフェに釣られ、りんはそのお姉さんの真横へ音もなく移動する。そしてそのマンゴーパフェをじーっと凝視していた。

『あーいいなぁー。美味しそうだなぁ』

「りん、見てたって食べられないぞ」

 俺はりんに声をかけても、りんは全く反応しない。まったく……どんだけ好きなんだよ。

 そのお姉さんはスプーンを手にとってパフェを食べ始めた。スプーンですくって口へ運ぶ。

『もーー……どんな味がするか気になるーー』

 りんはもうマンゴーパフェのことしか考えられなくなったようだ。するとりんはそのお姉さんの背後に回って、自分の体をおねえさんの体に重ね合わせようとする。

『こうしたら少しはマンゴーの味が感じられるかも……』

 そうして自分の体とお姉さんの体のラインが完全に一致すると……信じられないことが起こった。

 そのお姉さんは一瞬体をビクッとさせ、それから動きが一瞬止まった。

「えっ……?」

「お、おい! 嘘だろ?」

 そのお姉さんは自分の両手を見て、その手で自分の体のあちこちを触り、顔をぴたぴたと触り始めた。

「あ、あれっ? 体の中に入っちゃったみたい……」

「マジかよ!」

 なんと……りんはお姉さんの体に「憑依ひょうい」してしまった。

 霊が人の体に憑依すること自体は、ないわけじゃない。宗教上の儀式で地方の氏神様が霊となり、人体に憑依するような行事は今でも残っている地域もある。

 しかしそんな儀式でさえ護摩ごまを焚きお経を唱え、憑依される人を一種のトランス状態にして準備をする必要があるケースがほとんどだ。

 いまのりんのように全く準備もなくいきなり憑依するなんていうケースは、俺は今まで聞いたことがない。
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