上 下
16 / 65

No.16:執務室にて

しおりを挟む

「吉岡、この案件どう思う?」

 自宅の執務室で、俺はパソコンの大型モニターの前で唸っていた。

 モニターには宝生グループの社内稟議りんぎシステムが映し出されている。
 市内にある建設会社への出資案件だ。
 金額が1億2千万円。

「追加でいろいろとヒヤリングをかけたんだが、老練の技術を持ったベテランの離職が最近多いんだ。どうやら待遇がかなり悪いらしい。これだと若い世代への技術伝承ができなくなる」

「そうですね……目先の受注状況はどうでしょう?」

 痩せ型で執事服に身を包んだ吉岡は、銀縁の眼鏡のブリッジを少し押さえながらそう答えた。

「建設仮勘定で内容が不透明なものがあるんだよ。しかも金額が大きい。もしかしたら人繰りと資金繰りがつかず、工事が頓挫している可能性もある。もしそうだったら、これをカバーするのは大変だ」

「なるほど……ちょっと先行き不安ですね」

「この案件、見送ろうと思う。どうだろう?」

「はい、それでよろしいかと思います」

 俺はこんな感じで、投資案件を次々と吟味していく。
 うちのスタッフは優秀で、大体は問題なく承認できるものが多い。
 ところがたまにこうした迷うような案件も上がってくる。
  
 ただこういう案件ほど、成功すればリターンが大きい。
 リスクとリターンの見極めが重要なのだ。
 こればっかりは経験が必要なのだが、幸い吉岡という優秀なアドバイザーが側にいてくれている。

 判断に迷った時、俺はよく吉岡の意見を聞く。
 吉岡は長年宝生家に仕え、ほとんどの仕事をこなすマルチプレイヤーだ。
 こうした案件に関しても業界知識が豊富で、実に頼りになる。
 
「そう言えば秀一様。先般買収した、うどん屋チェーンがありましたよね」

「うん、あったな」

「あそこが今、とても好調らしいですよ」

「そうなのか? 目玉商品もなく、苦戦中だったはずだが」

「はい、目玉商品を開発したんです。なんだと思います?」

「なんだろ……わからん」

「餃子だそうですよ。とても評判が良くて、昨対で30%来客数が増加してます。それに伴ってビールや焼酎の売上も上がっていて、客単価も上昇しているとのことです」

「ああそうか。餃子を食べる大人は、アルコールを飲むもんな。しかしうどん屋で餃子って……やってみないと、わからんもんだな」

「ええ。既成概念にとらわれてはいけない、ということでしょうね」

 俺は自宅の執務室で、連日こんな感じで作業を進めている。
 学校の授業やゲームなんかより、よっぽどエキサイティングだ。
 
 ただここで感じるのは「企業は生き物だ」ということ。
 栄養状態が悪いと、簡単に病気になり最悪死に至る。
 そうなると、その会社の大勢の従業員は露頭に迷う結果となる。
 そういった栄養状態を、細かいところまで観察する必要がある。
 決して気が抜けない作業なのだ。

 俺は深呼吸を一つして、椅子の背もたれに体を預けた。
 そしてテーブルの端に置いてある2枚のチケットを手にとった。

「映画を見に行かれるんですか?」

「ん? ああ、そうだ」

「デートですね?」

「は? いや、違う。クラスメートとだ」

「ちゃんと避妊具はお持ち下さい」

「だ、だから違うって言ってるだろ?」

 まあ吉岡は昔からの俺を知ってるわけだから、仕方ないか。
 でも俺は変わったんだよ。

「最近、倉庫部屋へ行かれることが多くなりましたね」

「ん? ああ、今までガラクタ部屋だと思っていたが、案外お宝が眠っていることがわかったんだよ」

「そうでしたか。良い傾向です。少しでも無駄に捨てるものが減ることに越したことはありません」

 俺はふたたび手元のチケットに目をやった。
 チケットには、「Qシネマズ グランドクラス」と書いてある。
 映画は午後3時からだ。
 終わってから食事にでも行きたい。
 本当はフレンチかイタリアンで個室のあるところがいいのだが、アイツはワリカンって言うだろうから払わせてしまうことになる。
 やっぱり食事券のあるところがいいか。
 またマクドでいいか? 他にあるかな……。

 俺は部屋を出て、倉庫部屋へ向かった。
 新たなお宝を探しに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!

いーじーしっくす
青春
 赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。  しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。  その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。  証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。  そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。 深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。  拓真の想いは届くのか? それとも……。 「ねぇ、拓真。好きって言って?」 「嫌だよ」 「お墓っていくらかしら?」 「なんで!?」  純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

透明な僕たちが色づいていく

川奈あさ
青春
誰かの一番になれない僕は、今日も感情を下書き保存する 空気を読むのが得意で、周りの人の為に動いているはずなのに。どうして誰の一番にもなれないんだろう。 家族にも友達にも特別に必要とされていないと感じる雫。 そんな雫の一番大切な居場所は、”150文字”の感情を投稿するSNS「Letter」 苦手に感じていたクラスメイトの駆に「俺と一緒に物語を作って欲しい」と頼まれる。 ある秘密を抱える駆は「letter」で開催されるコンテストに作品を応募したいのだと言う。 二人は”150文字”の種になる季節や色を探しに出かけ始める。 誰かになりたくて、なれなかった。 透明な二人が150文字の物語を紡いでいく。 表紙イラスト aki様

処理中です...