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No.51:えこひいき

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 そうだったんだ。
 まったく知らなかった。
 父さんが、この高校のOBだってことは知ってたけど。

「もう30年以上も前の話になるがのう。ワシは瀬戸川が高3のときの担任じゃった。瀬戸川は決して頭は良くなかったが、やさしくて真っ直ぐで、面倒見の良い生徒じゃったわい」

 校長先生の眼差しは、昔を思い出しているようだった。

「目立たないような生徒にも声をかけて、クラスのまとめ役のような存在じゃった。だから学校行事とかがあると、ワシもよく彼に助けてもらったわ。ワシよりも上手にクラスをまとめられたからのう」

 校長先生は笑っている。

「吉岡先生、ああ、後に君のお母さんとなる人じゃが、旧姓吉岡優子先生じゃな。彼女が大学から教育実習生としてやってきて、ウチのクラスを担当したんじゃ。瀬戸川は吉岡先生に一目惚れしてのう」

 ああ、その話は父さんから何度も聞かされたな。
 父さんが猛アタックの末、母さんと交際することになったんだっけ。

「瀬戸川が吉岡先生に言い寄っていたのはわかっとった。じゃが吉岡先生に迷惑しとらんか聞いてみても、笑うだけじゃったわ。その後瀬戸川が大学を卒業してすぐに結婚式の招待状をよこしたときには、わしゃ本当にびっくりしたぞ」

「そうだったんですね」

「ああ。それ以来、ワシは君のご両親と懇意にさせてもらっとったんじゃ。毎年の同窓会以外にも、たまに会ったりしておった。実にいい夫婦じゃった」

 初めて聞いたぞ。
 そうか、事故が起こる前は、僕はまだ小・中学生だったもんな。

「じゃが……2年前、大変じゃったな。お前さんも」

 校長先生の声が、しんみりとする。

「事故のことは、ワシもニュースで知った。瀬戸川大輝と優子夫妻。どれだけ同姓同名の他人であることを祈ったか……」

 校長先生の瞳が潤んでいる。

「結婚式と葬儀、両方とも参列した初めての教え子になってしもうたわ。葬儀の席で、お前さんが背中を丸めてただただ泣いておったのを、ワシは忘れることができんかった。不憫で仕方なかったわ」

「葬式にも来てくれたんですね」

「ああ。じゃが一昨年の入学予定者名簿にお前さんの名前を見つけた時は、ワシはまた驚かされたぞ。これはきっと何かの縁じゃ。ワシも来年3月で退任するからのう。できるかぎりの事をしてやりたいと思ったんじゃよ」

「そうだったんですね……でも、どうして父親のことを話してくれなかったんですか?」

「そんなことをしたら、お前さんを『えこひいき』できんくなるじゃろうが」

 えこひいきって。
 校長先生がえこひいきって、言っちゃってるけど……。

「瀬戸川君、話をもどすぞ。その早慶大卒のお嬢さんの件じゃが、とりあえず会ってやってもいい」

「本当ですか!?」

「うむ。ただのう……ここ2-3年、ワシは自分の思う通りの学校運営をやってきた。さっきも言った通りワシも来年退任じゃからな。まあ最後のご奉公じゃ」

「はい」

「じゃがワシのやり方を快く思わない連中も、教職員の中にはおるんじゃ。そもそも例のプロジェクトでさえ、なんでお前さんに任せたのかという話さえ出ておる」

「はい、そう言われても仕方ないと思います」

「その上で、さっきの英語教員の件じゃ。未経験の者を採用するとなると前例がない。ワシもかなりゴリ押しをしなければいけなくなる」

「すいません」

「率直に言おう。その採用と特別推薦枠の両方を通すのは、ワシでも難しい。わかるな?」

「はい、わかります。推薦枠は白紙にして下さい」

 僕は躊躇なく、そう言った。

「よいのか?」

「はい、かまいません」

「……わかった。確約はできないが、採用の件はできるだけの事をしよう」

 校長先生は、ゆっくりため息をついた。

「瀬戸川君、覚えておくといい。残念じゃが何かを成し遂げようとするとき、時には何かを犠牲にしなければならないことがある。それが世の常じゃ。これも勉強だと思うことじゃな」

「はい。ありがとうございます」

「もちろん特別推薦枠の可能性も全くゼロになるわけではない。よしんばそれを逃したとしても、大学に入ってから返済不要の奨学金がいくつかある。ワシからの推薦状であればいくらでも書いてやるから、それも狙ってみるといい。そんなところで良いかな?」

「はい! 本当にありがとうございます。よろしくおねがいします!」

「うむ。頑張るんじゃぞ」

 僕は立ち上がって、また頭を下げた。
 本当にこの校長先生には、感謝しかない。
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